「おいっ、一体何があった!?」

塀を登り終え、ラフィは地面に着地すると、地面に転がっていた自分の部下の姿を発見した。

白銀の鎧から滴る血に、かすかに眉根を寄せ、抱えると塀に部下をもたれさせ、呼吸をしやすいようにメットをはずしてやる。

「ラ、ラフィ様…」

「しっかりしろ、傷は比較的浅い、それより状況を報告するんだ」

騎士団の間ではラフィが聖騎士と呼ばれることを嫌うのを知っている、だからこそ、ラフィは黒ずくめの正体を疑ったのだ。

「……おそらく相当の訓練を受けたものだろうと思います。私と、奥の見張りのジェイブラウド巡視の襲われる声が聞こえました。ほとんど反撃を与える隙もなく、侵入を許してしまい、も、申し訳…」

「いい、過ぎた事だ。後で救援部をよこす、しばらくそこで大人しくしてろよ。…ふん、あとは捕まえるだけだし、そんなに時間をかけるつもりもねーしな」

 

ラフィはその場を立つと陰鬱とした塔をにらみつけた。

部下に傷を負わせたのは黒ずくめではないだろう、始めに聞こえたその声の時、男はまだ目の前にいたのだ、だとすれば…

 

「ってことは、本当に暗殺者は二人居たってことか?…ま、どっちにしろ、これで全部終わりにしてやるさ」

 

そう言って抜き身の剣をそのままに、ラフィは塔の中に突入した。

 

 

 

**********

 

 

 

「こんなはずじゃ、こんなはずではなかったはずだ…」

塔の階段をよたよたと歩き、荒い息を吐き出した黒ずくめは、その通りの黒い覆面を剥ぎ取った。

まだ幼いながら整った輪郭に、長い金髪と、新緑を思わせる浅い緑眼がそこから覗かせた。

(なぜ私はこんなに追い詰められなければいけないんだ)

覆面と同じように、懐から出したそれを石床に投げつけた。

 

それは、白い紙束――…

 

男はそれをもう見向きもせず、よたよたとひたすら、のぼり続ける。

 

「私は、私のモノを奪ったあいつに相応を罰を与えただけだ、罪などあるものか!罪は、あの簒奪者こそふさわしいのだ。私は正しい、私は正し―――うわぁっ!」

 

よろけた足は何かにつまずき、受身もとれず、みっともなく地面に顔から突っ伏した。

もんどりうって、転げた原因のそれを見て、息をのんだ。

 

「なっ、し、し、死んでる――…っ」

 

足に引っ掛けた其れは、鉄と生臭い匂いを発し、ふだんその黒ずくめの男なら気づけるはずの背後にある気配すら鈍らせた。

 

「だ、だれか…っ」

 

この際、鬼の形相で追ってきたあの男でもかまわない、だれか私を助けてくれ、そう思った黒ずくめ。

彼の影に長い影が重なったとき、それはもう遅いのだとようやく彼は気がついた。

 

『罪は、かの簒奪者にある』

 

「ひ…っ!」

 

とっさに体をひねらせ、懐に忍ばせていた護身用の投げナイフを背後の声に放った。

しかし、それは音もなく、まるで初めからそんなもの無かったかのように虚空に掻き消えた。

 

「なっ、そんなばかなっ!?」

 

黒ずくめの男の驚愕をよそに、気配はすぐ傍まで寄ってきた。

 

「お待ちしておりましたよ、第5王位継承者リオーウェン様」

「…貴様か!私をこんなところに呼び出したのは!」

 

思い至った結論に、黒ずくめ…いやリオーウェンは先ほどと打って変わった激昂を見せた。

 

「私を…脅すつもりか!」

「あなたが王に放った毒薬と暗殺者のことでございましょうか?ならばご安心くださいませ、僭越ながら私が証拠も暗殺者どもも葬りました。あなた様にこちらにおいで願ったのは、他でもない我が主のため…そのために少々卑怯ではありますが、あなた様に恩を売ってみたのでございます」

「恩…だと?」

 

気配は、今までどこにそんなものを隠していたのかと思わせるであろう、流れるような艶やかな黒髪と、湿気を帯びた薄闇の回廊でも目の毒になるほどの赤いドレスをまとい、膝をついていた。

そこに、薔薇のように艶美な笑みを浮かべて。

 

 

 

**********

 

 

 

「どうぅりゃあぁぁっ!!」

塔の回廊を駆け上がり、各階へとつながる扉を、片っ端からなぎ倒してゆくラフィ。

黒ずくめの男が通った後だというにもかかわらず、なぜか鍵の掛かった扉に、悠長に鍵を探して開けている暇がなかったとは、本人の後日談である。

15階建てのその塔を、延々と延々と延々とえんえんと…

「あーくそっ、あんの野郎どこに居るんだ」

来る途中にあった部下の死を悼む暇すらないのだ、怒りはそれこそ天辺まで先に上りつめていた。

そして、13枚目の扉を蹴り飛ばそうとしたとき、扉越しに感じた寒気に片足のまま、ツツと後退した。

 

「ようやくお出ましか?さっきの奴とは一味くらいは違うみてーだが、そろそろ観念してもらうぜ」

 

扉越しといっても牢獄と牢獄をつなぐ扉である、ゆえに頑丈さでは通用の扉と比べるべくも無いほどしっかりとし、それこそ鼠の通る隙も無いつくりである。

相手に聞かせたつもりは無かった。その言葉が通じたとも思わないし、通じて欲しいとも思わなかった。ただの自分に言い聞かせた言葉である。それほどに、扉の向こうの殺気ともいえる狂気に寒気を感じたからだ。

ラフィは、扉よりさらに一歩下がり、抜き身の剣は再び鞘へと収められた。

腰を深く、低く落とす。鍔じりに指をかけ、静かに一点にそこにあるモノに研ぎ澄ました。

そして、一閃。

扉は、音もなく幾重も線が入り、それは派手にぶちまけられた。

 

(聖騎士なんてもんはいない、こんな強さなんてのは、ただの人殺しとかわんねーってことだ。俺もあいつらと同じだってことだ。違いなんてあるとすれば…)

 

抜き身はそのまま鞘に納まることはなく、ただ一つふり下ろされただけだった。

 

「…ちっ、またいねーな。逃げたか、それとも誘いをかけられてんのか?」

 

どうも後者のほうが濃厚のような気がしてならない。

乗り気はしないがどちらにせよ、暗殺者が2人も、しかも騎士を倒してのける厄介なのが王宮に侵入している以上、ラフィに選択の余地があるはずもなかった。

「この調子だと、目的地は最上階か。たしか最上階に投獄されたって奴は…」

予想した答えだったにもかかわらず、ラフィはその人物を浮かべるだけで顔をしかめた。

「はぁ、気がのらねぇ。カイルの奴、一体どこまで読んでやがるんだよ、……っていってるそばから!」

タッタッ、と投げナイフがラフィの頭上より眉間を狙って放たれた。頭を揺らし、上手く避けていけば、次には先ほど投げつけられた煙玉のような黒い塊が降って来た。

「んのやろっ」

回廊を前進しながらすべてかわすラフィ。

眼前にやって来た14枚目の扉を、有無を言わさず切りつけようとしたとき、再び投げナイフ放たれ、飛びのいた彼の眼前を掠めた。

そして14枚目の扉の前に現れたのは金の髪、緑眼の容貌。

 

「おめぇ、たしか…えーと、その…」

「ホーククリフトが第二息、リオーウェンだ。よもや戴冠式で私にまみえたこと、忘れておらぬだろう!?」

「おー、覚えてる覚えてる、さっき俺に喧嘩売った暗殺者だよな?」

「売ってないし、暗殺者でもないといってるだろう!」

「いや、今投げナイフで俺狙ったのあんただろ?」

「う、それは…」

 

どもるリオーウェンに、拾ったばかりの投げナイフを投げ返した。

 

「ひゃあっ!」

 

本気で仕留める為に放ったわけでもない其れは、リオーウェンの衣服と扉を縫いとめた。

そして、ラフィはその黒い服の胸倉をつかむ。

 

「あーったく、こんなところで何をなさってるんですかねぇリオーウェン『様』?あんたか?あんたが今回の黒幕ってことでいいってことか?いやもう頷いとけ、それで終わるから」

「ちょっとまて、それで終わるのは私の人生だろうがっ」

「うるっせぇ!王の暗殺目論んどいて、自分はなんにもしてませんなんて都合のいいこと通るわけ無いだろーが!おめぇがあの“馬鹿”にくだらねー脅迫状送りつけたやら、あの“アホ”にも効く毒薬を含ませるよう命じたのなんざ、ちょっと調べりゃ、すぐわかることだ。考えればな分かるんだよ、身内以外あいつに効く毒を知ってるはずねーからな」

 

そこで、ようやくリオーウェンの顔色が変わった。

 

「証拠は無い…」

「ああ、お前が放った暗殺者は皆殺されたみたいだな。奥に居るのがそいつか?ならお前とそいつをここにぶち込めばそれでおしまいだ」

「わた、私は何も悪くない…、悪いのは貴様と簒奪者のカイル…」

 

ラフィはリオーウェンの胸倉を放り投げると、剣をその目の前に突き立てた。

 

「俺の前でカイルを貶めるなんて、いい覚悟が出来てるじゃねーか」

「ひっ…」

 

鈍く光るその剣は、少し剣をかじったものなら分かるほど、出来の悪い剣だった。

なのに何故だろう、ラフィの持つそれには何者も阻むものは無いと思わせる冴を放っていた。

 

「わ、私を殺すことは出来ないはずだ…ラフィ・セラディウス」

「契約だか盟約だか密約だかのことか?関係ないね、俺が交わしたのはカイルとの約束だけだ。…そんだけなんだよ、あんた達と俺の違いってやつは」

 

石床につきたてた剣を抜くと、そののど元に突きつける。

 

「奥の奴、どうやら助けにこねーってことは、お前とはかんけーないのか、それとも見捨てられちまったのか?」

 

突きつけた刃は彼ののどに沿うように、傾けられる。

 

「これで、終わりってこった」

 

そして、刃は引かれた。

 










   
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