「ふ、ふ、ふ」

「な、なんだよ、気持ちわりーな」

不気味に笑うカイルに後じさりするラフィ、いやな予感が真綿で首を絞めるように募る。

この場合、いや大抵の場合のラフィの第6感とでもいう感は外れたためしがない。

「あ、そうそう、俺これからお前に言われてた大根のかつら剥きをだな…」

そう言ってカイルに背を向けたラフィ。

「ははは、逃げようなんて100年超えて1000年たっても、なお甘い」

チャキ…

ふいに、金物くさい音がなった。

ラフィには其れが何の音か分かっていた、分かりたくも無かったが。

「君の剣だよ、ラフィ」

「ううっ…」

見たくない、ていうか見る気もない。およそ想像がついている。

おそらくカイルの手には純白に金のラインが一本入っただけの、シンプルな鞘に納まった剣が一本置かれているはずである。

3年前まで、ラフィの手にあったそれが。

「君の剣はだれにささげたのだったかな、聖騎士殿?」

「ううう…っ」

頭を抱えたくなる衝動は寸前までこらえられた。

世の中にはどうしたって越えられない何かが一つや二つある。それがラフィにとってのカイルだった。

王への騎士の忠誠。

などという甘っちょろい妄想に取り付かれているわけでもなく、純粋にただ、ラフィはこのどうしようもない馬鹿に剣を預けている。かつて、聖剣と言われ、しらしめたその業剣を。

それは、彼とラフィーにとっての絶対の約束事なのだ。

その剣ちらちらと見せつけて、カイルは天上の使いのような極上の微笑を浮かべ

「まあそこでお願いなんだけど」

「そこまで脅しといてお願いなんてよく言えるなっ!」

ギリギリと歯噛みの音が聞こえんばかりのラフィに、しれとした顔でカイルは言った。

「と言うわけで、暗殺者探しよろしく〜」

「てめぇ、元気じゃねーかっ!」

「う…っ、急に持病の癪が」

「毒はどうした、致死毒はーーー!!」

 

 

 

**********

 

 

 

「で、結局俺が探すのかよ」

何にも考えず、怒り心頭のままブラブラと宮殿の中庭までやってきたラフィ。

シンメトリーなこの王宮の中央、真円にくりぬかれたような真ん丸い庭のさらにど真ん中の噴水に腰掛けた。

「そもそも手がかりも何もないのに、どうやって暗殺者を見付けろってんだよ」

ぶつぶつと文句を言い続けるラフィは、探せる見込みの無いまま、当ての無い暗殺者の捕縛の任に付かされた愚痴をこぼしていた。

そしてふととりとめもなく、あたりを見渡した。

侍女や、近衛の兵たちが談笑しつつ仕事をこなしている風景がそこにある。「平和なもんだ」と独白を吐く。

 

3年か」と、たった3年のうちにずいぶん変わったものだと苦笑のようなため息だった。

3年、いやもっと前のころに、自分はこのような風景を想像していただろうか。

想像しようとして、首を振ってラフィは自分に応えた「否」と。

戦乱に生まれた自分にとって、人は殺す「モノ」か殺さない「モノ」でしかなかったからだ。

暗殺者による暗殺。そんなものは幾らだってした。自分自身もその暗殺者でしかないのだから。

未来も過去もすべて、そのものさし以外はないと考えていた。

「なんだよ俺、変わりすぎだろ」

苦笑は、自嘲の笑みへと転じた――ところに、影がかかる。

「ん?あ…」

「ふん、呑気にお昼寝か、『聖騎士殿』」

風で舞った純白の外套をうっとうしそうにラフィは根目つけると、噴水から腰を上げて膝をついた。

「これはこれは、ジーゼル様、お久しぶりでございます。…お久しぶりすぎて、ご尊顔を忘れてしまうところでした」

膝をついたまま、表情をみせずに言うラフィに、ジーゼルという男、歳は30を手前と言ったところか、カイルと同じ金髪長く一つに束ね、見るからに上等の絹を重ねた服を身につけ、またもカイルと同じ緑の瞳でラフィを見下ろした。

「…ふん、いい気になるなよカイルの犬め。いくらお前達が善政行おうと、民に認められようと、我らが貴様らを認めることはない、貴様達は見下げ果てた『親殺し』と『大量殺人者』だ」

「………」

「…せいぜい、その寝首をかかれないよう、気をつけることだな」

ラフィはそれでも下げた頭を戻すことはせず、ジーゼルがその場を去る時までそうしていた。

そして、彼の姿がようやく消えた頃。

ようやく体を起こして、窮屈だった体に労うように伸びをさせると、

「んなこた、あんたに言われるまでも無いんだよ」

と毒づいて、一つの可能性にうんざりした。

 

「…そうか、身内か。あのやろぉ、だから俺に始末を頼んだってことかよ」

 

頭を抱えて、唸るラフィだった。

 

 

 

**********

 

 

 

「てことは、ジーゼルが怪しいってことか?つーか、そういやあいつ、何しにこっちに来たんだ?」

ジーゼルと言う男はカイルの従兄弟にあたる男である。

もともと彼は、というか彼ら一族は普段この首都には近寄りすらしない。本当なら王族となる、聖王カイルの血族は東の領地に隠遁と暮らしていた―――3年前から。

「うーん、めんどくせーけど一応探ってみるか。…でないと、俺の平和がいつまで経ってもきやしねーしな」

ともすると、すぐさま彼は先ほどまで侍女と談笑をしていた騎士に声をかけた。

「あっ、聖騎士様!」

「ち・が・うっ!」

騎士の鋼のメットにラフィの剣がクワンと潔い音が鳴った。

「俺は、んな糞たわけた名前じゃねぇっ!」

「す、すみません…あ、あの」

「…ったく、適当でいいんだよ、てか名前で呼べ、何のために名前があるんだか、俺は2つも3つも名前を持ったおぼえないっての。まぁいい、ちょっと聞きたいことがある、さっき来たジーゼル…いや、ジーゼル殿がどこに行ってたかしってるか?」

未だクラクラするメットを抑えながら、騎士はくぐもった声で答えた。

「ジーゼル様ですか…たしか、侍女が塔で見かけたと申しておりました」

「塔?どこのだ?」

王城には塔は5つある、4つは四方からの見張りのための塔。そして、一つが…

「それが…罪人の塔でございます」

「なんだと?」

残る一つはその名のとおり、罪人…主に政治犯や重犯罪を犯したものだけが幽閉される塔である。

「なんであいつが、んなとこに?第一あそこって無闇やたらに入れるもんじゃないだろ」

「はっ、私には…、侍女から聞いただけですので」

「そーか、うーん…だんだん面倒くさくなってきたな」

ぼりぼりと濃紺色の髪をかくラフィ。

(安直すぎるか…?いや、カイルが俺にややこしい仕事を振るわけ無い、か)

カイルとの付き合いも10年だ、さすがに嫌がらせのパターンはつかんでいるはずだ。

「…つまり、結局は勘で行くしかないって事か」

だるそうにラフィは肩をならすと、騎士のほうを向き直す。

18歳の平均よりすこし背が足りないラフィは、騎士の青年と拳一つの身長差で見上げると、

「すまないな、仕事の邪魔して」

「いえっ、そんな。なにもお役に立てず恐縮です」

騎士は直立不動のままラフィに応える。

「まぁ、すまないついでにもう一つ聞きたいことがあるんだけどよ」

「はっ、なんなりと!」

気楽に話すラフィに、あくまで生真面目に応える騎士。

ラフィは少しだけ重心を落とすと、騎士に問うた。

 

「お前、だれ?」

 

「…………は?」

 

 

 

**********

 

 

 

「まぁてぇぇっ!!」

 

「ひぃぃぃぃっ!!」

 

 

全速力で王宮を駆け回っているのは、ラフィと黒ずくめの男。二人は王宮の庭を抜け、廊下を駆け、窓を飛び越え、どこまでも走りぬいた。

その頃には、黒ずくめの男は駆けながら最後になる鉄甲をようやくはずして、投げ捨てた。

そして、それを背後でキャッチするラフィ。それを思い切りよく投げつける。そして避ける黒ずくめ。

 

「こんな、こんなところでぇっ!捕まるわけには!」

「うるせぇ、くたばれ!!」

 

飛んできたのは身の丈ほどの大きさの花瓶だった。

悪寒に従い、またしても避けた黒ずくめ、飛んできたものの正体にさらに戦慄する。

 

「あーーっ、あの花瓶は国宝モンなんだぞ、ちゃんと受け止めろっ!」

「無茶にもほどがあるっ!」

 

即答して、それでも二人の速度は落ちることはなく、いつのまにか王宮の端の端、先ほど話しに出た罪人の塔まで訪れていた。

罪人の塔は一つそれで要塞と思われるほど、頑なな門と、鉄壁の壁に覆われて佇んでいた。

そこで、ようやく立ち止まった黒ずくめ、ラフィと対峙するように構えた。

 

「ようやく観念したか…って割にはやる気満々だな。てことは、ここがあんたの目的地ってことか」

「…答える義務はない」

 

じりじりと塔を背後に、ラフィは黒ずくめを追い詰める。

ようやく、ラフィは相手の姿形を改めて見た。

当初紛争していた騎士の鎧はすでに脱ぎ捨て、今は厚手の黒い布をまとっていた。

とはいえ、今は昼間、おまけに季節的にみな袖の丈の短い軽装なのだから、全身なにからなにまで黒ずくめのその男は、不自然すぎると言えばそのとおりの格好だった。

声色は思った以上に高い、自由自在に変声できる奴もいるが、そうでないとしたらそれなりに若いのかもしれない。

さてどうするか、ふと眉をひそめてラフィは思案する。

(生け捕るってのも面倒だな、かといって殺っちまったらコイツの雇い主を聞き出しそこねちまうし…雇い主、雇い主か……、別にいいか?)

どうみても暗殺者ルックのこの男は、捕まえたところで雇い主の不利益になるようなことなど簡単にしゃべりはしないだろう、この商売は一度裏切ってしまえば、二度は無い。不思議な話だが、なにより信用第一の仕事なのだこの暗殺というのは。

ラフィは黒ずくめの覆面で顔を隠した男に大きく一つ頷くと指をさし。

 

「よし、もういい。お前もう倒されろ」

「ひどっ!いきなりひどいぞ、貴様!それでも人間か!?」

「暗殺者に認否人あつかいされる覚えはねーっ!」

 

ラフィは腰に差していた剣を抜くと左半身になり刀身を相手の眉間に向けるよう構える。

 

「ジーゼルもあやしいが、おまえはもっと怪しい、つまりお前がカイルを狙う暗殺者ってことで、俺的には万事何事も丸く収まるって訳だ」

「ま、まてっ」

静止をかけたのは黒ずくめの男。

「貴様、先ほどから私のことを『暗殺者』『暗殺者』というが、それは誤解だ」

「うんうん、犯罪者はたいていそう言うな」

「すでに犯罪者にひとくくりするなっ!私はまだ何もやっていない」

「おめーは既に暗殺者を数人殺してるはずだ、何にもしてませんなんて通じねーからな。つか今更人違いなんつーのは、面倒くさいからやめろ」

「いや、人違い!ほんとに人違い!!…つまり私が言いたいのは、お前が追っている暗殺者とは私ではないと…」

 

『ぎやああっ!』

 

塀沿いの向こう、罪人の塔より声が届いた。

とっさ、そちらに注意が逸らされたラフィ。

黒ずくめの男は懐から何か取り出しそれを、ラフィに投げつけた。

「ふんっ」

しかし、ものともせず、いとも簡単にそれを切り捨てるラフィ。

 

ボンッ!

 

刃が触れた瞬間、男の投げつけた其れは白煙をあげて爆発した。

 

「んのやろっ、煙幕か!?」

 

威力の無いただの煙はラフィを覆い、辺りを覆いつくす。

やむなく視界さえぎられ、気配だけを頼りに辺りを探る、微かに感じる風の動きにラフィも合わせるように動いた………が。

 

「ぐご…っ」

 

塔の塀に思い切りよくぶつかり、もんどりうった。

「くぅっそ、さすがに素早いな。今のでもう侵入されたか」

やおら高い塔を涙目ながら睨みつけ、人をおちょくるようにぷらりと垂れ下がっていたロープの端を掴み取った。

 

 

「上等だ、俺に喧嘩売ろうなんざ100年超えて1000年たっても甘ぇってのを体に刻み込んでやる」

 

 

どこかで聞いたような言葉で、売られたかどうかも定かでないその喧嘩に、ラフィは握りこぶしで立ち向かった。

 

 

 

 

 

 

 





 

   
前へ 次へ

小説のページに戻る
ホームに戻る