かつて――

 

この大陸には5つの大きな国と108の都市が存在した。

それは、人を国を都市をそして歴史を揺るがす戦が始まるまでの話。

21年もの長い戦を終結に導いたのは、戦乱の最中に生まれた一人の王とその友人。

彼らは5108都市を制した王者となり、15歳の若き王とその友人は、聖王、聖騎士の冠を頂く。

 

 

そして、それは3年経った今、伝説となり皆に息づいている。

 

 

 

 

**********

 

 

 

暗く、淀んだ空気が溜まる一室。

そこには一人の男がなににも腰をかけず、石畳の上にうずくまっていた。

恐怖からだろうか、そう思わせるほどに男の肩は小刻みに震えて、陰湿な部屋の中に不気味な音を鳴らす。

そして、その音の隙間から聞こえるかすかな声。

 

「ゆるさぬ、許さぬぞあの男…」

 

震えて言葉にもならない声で紡いだその声は、いまだ誰にも伝わることなく、ただそこに響き続けている――

 

 

 

**********

 

 

 

「暗殺ぅ――?」

 

初夏の真昼だと言うのに、窓一つしかしかなく、おまけに大量につまれた大根に阻まれた男――ラフィは夜のような肩まで伸ばしっぱなしの髪をうっとしそうに掻き揚げると、現れた部下の仰け反りそうな一言に、素っ頓狂な声を上げた。

 

「ありえねぇ。というより、無理だろ」

きっぱりと部下の情報を却下し、ラフィは再び部下が報告にくるまでしていた作業を再開する。

「本当ですよ総騎長。まあ、『暗殺未遂』というのが正確ですが。聖王様がお倒れになったのに、聖騎士のあなたが駆けつけなくては騎士団の面子に関わり…」

 

ガツンッ

 

ラフィが片手に持っていた大根は、気持ちいい音と共に部下に命中して砕けた。

「二度と『聖騎士』なんてこっぱずかしい名前を持ってくるなっ!」

「そこまで恥ずかしいですか?『聖騎士』は騎士団全ての憧れだと言うのに」

見事に砕けた大根を頭に引っかぶられ、恨めしそうに部下はラフィを見やると、尋ねた。

「ところで、なぜ大根が飛んでくるんです?」

先ほどから気にはしていたが、あえて聞くことは無かったことを部下は口にする。

ラフィの横には山になった大根が積まれていた。部下の言葉に、ラフィは憎憎しげにその山を睨むと

「かつら剥きだ」と一言つぶやいた。

「は?」意味が分からない部下は眉をひそめた。

「だから、『かつら剥き』だって言ってるだろう。お前がさっきの言った寝言のバカ王に、『絹よりなめらかな大根のかつら剥きが見たい』何ていうとんでもない命を出されたんだよ」

「…朝錬にも現れないから何をしてるかと思えば、そんな事をしていたんですか」

あきれる部下に大根の山を蹴飛ばして見せると

「あいつが暗殺だと?上等だ、もう我慢できねー、暗殺何ていわずに今日という今日は俺が引導を渡してやるっ!」
 ラフィは声を荒げると、部下の静止の声を出すまもなく、憤然と剣を片手に部屋を飛び出た。

 

その後姿を見送る部下。

 

「まったく、心配なら心配と素直に言えばいいのに」

 

苦笑に似たため息をつくと、彼は大根だらけの周囲を見渡し

 

「さて、これをどうしたらいいものか」

 

絹のようになめらかな大根のかつら剥きを目の前に唸るのだった。

 

 

 

**********

 

 

 

「おいっ、バカ王っ!」

 

バンッと扉を開け放ったラフィ。

その先にはきらびやかな金の刺繍と赤の布のベッドに横たわる青年の姿があった。

豪奢な室内に決して見衰えない金の髪と容貌、そして寝ているにも拘らず額の精細な作りの額飾りは外されておらず、彼の額にピタリとはまったように納まっている。

「なんだ、外が騒がしいと思えば君か」

聖王はそう言うと周りの従者達に目配せをした。それを見た従者達と医者は風が凪ぐように、その部屋から出て行く。

人払いがされた後、ラフィはようやく抜き身だった剣を鞘に収めた。

 

「たく、お前のとこに来るたび、俺の部下が止めにくるのは何でだ」

「そりゃあ、剣を振り回して人の寝室に乗り込みに来る人間を取り押さえるのが、騎士の仕事だからだろうね」

その言葉を聞いたラフィは心外だとでも言うように鼻を鳴らした。

「俺が何かするとでも思ってんのか、ばかばかしい。おかげでよけいな怪我人を増やしちまったじゃねーか」

「それは、災難だったね」

騎士たちが。とはあえて聖王は付け足さなかったが、ラフィは苦笑する彼をギロリとにらみつけた。

そんなラフィには気にも留めず、なにか思い出したように聖王は笑いながら言った。

「君のところの副長はよくやっている」

「ったく、俺より副長のあいつの方がよっぽど適任だって言うのにな。何でかあいつ、俺が団長でなきゃ自分も副隊長なんて面倒なのはしないなんて、ふざけたこといいやがって」

「君は人気者だねぇ」

その言葉を聞いたラフィは照れをごまかすように鼻を鳴らした。

「んなことよりだ。その副長から面白い冗談を聞いたんだけどよ」

「ほう」

聖王はいまだ体を起こさずラフィの方を面白そうに見やる。

「だれが暗殺されかけたって?」

「おや、そんなところまで話が届いてるのか」

「俺にお前のことが伝わらないわけ無いだろ、曲がりなりにも俺は総統騎士団長なんつーやたら長い名前の肩書きを、どっかの誰かに押し付けられたんだからな」

「うん、嫌がらせで付けた名前にしてはカッコいいね。『聖騎士』なんて恥ずかしい名前嫌だっていったんだ、そのくらいの肩書きは必要だろう」

「やっぱ嫌がらせかよ」

うんざりしながら悪態をつく。そして、いまだベッドに寝ている聖王を見ると。

「なんで、そんなめんどくせーことしている、カイル」

今ではラフィ以外それを口にすることも無くなった彼の名前を言う。

「なにが?」

そ知らぬ顔で答える聖王。

「お前が暗殺されたなんて寝言、俺が信じるとでも思ってるんじゃないだろうな」

「失礼だな、これでも私は人気者なのに…」

そう言うと、肩だけを起こし、ベッドの備え付けている机の引き出しから紙の束を出す。

バサバサ…ッ

出された紙束はカイルのベッドで盛大に広げられた。

「な、なんだこりゃ」

いきなり出された紙束に眉をひそめるラフィ、そんな彼にカイルは微笑むと

「ラブレターさ」

「えらくサドな愛もあったもんだな」

束の一枚の見てラフィは揶揄した。

カイルがラブレターと称したそれには、『殺す』『呪われろ』など、歪な文字で書かれたあきらかな殺意の手紙だった。

「で、こいつがお前の今の敵って事か」

「まぁ、毒まで盛られては敵というしかないねぇ」

「毒をおまえに?馬鹿だろそいつ」

カイルが毒殺されかけたという事実に驚くよりも、ラフィは敵の無謀さにあきれた。

「お前がかかる毒なんて、もう殆ど無いだろ」

「それがそうでもないらしい」

そう言って、カイルは自分の左手を上げた。

小刻みに震えている彼の腕は、まだ毒が残っていることをあらわしていた。

しかし、それをみたラフィは

「えらく芝居に気合が入ってるな」

「うーん、どういえばいいのかなぁ…」

カイルの毒殺疑惑を、まったく信じていないラフィに眉を寄せるカイル。

「とにかく、私は動けない。本来なら即死してもおかしくないくらい完璧に致死性の高い毒薬を飲んでしまったせいでね」

「不用心すぎねーか?仮にだ、お前の言うことが本当だとして」

「まだ、信じてないねぇ」

「うるせぇ。俺が何度も何度もお前に騙されたのをまさか忘れてないだろうな。で、なんで致死量以上の毒をお前が“口にする”なんてことがあるんだよ」

「油断かな」

「ますます信じられねぇ」

きっぱりと言い放ったラフィにそれ以上の説明をする気はないらしい、困ったようにカイルは肩をすくめると。

「まぁ私の方は2・3日でも安静にすれば元に戻るからいいとして。問題は犯人がいまだ特定できていないということだ」

「ん?」

意味が分からなくて、ラフィは眉をひそめた。

「毒を盛った奴が犯人だろう?特定できないのか?」

「出来たよ」

何の間も置かず、答えたカイル。そして、ラフィの答えを切って棄てるように。

「が、全員が死亡した」

全員…とはどれほどの人間を言っているのだろと、ラフィは思わなくも無かったが、それよりも気になるのは

「つーことは、自殺か。あっという間に事件解決だな。なんてこともない、よくある話で終了、てか」

おどけるように手をたたいて、話を打ち切れなかった。カイルがそうは問屋をおろさせなかった。

「全員…、全員が何ものかに刺殺された…これがどういう意味か、分かるだろうラフィ?」

「口封じか」

カイルの言葉に、にがにがしく目を細めたラフィ。暗殺者による暗殺者の暗殺など、よくあると言えばよくある、この国の近代貴族の風習でもあった。

特にこの終戦直後の3年はそれはもう洒落にならないほどの暗殺が横行されてきた。大陸戦争の長い戦による旧貴族の没落。意図的か今貴族のなりあがりもこうして出来上がったという闇の部分は否めないのである。

「てことは、やっぱり終わったってことだろ?あいつらはプロだ、仕事を終えたらとっくにずらかるはずだ」

「それなら君がここにいる理由が無い、だろう?」

「………」

たしかに、副隊長の彼は解決した事件にいちいち報告にくる奴ではない。

奴も自分もそんなに暇人ではないのだ。

「…てことは」

ラフィがなにか思いついたようにカイルをみると、彼は「そう」と軽く頷いてラフィを見た。

 

 

「…暗殺者は、まだこの王宮にいるのか?」

 

 

「そのとおり、そしてまだ私を狙っている」

 

 

カイルの声はそれでもなお、おどけた風であった。

 

 





   
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