第五節 両手を添えて、上品に紅茶を飲み干した博士。なぜか器は茶碗である。 飲み終えた茶碗を、側のステンレスの机に置くと、その様子をじっと見ていた金髪の青年、いや、彼女と同類の3人の研究仲間と製作した二足歩行ロボットのマーシーが伺うように博士の茶碗を机から回収しながら尋ねた。 「どうでした?」 「ん、まあまあかな」 胡乱な答えの博士に、あわてた様に玲菜はマーシーに向かって 「あ、気にしなくていいわよ。博士は紅茶と麦茶の違いも分かんない味覚音痴だから。ほんと、この紅茶すっごく美味しいし」 フォローするような玲菜にマーシーはニコリと笑うと。 「有難うございます。お代わりしますか?」 「うん!もう一杯!」 そう言った玲菜に、ついでとばかりに博士は「私も」と言った。口ではそっけなかったが、博士はこの紅茶を気に入ったらしい。 クスクスと笑う玲菜に不思議そうな顔を返した博士だったが、マーシーが遠くなったのを確認すると。 「まぁ、どう言ったところで、マーシーを表に出すことは無いから。玲菜さんも見ただろう、危なくて出せやしないよ」 「え〜、大丈夫だって、私がちゃんとついてるんだし」 「ますます危なっかしいよ、まさに何とかに刃……あ、いや、うん何でも」 玲菜ににらまれ、首をすくめて言いよどんだ博士に、玲菜は口を突き出した。 「なによ、あたしだって別に博士を困らせたくて言ってるんじゃないんだから」 その言葉になぜか遠い目をする博士、頭の中には走馬灯のように流れる6年の歳月。 「………そうであったらいいなぁと、何回思ったことか」 「あーっ、そう言うこと言うわけ?言っちゃうの?いーわよ、それならもう博士の実験、手伝ってあげないからね」 ぎくっ。 博士の肩が玲菜にも分かるくらいゆれた。 「あーあ、あーもう、こないだなんて大変だったよねー。エート何だっけ、自動筆記恋文機?6時間以上も延々と愛の言葉なのか恨み言なのか怨念なのか分からないの書かされたしー」 「いや、あれは西洋のまじないを人の潜在意識にね・・・」 「そのあと腱鞘炎になっちゃったもんね」 「………」 苦い顔をして、黙るしかなくなる博士。反論しようにも、自分のアキレス腱を握られている以上、反論の余地はなかった。 彼女がこの研究室さながらの博士の家にたびたび訪れるのは、半分は博士の研究の実験を手伝っているからである。 「まったく、こんなへんてこな実験、他に手伝ってくれる人いるのかなぁ」 世界中をくまなく探せば、ないことはないだろうが、今はいない。 黙る博士のこめかみに汗が一粒流れた。 「いるのかなー」 駄目押しとばかりに繰り返す玲菜。 「いるの・・・」「分かった」 もう一押し、とつぶやいた玲菜をさえぎり、博士は苦労を吐き出すようなため息をだすと。 「分かったよ」 「やったっ!ありがとう、博士!!」 と言って飛びつこうと玲菜が手を広げると、 「ただし」 「へ?」 それを手で制した博士。 「彼を外に出すか出さないかは別として、少なくとも、まともに動かすには最低一週間は待って欲しい」 「えーっ」 不満たらたらの玲菜に、ずいとつめ寄る博士。 「一週間待って欲しい」 「…………はい」 妙な気迫に黙ってうなずくしかなかった。 「それから」 「まだあるの!?」 叫んだ玲菜に、こくりと頷くとマーシーに視線を動かし、こう言った。 「一週間後――、待ち合わせ場所の喫茶店に行くか否かの判断は…マーシーに決めさせる。いいね」 えーーーっ。とさらにごねようとした玲菜を博士は玄関まで引きずりだすと、彼女は無表情のまま振り子のように規則的に手を振り それじゃ、一週間後。と言って彼女が帰るまで振り続けた。 そんな博士に、不安いっぱいのままの一週間。 結局、玲菜はこうして待ち合わせた喫茶店で、あのロボットが来るのを待っているのである―――― 5節 終 |
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