カラリンコロリン。 ドアベルが涼しげな音をたてて彼女の頬に風を送る。 そのたび玲菜の心臓が飛び上がりそうになるのを抑えていた。 心中には最後にみた彼女の困った顔が思い出される。ああ、神様――。 はたして、彼は本当に来てくれるのでしょうか。 ――そして、話は一週間ほど戻って。 「ダーメ、ダメダメ」 駄目出し3連打。おまけに腕を交差のジェスチャー駄目出し。 「これは調整中だって言ったばっかりだよ、まだ外に出せない」 玲菜にマーシーを外に連れて行きたいとねだられた博士は低い声できっぱりと言った。 「ええ、そんなっ、ほんの1時間、いや30分でいいのよ。この人がいればきっと…っ」 はっ、として口を閉ざした玲菜。 「玲菜さん」 「いや、その…」 たじろいで、もごもごと何かを言おうとしている彼女を制した博士。 「うん、言わなくていい。言わなくていいから」 「そんなこといわずに聞いてーーっ」 やっぱり、聞いて欲しかった玲菜であった。 「お茶でも持ってきましょうか」 言ったのは人工知能を備えた二足歩行ロボット、ことマシーナリーエージェント1.0。 「なんだかお2人の話は長くなりそうです。博士の炭酸水もすっかり無いようですし、私がとっておきの紅茶を入れてきますが」 「紅茶…、教えたのは技師だね、まったく匂いやら味やらにとかく五月蝿いもんなぁ」 「命令していただければ、博士の好きなものも作りますよ」 にこやかに言ったマーシーの言葉に、博士のほうは鼻に皺を寄せた。 「命令なんて言葉は二度と言わないで。私は嫌いだよその言葉、君もそんな言葉は消去しなさい」 少しだけ目を開かせるマーシー。 そしていつもの微笑みを博士に向けると。 「今のも命令では?」 「違うよ、『お願い』だ。ついでに、君のその自慢のお茶とやらもお願いしたい」 「はい」 そう言って頷いたマーシーは、壊れた扉をまたいで遠くに行った。 やれやれ…、と首をすくめた博士は実験室に詰まれた丸いすの一つを玲菜にコン、と差出し 「さて、マーシーが来るまでに聞こうか、玲菜さんの話」 「う、あのね…」 その椅子に座って、話し出した玲菜の話は、かなり私怨を交えていて要領も悪かったものの、博士は頷いて 「つまり要約すると…、玲菜さんは一週間前に付き合った彼と今朝方、正確には6時間前に口論になった。そしてその彼の顎に強烈な一発を決めて、彼より、見目がよく、かつ優しく紳士で、それでいてワイルドな男と付き合って見せると、啖呵をきったということかな」 「要約するとそのとおりです」 拳を振り上げて、玲菜が大きく頷いた。 「だから、博士おねがい。ほんのちょこっとあのアホ男に見せるだけだから」 「玲菜さんの言いたいことはわかったけど、一つ大きな問題があるよ」 博士は眉をひそめてごく真剣な顔つきになって 「見目よく、かつ優しく紳士で、それでいてワイルドな男に、アレは到底見えないよ?」 「ええっ!?」 目を剥いて口をあけて、玲菜は博士を凝視した。 「まぁ、しいて言うなら」 「い…、言うなら?」 恐る恐る尋ねた玲菜に、博士はそこで少しだけ間をおいて、頭の上にまだ残るドアの破片を見ると。 「ワイルドだけかな」 「だけっ!?ていうかむしろワイルドが残るの!?」 ガタンッ、と椅子から立ち上がって叫ぶと、まじまじと玲菜は博士を見て彼女の前で手をふった。 「なに?」 「いや、博士目が悪いのかなぁと」 「おかげさま、ではないけれど、両目1.2はあるよ」 「だったら、あれっ!」 水平に指差した先。 玲菜は博士の背後にいたマーシーに再び指差した。 「お茶ができました。どうかしましたか?」 盆に載せたカップと共にやってきたマーシーはどうみても美青年、好青年だった。 彼がロボットだと聞かされた今でも、玲菜は彼の微笑みに頬が赤くなるのがわかる。 「ねっ、博士!」 「ね、と言われても」 唸る博士の横に、「どうぞ」とマーシーが茶碗を置く。 「ん?ちょっと待って」 玲菜は、彼女の方にも置こうとするその茶碗を制した。 「茶碗?」 暖かな湯気立つ茶碗の中に、香りよい紅茶の匂いが漂ってくるのに、首をかしげる。 唸ったままの博士が、なんでもない、というように彼女の疑問に答えた。 「ああ、すまないティーカップは無いんだ、壊れて」 「こわ…れ?」 頷く博士。 「見事に粉々だよ」 「…………」 茶碗とマーシーを交互に見る玲菜。 にべも無く目の前の彼が壊したのだろう。 唖然としている玲菜を横に、博士はいまだ唸りながら、 「やっぱり、ワイルドしかないような」 「…………」 茶碗に注がれたマーシーの紅茶は、それは大層美味しかった。 4節 終 |