恋 愛 発 明 家

変人奇行行進曲

 


第三節


 

場違いという言葉がこれほど似合う場面もない。

金髪の背高な外人がバスローブで、日本家屋の研究室にたたずんでいる。

似合わない…。ぜんぜんまったく似合っていない。

きっと、高級ホテルのスイートでは嵌まりすぎるくらい嵌まるであろう、まっ白いバスローブも、ここでは笑いしか取れそうに無かった。

 

「玲菜さん?どうしたの呆けて」

髪にかかった木屑を払いながら、玲菜よりこぶしひとつ高い博士はかがみこんでのぞきこんだ。

ようやく我に返った玲菜。

「はっ、思わず現実逃避しちゃった」

「いや、それはいつものことだけど」

 

失礼極まりない発言に、玲菜は博士をぺちんとはたいた。

 

「いたいよ、暴力反対」

「やかましい、なに?さっき何て言ったの、博士」

「『暴力反対』」

「違うって、そのずっとずっと前」

 

博士は考えて。

 

「『へろー』」

「戻りすぎ!」

 

埒もあかない。玲菜はさっと青年のまえに立つと、失礼かもと思いつつ指差した。

「こーのーひーと、この人のことっ!」

「だから、人じゃないって」

「そのことよっ!」

 

なぜか息を切らせながら、ぎらぎらとこちらを見る玲菜に不思議そうな顔をむけた博士。

 

「博士」

 

そこで指をさされた青年が声を発した。

 

「博士の言葉は、不適切かつ説明不足ですよ。こちらのレディが困惑されるのも無理はないです」

 

心地よいテノールの声に、思わずぼうっとなる玲菜。

反対に博士は青年の方を不機嫌そうに(彼女にしてはめずらしい)睨みつけ

 

「そう言って、ドアのことをうやむやにしてしまうつもりだね。大体何故出てきた、チューリングテストはまだ終わってないよ」

「終わりましたよ」

 

にこやかに、そういえばこの青年は先ほどから笑みを崩していないことに玲菜は気づいた。

彼の常がこの笑みなのだと、そう思わざるえないほど、彼の微笑みは常に一定だった。

博士のほうは、その笑みにうんざりするようにため息をついて「一体…、なにをしたんだ」と問うた。

 

「君は30分の会話すら出来ないのか」

「私が出来ないんじゃないですよ、相手が黙ってしまうのです」

「御託はいいよ、…つまり?」

「以降30分の相手の言葉をシュミレートしました。それを相手に伝えた結果、応答不可能の状態になっていました」

「…そんなことだと思った」

 

頭を抱えて、うなる博士。

そして、漸く2人の間で口をぱくぱくしていた玲菜の番が回ってきた。

どうする、何する、何を言う?

突っ込みたいことも、わけの分からないことも幾つもあったが、とりあえず。

 

「ちゅうりんぐてすと?」

 

分からない単語から聞いてみた。

 

「ああ、『チューリングテスト』。テストと言っても、筆記試験があるわけじゃないよ、もとはアラン・チューリングという人が提唱したテストで、だからチューリングと言うだけどね。人工知能を判別するために、人とコンピュータが遠隔でチャットのように会話をつづけ、その会話を成立させれるかどうかを見極めるテストなんだ…けど、どうやらコレのテストがどうも上手くいかなくて…、まったく、こんなことじゃ『教授』と『技師』になんて言われるか」

 

「プロフェッサーとエンジニア…って、たしか前に博士が言ってた、生態マニアの大学教授と、鉄アレルギーの機械オタクの人…だっけ?」

 

「マニアとオタクが反対だけど、そう、あの2人。実はコレ3人で作ったんだ。一年前に試作のこれが出来て、それから半年間ずつかけて調整をしてるところなんだ。こないだまで教授の所にいて、先日うちに来たところ。けどまぁこれが…、あの2人とんでもない調整をしてしまって、実は頭を抱えてたところなんだよ」

 

そう言って彼女は、うらめしそうに破壊されて粉々のドアを見ていた。

どうやら、このほかにも色々破壊されているみたいだ。

 

「って、ほんとにほんと?まじでにでこの人、ロボット…?」

「いや、だから人じゃないって」

「それはもういいから」

「なんだか玲菜さん冷たいなぁ。うん、じゃあ触ってみて、すぐ分かるから」

 

そう言って「マーシー」と呼びかけた博士。

うなずいた青年は彼女の前に手を差し出し。

 

「お手を、レディ」

「うぁ…?」

 

玲菜は促されるままにその手に手を重ねた。

 

「…っあつ!」

 

とたん、手を離した。

 

「平温時、46度。さっき暴れて間接の温度がまだ冷却されてないから50度くらいになってるかな」

「いってよ、先に!」

「だってこれが一番分かりやすいと思ったんだよ、ど、これで信じてくれた?」

「信じた…けど、けど、これってすんごい大発明じゃない、発表はしてないでしょ、どうして」

「うーん、趣味で作ってみただけだからねぇ。だいたい学論とか発表とかって、こおんなぶっとい論文書かなくちゃならないし、3人ともそんなことする暇があるならもっと別の研究したいしね」

「んな」

「第一、まだ2人の動作テストがすんだだけで、私のテストは終わってないし」

「博士…は、そういえばこの人の何を作ったの?」

「ん、ココ」

 

と、博士は自分の頭をコツンとひとつ突付いた。

 

「人工知能。A.I.。最近は人口無能なんて言葉もあるけどそれとは違うし、人工知能にも大別して2種あるけど、これはほら前に玲菜さんと一緒に見に行った映画のほうの人工知能」

 

そして苦笑して。

 

「まだ調整中だけどね」

 

と言った。

「ふーん」と相槌をうつ玲菜。

結局のところ、この目の前の青年が人ではないと言うこと以外、あまり意味は良く分からなかったし、むしろ理解の範疇を大幅に超えていたので、そうそうに考えることは投げていた。

ただ、一個のこだわりを投げてしまえば、あとはするすると理解できた。つまりこの人(博士曰く人じゃないらしいが)は機械でロボットなのだ。それさえ分かれば後の理解は投げてしまってもなんの問題も無いのだろう。

 

ふんふん、と頷いている玲菜を満足そうに見ている博士。

博士は、この玲菜の柔軟さがとても好きである。

彼女は日ごろ周りに、頭が軽い緩いと言われていると本人が言っていたが、博士にはそのところはいつも首をかしげていた。

博士にしてみれば彼女はとても聡い女性だからである。自分の出来る範囲で出来ることをするのは、なかなか出来そうで出来ないものである。

たいがいの人間はその身のキャパをなかなかつかめず、自分を等身大以上に大きくして見せたり、過小評価で本来の実力を縮めてしまうのだ。彼女はその点で自分をよく理解している。そもそも恋愛が出来る時点で彼女は博士にとって尊敬の対象であるのだが。

あとは…彼女のほめられない悪癖さえなければ、きっと男にも振られないだろうに。

 

「博士」

 

玲菜に声をかけられてふと顔を彼女のほうに向ける。

 

にんまり。

 

そんな言葉がぴったりの彼女の笑顔。

その笑顔にばっちり心当たりのある博士は、無駄とは思いつつ、いつものように返した。

 

「玲菜さん、いつもいつも言うようにね…私はドラえもんじゃないんだよ」

「おねがい博士〜」

 

のび太の声まね(似てない)までして、玲菜は博士に擦り寄った。

 

「ね、マーシー貸して」

 

やっぱりね。

なんだか諦めたように、博士は嘆息した。

 

 

 

 

 

第三節