恋 愛 発 明 家

変人奇行行進曲

 

第一節


 

 

うららかな春。容赦なく春。

人間出会いもあれば別れもある。

この春という季節は、とかくそんなものが多い季節柄。

 

そんな季節の真っ只中、

季節も柄もまったくなく、とかく一年中頭の中が春の女性と、

むしろ春より春の研究をつづける変わった女性の、

少しだけ不思議で、呑気な話。

 

 

「へロー、博士」

「へろー」

 

 

金髪碧眼。どぎつい染毛とカラーコンタクトで派手に決めた女が研究室のドアをノックする。

そして、そのまま返事も待たずにその扉を開けて上の第一声である。

応えたほうも方であるが、それが2人のいつものやり取りである。

 

研究室で、まるで研究者がこうあるべきだというそのものの格好をした女性がフラスコを片手にヒラヒラと訪れた女性に手を振っていた。

 

「今日あたりくると思ってたよ。ちょうど今清涼飲料水が出来たところだから、お茶をしようか」

「せいりょ……何?」

「コーラっぽいもの」

 

そう言って茶色の液体がフラスコからビーカーに注がれた。

 

「どーぞ、初めて作ってみたから自身は無いけど」

 

まるで家庭科の調理実習の作品を出すようだ。

 

「…い、いただきます」

 

恐る恐る口をつけてみたが、意外といけたのでそれを飲み干した。

そしてふと思いついた。

 

「あれ、なんで私が来るって分かったの?」

「簡単、玲菜さんは彼氏が出来たと報告に1週間前ここに来たから」

「んん?それが??」

「残念ながら、玲菜さんは一週間で彼氏と別れるという性癖が…」

「勝手に性癖にしないでっ!」

 

ビーカーをたたきつけながら怒鳴る。

 

「大体、いっつもいっつも、悪いのはあたしじゃなくて向こうなんだからっ」

「はたしてそれは…」

「んんっ?」

「いや、なんでもないです、怖いなぁ玲菜さん、やっぱり振られたんだ」

「分かってるなら、いわないでーーっ!!」

首を振りまわしもんどりうって、おまけに博士に抱きついた。

「ううっ、博士…相変わらず胸おっきいなぁ」

「玲菜さん、香水臭い」

「やかましい」

ぐすぐす言っている玲菜に見切りをつけて、ずれたメガネを押し上げると、諦めたようになすがままにされることにした。

「あれ、博士…メガネなんかしてたっけ。もしかして知的系オタクからメガネっ子路線に変更?」

「なにそれ、これはただ…」

 

ゴンゴン。

 

彼女が入ってきた玄関からの扉とは違う、奥の扉から音がした。やたらと鈍い音だった。

「ああ、入ってきていいよ」

博士がそう言うと奥からまた音が聞こえたが、その音の人物はなかなか姿を現さない。

「博士、先客が来てたなら言ってよ、あたしめちゃくちゃ恥ずかしいじゃない」

そう言って、ぱっと博士から離れて頬を両手で覆った玲菜。

ここは研究室と言っても、彼女の私宅である。

少し変わったこの友人に、少なくない知人や友人がいるのは知っているが、こうして自分とかち合ったのは初めてなので、玲菜はかなりあわてた。

ガチャガチャとドアノブを賢明に揺らす音だけが聞こえる。しかし、聞こえるだけで一向に姿が現れない。

「…ん?ねぇ、博士あのドア壊れてるんじゃない?」

「……いや、多分。ノブの回し方が分からないんだ」

「…ええ?」

「まったく仕様のない。ちょっとまってて玲菜さん、すぐ戻る」

そう言って、玲菜の前を通り過ぎ、音のするドアのほうを向かった、そして…

 

バリバリバリッ

 

博士がドアに手をかける直前で。

まるで紙くずのように。

 

ドアが真っ二つに裂けた。

 

 

「ああくそ、やってくれたな、君」

 

髪をかき上げて、わずらわしそうに、ドアの向こうにいる人物につぶやいた博士。

ほうけている玲菜。

 

勿論、ドアの破壊に目をむいたのも事実だが、それを上回る彼の容姿に目が点になった。

年は20歳頃、象牙のように白い肌、限りなく白に近いプラチナゴールドの髪。そして、なぜか服はバスローブ。

 

「は、博士、この人…」

 

一体どこのどなたでしょう。そう問いたかった玲菜の言葉は、博士により途中で閉ざされた。

 

「この人は、人じゃないよ」

「は…?」

 

呆けたままの玲菜に、美貌の青年はドアを破壊した腕を軽くふって微笑む。

 

「こんにちはレディ、そして始めまして。私は博士の愛の奴隷です」

「愛の奴隷ーーーっ!!博士っ、あなたいつの間にそんな子になっちゃったのーーっ」

「どんな子と想像されてたのか甚だ気になるけど。ちがうちがう、コレの言うことは真に受けないように。まだ調整中で、覚えたての言葉を端から使うんだよ」

 

なにを言ってるんだろう。首をかしげながら理解という氷は少しずつ氷解していた。

彼女は博士だ。

博士とは、何かを研究している人のことだ。もちろん彼女もずっと研究していた。

ずっと、何かを―――…?

 

「マシーナリーエージェント1.0、略してマーシーとでも呼んでやって」

博士の言葉に、玲菜はただ「まーしー」とだけ言った。青年は笑って「まーしー」と返した。

 

 

「要するに玲菜さんに分かるように簡単に言うと、ロボットってやつ」

 

 

簡単明瞭、SFまっしぐら。

玲菜はあまりに分かりやすい説明に一言応えた。

 

 

「まじですか」

 

 

 

 

 

 

一節 終