8.真実の裏の真実





「…なんで、こんなことになったんだろう」

 家に帰る途中で、あたしは誰ともなく大きな独り言を一人でつぶやいた。
 あの後、みの虫に引っ張りまわされ、今の時間はもう昼の3時。
 まあ、おごってもらったお昼は美味しかったので、引っ張りまわされた事に関しては、別に構わないのだけれど、それより、これから先のことが憂鬱でならない。

「だいたい、父が何もかも悪いのよね、いきなりあんな物拾ってきたりして…、だからこんなややこしいことになっているんだわ」

 はぁ、とわざわざ立ち止まって、ため息をつき。

「…なにやってるんだろ、あたし」

 目の前にある自分の家が、なぜか違う風景のように感じる。がぜん、門をくぐろうとする足が重たくなった。
 しかし、そうも言ってはいられない。

「ただいま」

 とりあえず、みの虫の言うとおり、いつものように家の玄関をくぐる。
 声をかけたのは、とうぜん父がいるからである。
 父はいつも何の仕事をしてるのか分からないが、週末は必ず家にいる。
 あのみの虫が言うには…、あたしが玄関で父を引きとめ、その間にみの虫が部屋の探索をする。
 もしも、父を引きとめきれなかった時は、さっき引っ張りまわされた先で買った父の誕生日プレゼント(半年もずれているが)と言って買った服を着せるとき、その隙にさりげなく盗み取る。
 なんていう、作戦なんだけど…いったいぜんたい、どこが完璧だ、おい。
 はっきりいって、そんな都合よくいくわけがない。あの父に限っては100%無理に決まっている。
 みの虫の作戦を恨みがましく文句をつけながら、あたしは玄関先で父を呼びつけるようお腹に力を入れた。

「おー、おかえり、みのり」

「あれ」

 ひょいと廊下から現れたのは父その人。
 呼び出す前に父が現れて、ちょっとばかり勢いがそれた。
 まいいか、さぁ、ここからが本番だ。あたしは息をのんで、父に話そうと………ん?

「お、お父さん、それなに?」

 父の背負っている物を、おそるおそる指さすあたし。
 すると、父はいともあっさり

「決まってるじゃないか、今日から住む達也くんの家財道具だよ」

 そう言って、背中に背負ったベッド、机をよいしょと言って廊下に下ろす。

 は…?え??な……

「なにーーーーっっ!!」

 裏庭から入ったみの虫が、それを聞いてしまい、猛烈な勢いでこっちに顔をだして叫ぶ。

「あ、ばか…っ」

 あたしがパタパタと手を振って止めようとしたときには、時すでに遅く、あたしと現れたみの虫を交互にみつつ、父は薄く笑った。

「おー、なんだなんだ、達也くん。さっそく来てくれたのか」
「しまっ…」

 あとずさって、逃げようとするみの虫。
 しかし、すでに父の手は、みの虫に肩にかかっていた…(すばやい)

「いやぁ、やっぱり達也くんも学校だけでしか会えないのは寂しいだろう?」

「…学校で会うほうが恥ずかしいわよ」

 非常識な親にぼそりと言うが、効果なし。
 本来なら、その学校にみの虫がいることだって、この場で問い詰めたいくらいだ。
 そんなあたしの思考などお構いなしに、父はただ一人で納得したように頷くと、みの虫にかけた腕の力をさらに込めて、のたまった。

「そこでお父さんは考えた、やっぱり達也くんにはうちで住んでもらうって」

「ちょっと待って!」「おいっ、まてっ!」

 二人して抗議の叫びをあげる。
 冗談のような提案だが、玄関のありとあらゆるところに置かれた目新しい生活用品が、「これは現実です、ちゃんと向き合ってね」と語っているようだ。

 これは…、本気で止めなきゃ、洒落になんないわよっ!

 「どうしたんだ」と、眉をひそめてあたしのほうを見る、父。
 いつのまにか、みの虫の肩にかけていた手で、みの虫をそのままホールドしていた。

 あたしは、手にしていたプレゼントを投げ捨てた。もうこうなったら最後の手段しかない。
 荷物を投げ捨て、ついでになけなしのプライドも放り投げて、両手を前に組み、上目遣いで、父を見上げた。

「お父さん…お父さんはあたしのこと大事な娘と思ってるわよね?」
「もちろん」

 胸をはって、答える父。
 あぁ、ホールドされてるみの虫を絞めてる…

「じゃあ、お父さんはあたしが好きでもない人と、結婚してもいいって思ってるの?」

 ちょっと、過少演技の入ったような声で訴えてみるあたし。ええい、おまけに涙目にもなってやる。
 最後に勝つのは娘の涙の訴えよっ、とあたしは声を震わせるように言い、父に抱きついた。父にホールドされていたみの虫の「誰だコイツ」と言う言葉は、勿論聞こえない。

 父は、そんな娘の言葉に空いたもう一方の手で頭をなでると、きっぱりと言った。

「いんや、思っとらん」

「へ?」

 いやに、言いきった父に思わず拍子抜け。

「たとえ、お父さんがどんなに気に入っててもだ、お前が好きじゃないなら、どんな奴だろうが、結婚なんかはさせんよ」

「じゃあ、今のこの状況はなんだっていうのよっ、この状況にあたしの意思はどこにあるのーーっ!」

 あまりの理不尽さに地団駄を踏む。
 そんなあたしを、父はあきれながら見ると、1つため息をつき。

「なにを言ってるんだ、お前の意思だろう?」

「おい…まてっ!」

 父の言葉に、おもわず目が点になるあたし、父の下でなぜか、妙に焦っているみの虫。
 父はやれやれ、と肩をすくめると、みの虫を捕まえている腕とは違うほうで、懐から一枚の紙切れを取り出す。

「おいっ!まてっ、開けるな!!おい、みのりっ!」

 はじめて、みの虫に名前を呼ばれ、思わずそちらを見る。

「おまえ、俺なんかと結婚したくないんだろ、だったら今のうちに、おじさんから奪ってそのまま捨てろ」

 はっ、として父の紙を見る。しかし、みの虫が言った『俺なんか』という言葉が引っかかって、思わず足がとまる。
 すると、父はその紙をもって、あたしのほうまで来ると

 ポンッ

 と、その紙を渡された。

「え……?」

 諸悪の根源。みの虫があっさりと承諾せざる得なかったその物。そしてそれを奪還するために馬鹿馬鹿しいやり取りまでした、それが、いともあっさり手元に来てしまった。

「私はただ、お前達の約束を守っただけだよ」と、あっけらかんと言う父。

 約束――?その言葉にいぶかしむ。

 いまだ父から逃れようとじたばたしているみの虫が、何かを叫んでいるが
 あたしは、折りたたまれたその紙きれを開けて見るという欲求に負け、二つ折りにされたそれを開いた。

 中身は実に単純で、たった数秒で読み終えられる文章が綴られていた。


『        せいやくしょ

 あたしとたつやくんは、おとなになったら
 けっこんします。

             みのり たつや     』


 開いた紙を目がつぶれるほどに凝視するあたし。
 しかし、どっからどう見ても、これ以上の事を読み取れるわけもなく…


「こ、これは一体…」


 どういうことなのーーーっっ!!?


 …それしか、叫べそうになかった














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