5.世界の終わりと、あたし





 朝のHRが終わり、先生が職員室に戻るのを見送ったあと。
 なぜか、クラスメイトは遠巻きに、みの虫の方をきゃあきゃあと騒いで見てるが、近寄ろうとはしなかった。やはり、転校生というのはお嬢様であろうと、どうであろうと好奇の対象なのだろう。いや、そんなことはどうでもよくて。

「ちょっと、話があるんだけど…」

 あたしはむっつりと大人しく机に座っていた、みの虫を見下ろしてそう言った。
 言いたいことが分かったのだろう。みの虫は、あたしのことを少しだけ見ると、すっと、その場から立ち上がり、あたしの後をついてきた。

 バンッ!と勢いよく屋上の扉を開け放ったあたし。
 扉を開ければとたんに向かってくる寒気の風が、あたしとみの虫を吹き晒した。
 いつも屋上は危険ということで開放はされていない。しかしあたしと、もう一人の友人はちょっとした開けるコツを知っているため、この場所はあたしにとっては大事な秘密の場所であったのだが、恰好の話し合いの場所でもあった。

「で、一体どういうことなの?あたしはこの状況で笑えばいいの?だったらごめんなさい、笑えないんですけど」

 あたしは、冗談みたいなみの虫の格好を眺めてそう言った。
 屋上の風になびかれてスカートがヒラヒラと舞う。そうして気づきたくないことまで気づいてしまった。こいつ…、脛毛まで剃ってるよ。

「おれが、知るか」

「さみぃ」そうぼやきながら、むっつり顔を更にむっつりとさせみの虫は応えた。

「朝、学校行こうとしたらお前の親父に拉致られて、眠らされて、気付いたらお前の学校に行けって言われたんだよ」

「って、いくらなんでも、来れるわけないじゃないっ!共学じゃないんだから、手続きの問題だってあるし、それにここはただの学校じゃないのよ、女子高よ!男がそうやすやすと入れるわけないじゃない!戸籍で思いっきりばれるわよ」

「…お前の親父と、ココの理事長。知り合いなんだろ?お前もその要領でこの学校押し込んだって、あの親父言ってたぜ」

 うっ、そういえば、そうだった…。
 あたしみたいな、ごくごく普通の家の人間が、こんなお嬢様学校通えてるのは、実は父が、ココの理事長と親友だという理由だからである。
 何でこんなガッコの理事長と父が親友なのか、つくづく謎なんだけど。

「言っときますけど、あたしは女よ。それであなたは男。いっくら知り合いでも出来ることと、出来ないことがあるでしょう!?」

「んな理由、俺が知りたいわ。おまえな、俺が好きでこんな格好してると思ってんのか、あんたの中で俺は一体どこまで変態なんだ」

「いや、まあ…その。あ、そーよ、そーよ!あんただって、通ってた学校あったんでしょ?それにあんたのお父さんやお母さんだって…、もし学校から連絡でもされて、あんたが突然いなくなってなんて聞かされたら、びっくりするわよ」

 睨まれて、思わず話をそらすため振った話であったが。言ってみて、それはそうだと思いつく。
 こいつ、当たりまえに拉致られたとか言ってるけど、それって犯罪だわ。もし、こいつの両親に父が訴えられたら…
 と、突然青くなるあたしの、そんな思考を察してか、みの虫は淡々と

「ああ、それなら、大丈夫。俺、もともとそんな学校には行ってなかったし、それに俺よく、拉致とかされるから親父達も気にしてない」

「は?」

 いま、なんていったこいつ、「よく拉致とかされる」――?

「これでもな一応、企業の社長息子だから。次男でも小さいころから、しょっちゅう攫われたりしたしな」

「い、いやでも、普通、親なら心配するもんでしょ?」

「俺ん家の家訓『自分の身は自分で守れ』なんだよ、それに…」

 突然口ごもる、みの虫。
 そして、なぜだかあたしから目をそらすと

「…ガキの頃から、いやってほど護身術習わされてるからな、銃相手でも、相手が一人なら何とかなるしな」

「じ、じゅうっ!?」

「たとえ話だよ、たとえ話、そんな目にあったのは2・3回くらいしかねーよ」

 そんだけあれば、十分だと思う…
 でも、そんな話を聞いて、あたしはますます疑問に思う。

「じゃあ、何であんた、うちのお父さんになんて、簡単に拉致られるのよ」

「うるせ、お前の親父が“ばけもん”なんだよ。昨日なんて、最悪だぞ、久しぶりに行った学校の帰りに背後からチョークスリーパーかまされて、気づいたら、あんたの家の玄関にロープでぐるぐる巻きにされてたんだからな」

「…それは、ご愁傷様としか言いようがないわね」

 そういって、みの虫に拝むあたし。
 そんなあたしの方にみの虫はずいと近寄り

「そ・れ・よ・り、『あれ』はどうなったんだよ」

「へ?」

「例の紙切れだよっ、ちゃんと盗めたのかよ」

 あっ、と思い出し、あたしはみの虫から目をそらすと…

「無理だった…」

 ポツリとそういった。

「おっ、おまえなぁっ…!」

「んなこと言ったって、無理に決まってるでしょ、あの人、あれからまったく肌身離さず持ってたんだからっ」

 怒鳴ろうとするみの虫に、反論するあたし。
 一応、あたしだって努力はしてみたのだ、父がお風呂に入っている間に脱衣所をあさってみたり、眠っている父の部屋の中を探して見たり、しかし、出てくるのは胡散臭い手裏剣だの、爆竹だの、くだらないものばかり。どうやら、本当に肌身離さず持っているのか、一向に隙を見せない父に結局はあきらめて寝てしまったのだ。
 それを告げたあたしの言葉にみの虫は…

「くそっ、やつも本気か…」

 と、握りこぶしに、汗まで滲ませ、恐ろしいことを口走る。

「こうなったら、放課後残って作戦立てるぞっ。いいなっ」

「な、何であたしが…」

「お前も、無関係じゃないだろっ」

 そういうと、「みてろよ、あの親父…」と、まるで悪役のように不適に笑う蓑虫。
 そして、あたしは…
 ひゅるるー、と風吹く屋上で、女装のみの虫が哄笑を上げる姿をみて

(まるで、世界の終わり絵図だわ…)

 と、なんとも情けない情景に、すでに逃げ出したくなっていた。













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