3 生と死と結婚と
「たのむ、盗み出してくれ!!」
「はあっ!?」
現在、みの虫とあたしはなんと、家のトイレの中。
便座に腰掛けているあたし、とそれに覆いかぶさる勢いで迫っているみの虫は、はたから 見れば(どうはたで見ればいいのか分からないけど)、かなーり、危ない体制で密会…、もとい密談を交わしていた。
この状況は、先ほどみの虫が「婚約OK」の返事を父にしたあとのことである。
『俺トイレ行きたいんだけど、ドコ?』
『トイレなら、リビング出て突き当たりの…』
『あーー、分かんないから、あんた付いてきて』
『えっ、ちょっとっ!!』
と、引きづられて、トイレに一緒に連れ込まれ、挙句鍵までかけたのだった。
そして、父の気配の無いことを確認するや否や…、上のような話である。
「さっき、お前の親父が持ってたヤツ。あれをあんたに盗んでほしいんだよ」
「何であたしが…っ、嫌に決まってるでしょ。自分でしなさい、自分で!もーねー、あんたは、あたしの父親の事知らないんだろうけど、あれははっきり言って、変態よ。変態。人が困ってる顔が3度の飯より大好きだって言って憚らないドSよ。しかも、格闘おたくで、武器おたく、ホントかどうか知らないけど火槍を買ったなんて事喜んで言うやつよ。そんな人間から、盗むなんて、あんたあたしを殺す気!?」
実の父に向かった言うような評価ではない。そう思いつつも、事実は事実。
あたしは、平然と「自分の弱みを盗め」と、とんでもない事を言うみの虫にめいいっぱい抗議した。
みの虫も、その言葉を聞いて、渋面な顔をしてはいるが、返ってきた言葉は意外なものだった。
「知ってる」
「へ?」
あたしのキョトンとした顔に、みの虫は寄せていた眉をゆるめて、なだめるようにあたしに言った。
「…いや、とにかく、殺すだ殺さねーだ、そんな殺伐とした親子喧嘩俺だって望んでねーよ。ただ盗んでくれればそれでいい」
「い・や。というか無理よ」
唾が相手にかかりそうなくらい、きっぱりと断った。
なんてとんでもない事を言うみの虫だ。なんの弱みを握られてるのかは知ったことじゃないけど、あたしは、はっきり言って父を敵にまわす気はない。
そして、しばらくの間、あたし達はにらみ合い。
といっても、水洗の便器に座っているあたしと、それを押さえ込む形でかがんでいるみの虫。
…はっきり言って様にならない。
それでも、あたしは引く気はなかった。が――
「おまえ、俺と結婚なんてしたくないだろ」
ぐっ…、と睨む力が緩んだ。
「もちろん、俺もだが」
おいっ。
でも、たしかに。普通ならこんなことあり得ないと思えるのに、悲しいことかあの父が絡むというだけで、娘のあたしには厭と言うほどこの馬鹿馬鹿しいことがあり得てしまうと想像できるのだ。
婚約?結婚?本当にありえない。
「あーもーっ!わかったわよ、でも、できるかどうかなんて分かんないわよ」
背に腹は変えられぬ。結婚は人生の墓場…、なら、今戦って死ぬのと、結婚で人生の墓場までゴールインするのも、どっちもどっちだ。
そうあきらめて、あたしは、不承不承うなずいた。半ばやけっぱちの思いである。
「ただし、あんたはその中身を見るんじゃない」
「はあっ?」
思いっきり素っ頓狂な声を上げてあたしは、このバカみの虫を見上げる。
「なにいってんの、中身知らなきゃ、それがどうかも、分からないじゃない!!」
「いや、さっきあんたの親父が黄色い封筒にあれを入れていた。封筒を渡してくれればそれでいい」
んな、むちゃくちゃな…。
あたしは、あきれてもう一度文句をいおうとしたが
「おーい、二人ともなにやってんだ、早くきなさーい!!」
そう言う、父の声がしてあたしはやっとの事でトイレから解放される。
そして、あたし達がリビングに向かう瞬間―――。
「頼んだからな」
そういって、みの虫、もとい久賀達也はあたしをすり抜け、父のもとへ向かった。
<結婚か、父親との生死を賭けた戦いか…。>
って、なんであたしがこんな事で人生の岐路に立たなきゃならないわけ!?
これが夢なら、だれか叩き起こして欲しい…
そう、切に願うあたしだった。