2 とりあえず、婚約?





「と、いうわけで…」
「どういうわけなのよ」

 いま、現在あたし達は家の玄関ではなく、リビングにあるソファに腰を落ち着かせている。
 鍵をかけて追い出したものの、父の持つ合鍵という手段に屈したのである。(無駄な足掻きだった)
 あたしは、テーブルに紅茶を3人前とりあえず作り、目の前にいる、父と、先ほどまでみの虫状態だった奴に配り、あたしは、じろりと父をにらみつける。

「と、いうわけで、この娘が私の娘、『上杉みのり』ちゃん、ぴっちぴちの女子高2年生」
「だから、どういうわけなのよ」

 そんなあたしの言葉は無視。

「そしてこちらは、そこの道端で拾った、有名企業の次男坊の『久賀達也』くん、こちらも高校2年生」

「拾ってくるな!!」
「拾われてねぇ!!」

 と、同時に突っ込むあたしたち。そんな様子を見て父は

「うん、息ピッタシ!」

 違うだろ、それは。

 脱力して、何もいえない…、相手も同じだったのか、うな垂れた肩は反論する力を失っている。

「まあ、結婚はみのりと、達也くんが高校を卒業してからと言う事で、とりあえずは婚約と言う形で…」

「だ・か・ら、それがどういうことなのよ!?」

 バンッ、とあたしは思わず机を叩く。
 なぜか、父ではなくみの虫が驚いた顔をしていた。

「どういう…?あぁ、だから、みのりと同い年の『久賀達也』くん…」
「それは、聞いた!!」
「んーむ?それじゃあ、彼は大手企業の次男坊で…」
「だから、それも聞いた、っていうか、それがどーしたっ!?」

 あたしは、血管ぶちぎれそうになりながら、父に怒鳴りつける。すると、父は、急に深刻な顔になり、先ほどから叩きすぎてヒリヒリするあたしの手を、テーブル越しにそっと握りこむと、キリとした眉をさらに厳しくした。

「みのり…」

「な、なに?」

 その深刻な顔に、あたしは、思わず居住まいを正すと、父はキッパリ

「結婚には、愛も大切だが、生活の潤いも大切なんだぞ」

「だから、それがどーしたぁぁ!!」

 あぁっ、この机がちゃぶ台なら、あたしは星一徹になっていた。
 あたしが父の手を勢いよく払い、突っ込みをいれていると

「そーだ、なにが悲しくてあんたみたいな、ブスと婚約なんてするかよ」

 おいこら。
 ま、またしてもあたしのことを、ブスと…
 いっとくけど、あたしは、こいつの言うようなブスじゃない。
 少なくとも、今通っているお嬢様学校では、常に、『お姉さまにしたい人』NO.1に輝いてるし(正直に言おう、空しい)、外を歩けば、ナンパは数知れず…。
なのに、こんな奴に、ブスだなどとは言われたくはないっ。

 ギロリ。と、今度は往復ビンタをせず、にらみつけるだけに押しとどめる。
 確かに、まっとうな格好になったみの虫を見れば、くやしいがみの虫は綺麗と言える部類の人間だった。
 切れ長の少しつりあがった目や、やたら高い鼻。天然なのか、きれいな薄茶の髪に、すっきりと整った顔の輪郭。そして…
 瞳の色だけ、そこから世界をくりぬいたように澄み切った緑色をしていた。

 …まあ、だからと言って、女性をブスと平然と呼ぶ奴は人間としてダメである。ダメダメである。

「まあまあ、達也くん」

 すると、父はあたしとの口論を止め、隣にいたみの虫に振り向くと、あたしには厭と言うほど覚えのある、にやりとした表情を向け、彼にピラリと、一枚の紙切れを見せる。

「それっ!?なんであんたが…っ!?」

 と、彼はその紙切れを見た瞬間、目を大きく見開き、すばやい動きでそれを奪い取ろうとする。が、残念かな。父のほうが上手らしく、あっさりと彼の奪取をかわすと、見せ付けるように、紙をヒラヒラさせ(あたしには中身は見えない)、至極楽しげな笑みを浮かべた。

「ふふふふ。あまい、甘いよ達也くん。交渉ごとには切り札がある。これ常識だよー。さて、これを誰かに見られたくなくば、おとなしくみのりと婚約をするんだね」

「ちょっと、あたしの意思は!?あたしは、ぜんぜん了承してないんだけど!?」

 あたしは怒鳴るが、やはり父に無視される。
 まあ、あんな紙切れ一つで、結婚だ婚約だの、自分の人生を振り回せるとも思えないので、あたしは呆れながら黙ってその場を見ていると。


「……わかった」


 ん?空耳かな?なんか、『わかった』っていったよーな。

「よしっ、それじゃあ、とりあえず婚約と言う事で」

 にっこりと、父が微笑むのを見て、あたしは、彼の言葉が幻聴じゃない事にようやく気付く。そして…


「なんでーーーーっっ!!!?」


 と、叫ぶしかなかった…
















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