あんたなんて、大嫌い!!



19.保健室イヘン





「ちょ、ちょっと、まってってば!」


 あの後、なおもあたしを引っ張っていくみの虫。
 みの虫のおもしろがる顔とは裏腹に、自分の顔が引きつっているのが分かる。
 そもそもなんで、こうなったのだろう。
 あたしはただ、みの虫が知っている「手紙」の謎を問いただしただけなのに。
 なのになぜ、健康診断へ向かっているのだろう。

 あの時確かにみの虫は「わかった」とうなずいたのに、どうしてそうなるのだろう。


「なんでーっ!?」


 そうして、あたしはただただ引きづられ、保健室前まで引っ張り出されるのだった。







「みのりさん!よかった。あんまり遅いから心配しましたのよ」

「あ、佐伯さん・・・」


 保健室の入り口で待っていてくれたのは、佐伯さんやクラスの女子。
 きちんと整えられた見なりを見るに、すでに他の子達はすっかり健康診断を受け終えてしまっているみたいである。


「ご、ごめんなさい。少しせ…先生と話をしていたから…」


 あたしは呆けながらなんとか返事を返す。


「そうでしたの、久賀さんなんて心配してみのりさんを迎えに行ってくださったのよ。みのりさん、すこし様子がいつもと違いましたし」

「え、み…久賀さんが?」


 思わずみの虫を振り返る。
 しかし、みの虫は素知らぬ顔でどこかよそを向いていた。
 

「でも…なにもなくて良かったですわ。もう私たちは診断をすませてしまったので後はお二人だけですのよ。どうぞ行ってらして」

「へっ?あたしと、…久賀さんが、いっしょに?」


 思わず聞き返してしまって、佐伯さんの方がきょとんとする。


「そうですわ、なにかご不都合がありまして?」



 ある。大いにある。


 
 何であたしがみの虫と一緒に健康診断を受けなきゃならないのよ!…と大声で言いたい。しかし、ここでその理由が言えるわけもなく、あたしはただ保健室と佐伯さんから後じさり、後退しようとした、………が。

 がしり、と背後から思い切り肩をつかまれ、後じさりをする、あたしの動きを封じるみの虫。


「ほら、何してるのみのり。ただでさえ私たち遅れているのよ。これ以上手間をかけては、他の教室の方にも迷惑でしょう?」

「あ、あんた…」



 こんの、ド変態っ!



 胸中で叫んだあたしの声が届いたのか届かなかったのか。

 
 みの虫は、それはもういい笑顔であたしを保健室まで引っ張ると、その扉の中へあたしを引っ張り込んだのだった。







「あらぁ、まだ診断受けてない子いたのねぇ」


 のんびりとしたソプラノボイス。
 今日の健康診断の医師であり、この学校の保険医でもある牧村先生の声音が診断する衝立の向こうから聞こえる。

 遅れてやってきたあたし達に、特段驚くでも、叱るでもなく、ただのんびりとなにかの紙をめくる音だけをさせると彼女は「ああ」と一言あいまいに声を発した。


「そぉいえば、上杉さんと、ええと転校生ちゃんが未だだったのねぇ」

「え、えぇと、…はい」


 あたしはおそるおそる声を出す。みの虫は…何を考えているのやら、仕切りの向こうの保険医に目を向けているだけである。


「そう、それじゃあ、ちゃちゃっと終らせちゃいましょう。ということで一人づつ脱いでこっちに来てねぇ」

「ひいぃぃっっ!」


 思わず叫び声を上げたあたしをにやにやと見詰める変た…もとい、みの虫。


「どうした?なんなら脱ぐの手伝ってやろうか?」

「…っばか!結構よっ!」

「っそ、んじゃ先に俺行くな」


 分かっていた答えを聞くと、肩をすくめてスタスタと仕切りに向かう。


「え…、ちょ、ちょっと待ちなさいよ」


 あまりに唐突に向かうので思わず引き留めてしまった。
 立ち止まりこちらを向くみの虫。


「なんだよ、俺に脱いで欲しいのか?」

「あほたれっ!いっぺん死んでこいっ!」
 

 制止するのもばからしくなり怒鳴り返す。
 そうだ、このさい健康診断で先生に何もかもばれてしまえばいい。
 そうすれば、こんなばかばかしいやっかいごとから解放される。

 怒鳴ったせいで切れた息を整えて、あたしはみの虫を仕切りの向こう側を睨み付けた。


 が………


「はい、おっけぇ。もう行っていいよぉ」

「ありがとうございました」



 ……………え?



 何事もなかった。
 仕切りから、何事もなく出てくるみの虫。
 あたしは出てきたみの虫の胸を思わず平手で叩いた。



 ぺた。



「やっぱり、ない」

「おい、何をいま妄想した、何を」


 藪睨みするみの虫。


「だって、だってっ」

「…まあ、俺も確証があった訳じゃなかったけど、予想はしてたかな。でなきゃ俺がンな大声で、さっきみたいな会話出来ると思うか?」

「あ……」

 あたしはとっさに衝立の方を見た。


「そういうことなのぉ」


 そうして衝立の向こうから現れたのは保険医の牧村先生。


 ふわふわの亜麻色の髪を後ろに縛り。
 なぜか手作りという、裾にレースのついた白衣でひょこひょことこちらにやって来た。


「思わずさっき、エロい展開になっちゃうんじゃないかって、先生ドキドキしちゃいましたぁ」

「何を妄想したっ、何を!」


 今度はあたしが先生にツッコミを入れてしまった。
 が、それもこれも今ではすっかりとけた緊張のせいでもある。
 結局、つまりそういうことか…。


「つまり…、牧村先生、あなたもグルだったんですね」

「グルって人聞き悪いですよぉ。先生はただ、理事長さんにお願いされただけです」


 …たぶん、世間ではそれをグルと呼ぶ。


 あたしはため息をついてみの虫を見た。
 視線の意味を捉えたのだろう。みの虫は肩をすくめて言った。


「タイミングだよ、タイミング。俺が転入してすぐに健康診断…、いくらなんでも間が良すぎだ。しかも学校行事。こんな馬鹿げた入学をさせる変人どもが、こんなに早くにばれる仕掛けを持ってくるとも思えない。てことはだ、俺に僅かでも疑問を持つ奴に打つ布石だろうって当たりを付けたわけだ」

「なるほどね。健康診断で何も問題ないと思わせれば、ある意味証明が出来るわね」

「そいうことだ。ま、分が悪い賭じゃなかったしな。それに、そのことを俺に説明も無いって事はだ、俺があわてる様を楽しみたかったって所だろ、んな悪趣味につきあうつもりもさらさら無いしな」

「まったくだわ、なんって悪趣味」


 さすが父の知り合い、とでも言うべきか。
 この数十分ですり減ったあたしの寿命を返せと言いたい。
 そして、あたふたしているあたしを楽しんでいたこの男も十分悪趣味である。


 そんなあたしの心境を知ってか、知らずか、みの虫はあたしの肩に手を置き、耳元にそっと口を寄せた。



「視聴覚教室準備室で待ってる」



 そう囁くとみの虫は、背中越しに手を振り、保健室を出て行った。
 しばらくあたしはその閉められた扉を凝視していたが、


「なになに、エロい事言われたの?言われたのぉ?」


「言われてませんっ」


 下ネタ保健医を叱咤しつつ、制服を脱ぎ診断を受けるあたし。




 囁いた時に見たみの虫の険の入った表情に、いやな予感を感じながら……




 



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