17.疑問と問題はつきない 最低最悪バカ男! ええい、他にあの男をこき下ろすような言葉は無いだろうか。 人が真剣に悩んでいれば、あの男はよりにもよってあたしを疑っていたのだ。 こんな腹の立つことないったらない。 大股で教室の前まで来たあたしは大きく息を吸い込むと、教室の扉を勢いよく開けた。 勢いよく開けた扉の先には、眼を点にした同級生と先生。 たしか今年で一年目の新任の英語教諭は、あまり化粧気のない顔をかくすような銀縁の眼鏡で首をかしげてこちらを見た。 「上杉さん?」 「すみません、少し気分が優れなくて保健室に行っていました、授業に遅れて申し訳ありませんでした」 低い声でうなるように言ったあたしと、いつもの猫を被れ、もう一人の私がそうささやくので、顔が笑顔を作ろうとしてひきつり、余計不気味な表情になってしまった。先生の方が気後れした風にみえたが、着席するように促すと、途中で呼び止めた。 「あ、あの…上杉さん?朝は久賀さんと一緒だったと聞いているのだけれど」 久賀…その名前は今、世界で一番聞きたくない名前である。 「さあ、途中で別れたので知りません」 「そ、そう…」 嘘はついてない。あれからすぐにやってこないということは、これ幸いと授業をサボるつもりなのだろう。 以前の学校もあまり行っていなかったって言ってたし、サボるのは割と常駐そうである。 ちょうどいい、あたしだってあいつの顔を見ているのは一分だって我慢できない。 着席した席で、あたしは手のひらを睨みつけた。 マニキュアなんて校則の厳しいこの学校では、到底出来そうも無く、アクセサリーも身につけていない、味もそっけもない手だ。 見慣れているあたしの手のひらが、今は少しだけ痺れて、痛い。 痛くて少しだけ、悲しくなった。 どうして、あたしが痛くならなきゃいけないのよ。へこまなきゃいけないの。 別に、あいつに信じてもらいたかったとかそんなんじゃない、きっと違う。 たぶん、殴った瞬間に、あいつの顔を見てしまったからだ。 あたしが、疑われたのに、傷つけられたのに。 どうして、あいつが傷ついた顔をするのだろうか。 そんな顔をするから、あたしがこんな理不尽な罪悪感を持ってしまう。 口惜しい、腹が立つ、ムカつく、やはり一発くらいでは足りなかったかもしれない。 あり余る怒りを無理やり授業に集中させる方向に向け、教科書を机からひったくると、何時の間にかそばに近づいていた教師と目が合った。 「そう…、久賀さんは欠席なのね。残念だわ」 「………え?」 「残念だけれど、そのほうが都合がいいかもしれないわね」 「………へ?」 かすかに聞こえるように言ったような言葉に、思わず声が漏れた。 漏らした声に、新人の女教師は聞こえないふりをして、ただ薄い色の唇を端に上げる。 いま、なんていった…? 呆けたあたしの疑問の視線を受けることなく、新任の教師は自分の左腕に巻いた時計を眺めて、すたすたと教壇の前に立つと、パタリと教科書を閉じた。 「はい、みなさん。ちょっと予定より早いですが、健康診断の準備はじめてください」 「「はーい」」 重なった声にきょとんとなるあたし。 「へ?ケンコウシンダン?」 カタコトになってしまったあたしの独り言に、右隣の席に座る、佐伯さんが首をかしげて、応えてれた。 「どうされましたの、みのりさん。先週の月曜にプリントが配られましたでしょう?」 「え、ああ、せ、先週の月曜…?」 ああ、そんなプリントあったような? だけど、この週末のドタバタで、ごみくずのように闇に葬り去られてましたよ。 いや、別段、健康診断に問題があるわけではない。そりゃ、む、ムネとか…身体的コンプレックスがあたしにだって無いわけじゃあないし、でも共学時代の中学に比べれば、同姓しかいないのであまり恥じらいのないオープンなところが結構気に入ってるし、まあ今回は例外がいるわけだけど…ていうか、その例外が大問題だろう。 「け、け、健康診断っっ!!?」 「あの…みのりさん?」 絶叫したあたしに、佐伯さんは大層心配げな声を掛けてくれたのだった。 |