16.最悪な男
「そんなことより、今の問題は」 「…これね」 なんだか誤魔化されているのは分かっているけれど、とりあえずそれより早く何とかしなければならない問題があるのは事実といえば事実だった。 あたしはみの虫が手にしているピンク色の封筒を軽く睨んで腕を組んだ。 「で、それ何て書いてあるの?言っとくけど、もう燃やしたりしないでよね」 「しねーよ」 皮肉ったあたしに仏頂面で答えると、今度は中身を見ずにあたしにそれをよこした。 「要するに、俺が男だって書いてるんだろ、見なくても分かる」 「そりゃそうだけど、一応書いている内容とか、誰が書いたか特定できるかも知れないでしょ。そうじゃなくても、あたしの知ってる字かも知れないし」 「だから、俺が見る必要ねえだろ」 そういって、我関せずとばかりにそっぽを向くみの虫。 こいつ…、こんな変な事で頭を悩まさなきゃいけないのは、いったい誰のせいだと思ってんのよ。 なんて、怒鳴りつけたい気持ちを一心に押さえ込み(でないと先にすすめない)、あたしは糊付けのされていない封筒の中身を取り出した。そして見てしまった。 「うぁ」 「なんだよ」 奇妙な声を上げたまま黙っているあたしが気になるのか、こちらの手紙を覗き込みにくるみの虫。 あ、いや、変なところは無い、決して変ではないのだが。 「…なんだこれ」 みの虫がうめいた。その気持ちはすごく分かる。 変ではない、むしろ変でないのが変なのだ。 四つ降りされた封筒のその中身に、あたしは沈痛な面持ちでうなった。 ピンク色の紙のうえに、新聞紙からか、広告からか、週刊誌からか、とにかく何処かからの活字から切り抜かれた文字が糊づけでべたべたと貼り付けられていた。 「なんってレトロな」 匿名性を出したいならせめてワープロとかじゃいけなかったのだろうか? あたしはがっくりうなだれながら、その手紙を見て、ため息をついた。 だいたいピンク色の封筒にピンクのかわいらしい便箋が4つ折にされていれば、経過がどうであれ、差出人の容姿や雰囲気をなんとなく想像してしまうのは仕方の無いことだと思う。 それが… 「あるいみ正統派だな」 「…そうね」 ともすると、みの虫がその手紙をあたしの手から抜き取った。 「どうしたの?興味、無かったんじゃなかったっけ?」 「…内容にはな」 それは本当にそうみたいで、みの虫は手紙の裏をじろじろ眺めたり、と思ったら手のひらで手紙を撫で付けていた。 「…あんた、何やってんの」 「………」 案の定、答えるわけもなし。…だんだんコイツのパターンが分かってきたような気がする。 …ぜんぜん嬉しくないけど。 あたしはみの虫の意見には期待せず、一人首をかしげた。 「『久賀達江は男だ』…ね、これじゃ手がかりも何にもないわね」 他にもなにか入っていないかと封筒を逆さに振るけれど、なにも入っていない。 「…もしかしなくても、いきなり手詰まり?」 頭をかかえるあたし。なんていうかさ、もう少し位ヒントらしいものくらい入っていてもいいのに、まさか本当にあの手紙一枚きりなんて…。 「はぁ…、手がかりが役に立たないんじゃ、あとは」 「どこで俺の正体がばれたか、だな」 みの虫は、手にしていた手紙を今度はぴらぴらと振りながら呟いた。 「なんつっても俺が入ったのは3日前、しかも土曜の半日と、日曜を除けば、学校にいたのは半日と今日のホームルーム以前の間だけだ。その間にばれる様なことは…無かったはずだろ」 「…ほんと、なんで皆にばれてないのか不思議で仕方ないんだけどね」 初対面が男の姿だったから、かどうかは知らないけど、あたしにはどう見ても男にしか見えないみの虫の姿に、あらためてがっくり肩を落とした……ん? 「な、何?」 「となると」 てっきり手紙を見ているのだと思っていたみの虫が、こちらを覗きこむように見ているので思わずあとずさる。 「………」 「だから、何なのよっ」 何を言っても返さないみの虫に、あたしは睨み返す。 すると、みの虫は皮肉るように片方だけの唇を上げて、 「いや、単純に考えれば、俺の正体をしっていて、俺に一番ここに居られちゃ困るのはお前だよな…」 「な…っ!!」 今度ばかりはあたしの堪忍袋の緒が切れた。 分かってた、分かってはいたけどコイツって奴は… バチンッ。 「あんたってほんと、最悪だわ!」 あたしは人生で二度目のビンタを、奴の頬にかまして視聴覚準備室を飛び出した。 |