15.嘘吐きの領分
ピシャンと文生の閉めたドアを、憎らしそうににらむみの虫。そしてそれを睨むあたし。 その視線を感じてか、それともカツラが蒸れて痒いのか、どっちか分からないけど、彼はぽりぽりと頭を掻いて、一瞥だけあたしにくれると、次に視線をドアのほうに戻し 「まぁあれだ…、俺たちも授業にもどるか」 「まて」 今までの出来事が無かったかのように、出て行こうとするみの虫の袖をひっ捕まえた。 「一体、どぉいうことか説明してくれる?」 「……………」 ぎりぎりと睨みつけるあたしから視線をそらしたみの虫。そうはさせるか。 そう思って今度はみの虫のセーラーのネクタイを捕まえ、こちらに無理やりに顔を向かせる。相手の身長が高いせいもあって、あたしは背伸びをしながら低い声で唸った。 「なんだかいろいろ聞きたいけど」 「俺には無い」 「いろいろ聞きたいことがあるけどっ!」 またしても逃げようとするみの虫に、再度言葉を投げつける。 「ああもう、とりあえずこれだけ聞くわ、『捜索届』ってどういうことなの!?」 わけの分からないことだらけの中の唯一あたしにも理解できることをみの虫に問いかけた。 「…だから、人違いだって言ってんだろ」 「だーれーが、そんな事信じるっていうのっ!?拉致られたでしょ、あんた、現に、この間!そんな人間が他に早々いてたまるかってのよ」 その攫った人物ってのが、うちの父だったりするのだけれど。あたしは、ことの恐ろしさに今更ながら戦慄した。父親が誘拐犯、変態の上にねじが1本ゆるいのにさらに犯罪者! 思わずぞっとしたあたしの耳元でみの虫は実に平淡に 「いるんだろ、世の中ってのは同じような人間が3人はいるって言うし」 「狭すぎよ!世の中そんなに狭くないわよ!」 どこまでもすっとぼけるみの虫に、首を絞めんばかりに力をこめたあたし。さすがに苦しくなったのかその腕を振り解いたみの虫は 「おいっ、ほんとに絞め殺す気かよ。…ったく、世界が狭かろうが広かろうが、少なくとも俺の親父は行方不明の息子を探そうなんてしおらしい考えを持った人間じゃないことは確かだよ、なんならこれから警察でも行くか?かけてもいい、絶対そんなもんは届けてないね」 …って、息子と父親ってそういうものなの? あたし自身あまりに規格外な父親を持っているし、周りは女の子だらけで男親と息子の関係なんてあんまりわからない。 「お母さんは?」 「いるのは知ってる」 そりゃ当たり前だ。 まぁ、これに関しても物心ついたときから母親がいなかった私にはどうにも分からないところではある。 それにしても…普通はこんなことってありえるのだろうか?子供が人知れず消えてしまったのに、誰にも問題にされないなんてことが本当にあるのかな。 あたしはいまさらながら、こいつのことを何にも知らないって事に気づいた。 「なんだよ」 「わっ」 思わずぼうっと考えてたあたしの前にみの虫が突然現れた。いや違った、現れたと言うか覗き込まれた。 「な、なにっ、びっくりしたじゃない」 「何って…、お前が急に固まってるからだろ」 そう言ってみの虫が眉をひそめて少し身を引いた。 あたしは、居心地悪く咳払いをわざとして、 「…ま、まあ、『捜索届』の話は…納得できないけど、一応人違いって事で信じてもいいわよ」 「それ、信じるってうちに入るのか?」 「聞かないで。そうでもしなきゃお父さんが犯罪者ってこと認めるってことになるじゃない。だから納得できないけど、信じる」 「…あ、そ」 支離滅裂のあたしの言葉に呆れたように返すみの虫。 たぶん、深く突き詰めようとすればするほど、こいつはどうせのらりくらりと逃げ回るに違いない。 それなら、いっそ疑わずに信じられればどれほど楽なんだろう… あたしは、出来もしないことを考えながら、胡乱げにみの虫を見て言った。 「もうこれ以上、おかしな隠し事なんて無いでしょうね」 ため息をついたあたしの肩にぽんと手を乗せたみの虫。 そして、いままで見たことのないような微笑をあたしに向けて、のたまった。 「ない」 「………」 神様、ここに嘘つきがいます。
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