14.今度はピンクの厄介ごと
生徒会室、とは言っても特別になにがある、というわけでもなく。
視聴覚教室の横にある資料室がうちの学校のそれになのである。
…まぁ、資料室なので本やらなにやらとにかく雑多にものが置かれてたりするわけで
以前に来たときと変わらない…いやそれよりも悪化している部屋をみて、あきれ混じりにあたしは生徒会室を見渡した。
「相変わらず汚いわね、ちょっとは掃除でもしてみたらどう?」
「そんなことをする時間があるならしてるよ、それに十分な広さは確保してるしね、なによりここの他に生徒会室にうってつけの部屋はない」
確かに、視聴覚室の資料室。というにはこの部屋は十分すぎるほど広すぎた。
場所も、資料室ということを除けば、隔週に行われる学年代表会議やその他もろもろの打ち合わせに使われる視聴覚室の隣というのは便利といえるかもしれない。
「先生たちの会議を盗聴できるし」
「…まて」
思わず文生の拳一つ高い肩をつかんだ。それはまずいでしょ、それは。
けれど、文生はその突込みにはこたえず、あたしが置いた手を手に取ると、切れ長の目を細めて言った。
「みのり、私を助けると思って、親友のお願い…聞いてくれる?」
「…文生の場合は、その理由によるわ」
うさんくさい態度の親友の言葉に、半眼で答えたあたし。なぜか文生は満足そうに笑うと
「それなら大丈夫。理由なんて必要ないさ、ただ…キスしてくれればいいから」
「やっぱそれかーーっ!ていうか、そんなの理由があったってするわけ無いでしょっ」
「ちょっとした消毒だって」
「“ちょっと”じゃないっ!」
両手をつかんで迫りくる文生に、あたしはあらん限りに怒鳴り散らした。
「だいたい、消毒って…って、しょうど…く?」
文生の言葉にふと疑問がわいた。消毒?何のことを言っているのだろう。まさか…
「………おい」
扉の入り口から陰気な声で呼びかけた声。あ、忘れてたけど、いたのかみの虫。
扉の入り口で仁王立ちに立っているみの虫。
なんだか陰気なオーラが出てるんですけど…。
「なんだ、変態。気安く声をかけるな」
「文生!?」
いつのまにか、あたしの腕をつかんでいた彼女は、まるで聞いたことも無い冷徹な声でみの虫に言った。
そして、その言葉に何も反論せず黙ってこちらをにらむみの虫。
てかちょっとまて。
変態?いま変態って言った?
「あの…文生さん?ちょっと尋ねたいんですが、もしかして…」
いやな予感をひしひしと感じながら、傍らでなぜかみの虫をにらむ彼女に声をかけると
「男にキスなんて、気分最悪もいいところだ。どう責任取ってくれるつもり、変態」
「もうバレてるーーーーっっ!!」
いくらなんでも、やっぱ女装したままやり過ごせるなんて甘すぎた、普通に考えれば、男なんてすぐばれるに決まってるもの。
数十分前のみの虫の自信満々の顔を思い出して、あらん限りの罵倒を心の中でしながら、みの虫をにらみつけるだけでとどめるあたし。
そして、そんなあたしの形相をみて、文生は悲しそうにため息をついた。
「やっぱり、みのりも知っていたのか…いや、最初から知っていたんだね」
「あ…、文生。…これには、もうどうしようもない事情が…いやほんと、どうしようもなさ過ぎて、なんて説明したらいいのか…」
しどろもどろになりながら、あたしは何とか文生に対する言い訳を考えていた。
…でも、よく考えるとあたしが何で考えなきゃいけないんだ?
文生に説明するつもりがなんだか途中であたし自身、訳が分からなくなった。
そもそも、あたしとみの虫は(父が勝手に婚約者と言ってるだけの)単なる同居人という関係(それもまだ同居して一日目)で、むしろあたしはこいつがこの学校にいることは(あたりまえだけど)大反対である。
なのに、どうして…
あいつを、助けようとしてるんだろう?
友達に言い訳をしようとしてるんだろう?
というか、それよりっ!
「あんたも、ちょっとはなんか言いなさいよっ!」
人がぐるぐる考えてる間も、ただ黙ったまんまのみの虫にあたしは怒鳴った。
「俺がなんか言って、どうこうなることじゃないだろ」
「だったらもう少し危機感持つとか、あわてるとかしなさいよっ!」
みの虫の空っとぼけた言葉にあたしは食って掛かろうと、みの虫の元に行こうとして…行けなかった。
「文生…」
「みのり…、少し黙っててくれるか」
「へ?あ、うん…」
あたしの腕をつかんで離さない文生はみの虫のほうを見据えて、あたしにそう言った。
「さて、久賀さん?他に聞かれたくないとおもうなら、そこ扉を閉めてくれるかな」
「………」
パタンと、無言でみの虫は資料室の扉を閉めた。
扉を閉ざしてしまえば、資料室はどこか湿っぽく薄暗く感じた。
すると、ちょうど始業のチャイムが聞こえてきて、いやでもあたりの音は静かになっていった。
…というか、ついに授業までさぼってしまった。
別に無遅刻無欠席なんて頑張ってるつもりじゃないけど、こんなことで授業をサボる羽目になるなんて…。
あたしは、その原因でもある文生を恨みがましくにらむと、それに気づいた文生が
「ん、授業が始まったか、ちょうどいい。これでしばらく人がやってくることも無いね」
文生はあたしの腕を離して、どこか面白そうにそう言うと、傍にあったパイプ椅子をガタンと引いてそこに腰掛けた。
そうして、みの虫に言い放つ。
「君の失踪話は私のところまで届いているよ。まさかこんなところで会うとはね」
「し、失踪!?」
文生の物騒な言葉にあたしは二の句が告げられなかった、失踪ってもしかしてあいつの…
「人違いだろ」
そう言いたげな、あたしの顔を一瞥して、即答したみの虫。そんなみの虫を文生も一瞥すると、口だけを皮肉そうに上げて言った。
「人違い?ふぅん、人違いねぇ。まぁいいや、それに関しては私もどうでもいいし。それより問題は…これからの君のこの学校における進退問題だね。ねぇ、女装好きの、変態さん?」
「ふ、文生っ!それは…」
「投書が生徒会に送られてきた」
あわてて割って入ってきたあたしに、眉をよせて、文生は一枚の封筒をみの虫とあたしに向けて見せた。
「いや、生徒会…というより、私個人宛かもしれないが。投書にはみのりのクラスに男が転校してきたという内容が書かれていた」
「…それっ!?」
文生の言葉にぎょっとしてあたしはとっさに文生の持つ手紙を凝視した。
なんてことのない、薄いピンクと淵に濃いピンクでラインが入った、かわいらしい封筒だ。
文生は、パイプ椅子から立ち上がり、その封筒を入り口前にいたみの虫に押し付ける形で彼の胸ぐらに手紙を突きつけた。
「この投書の相手は、私に君をどうこうさせたがったみたいだけど。残念ながら、君がここで何の問題もなくいる、ということは、私にだってどうこうすることも出来ないということだ。実際、本気でくびり殺したいくらいだが…みのりと、同棲してるんだって?」
「同棲じゃなくて同居っ!!」
きっかりしっかりと否定しとくあたし。
…もう文生のところまでうわさが流れたのか、いくらなんでも早すぎだわ。
どこまでうわさが流れているのだろう?うんざりしながら、うな垂れるあたしの前で文生はなぜだか満足そうにうなずくいて、視線をみの虫に戻した。
「というわけで、君が男と知っても私は動かない、動けない…、そうすると、投書した相手はどうするだろうね?」
ぎくり、としたのはあたしだろうか、それともみの虫だろうか。身じろぎした音だけが聞こえた。
あたしとみの虫は文生の次の言葉を待つように、黙ると
「これは課題だよ、君がここでやっていくためのね、久賀達也」
そう言って、文生は封筒をみの虫の手に押し付けると、彼の横をすり抜け準備室から出て行った。
「んじゃ、これから授業受けてくるね、戸締りよろしく、みのり」
後ろでに手を振りながら、去っていく文生。
それを見守りながら、なぜか父思い出したあたし。
最初の紙切れといい、置手紙といい…今度もまた手紙!?
「ったく、次から次へと、厄介ばっかだな」
「それは、こっちの台詞よっ!!」
受け取った手紙をヒラヒラさせながら言うみの虫に、あたしは奴の鼓膜が破けそうになるくらい、怒鳴りつけた。
|