あんたなんて、大嫌い!!

 

2.敵はだれだ?

 

 

 

「あんた、ほんとに分かってんの?」

 

「あ?なにがだよ」

 

教室に戻る途中。能天気なみの虫に最後の忠告をした。

あたしの身長も女子の平均より高いほうだけど、みの虫はそのあたしより、頭一つ分高い身長で、見下ろしてこちらを見る。

 

「あんたが『お嬢様の女子高』てのをどんな風に考えてるか分かんないけど…」

 

そう言い、あたしは廊下の突き当りを曲がり、自分の教室が見えた先を視線で促す。

 

「…なんだ、あれ?」

 

あたしの視線の先に眉をひそめながら、みの虫が呟く。そんなみの虫の言葉にあたしはつまらなさそうに、

 

「いっとくけど、ここはあんたが思ってる以上にとんでもない所よ」

 

「どういう…」

 

意味だ。そうみの虫は言おうとしたのかもしれない。けれど、それは見事に次の声に遮られた。

 

「「みのり先輩っ」」

 

みの虫とあたしの目の前には4・5人の女の子が立ちふさがった。

 

あたしの学校では、セーラー服のネクタイの色で学年を分けている、今年の3年は『白』、私の学年である2年は『赤』、一年は『緑』。

これはネクタイに限ったことではなく、体操服から、靴までおんなじ色で統一されている。

その年その年で、色を変えるわけではなく、1年でもらった色は3年間変わらず同じ色である。そして、3年が卒業したその色を次の1年がもらう…とまあそんなサイクルになっている。

 

というわけで目の前にいる女の子達のネクタイは緑。つまり今の一年生の色である。

 

なんとなく後輩達の行動に予測をつけながら、あたしは優しく

 

「どうしたの?」と尋ねると、

 

「先輩…」

 

おずおずと出てきたのは、髪の短い、少し気の強そうな女の子。たしか…

「林さん、よね」

「は、はいっ、覚えていてくださったんですか、先輩」

紅潮した顔であたしを見つめる後輩。そんな彼女に「もちろんよ」と言いながら、あたしは背後のみの虫を盗み見た。

予想通り、みの虫はまるで、異世界の産物でも見るかのようにあたし達を見ていた。

 

頼むから、そんな目で見るな。

 

あたしだって、伊達に女だらけのこの学校で『お姉さまにしたい人』の冠をとってるわけではないのだ。

ラブレターを貰うのも稀じゃないし(全部女の子だけど)、見知らぬ下級生に挨拶されるのは日常茶飯事である。

 

まあ、そんな事になってるのもやっぱりあの『父』のせいなんだけど…。

 

目が点になってるみの虫を、あたしはそれ見たことこか、と言う風に見る。

あたしですら、この学校のノリに慣れるのに2ヶ月かかったのだ、あのみの虫がこの学校になじめるわけが無い。

そんなあたしの思いに、まったく気づかない後輩たちは、遠慮がちにあたしに問い掛ける。

 

「みのり先輩…、あの、そちらの方とは一体どういう関係なのですか?」

 

「ああ…」

 

と、あいまいな返事で、笑顔を貼り付けたまま、彼女の問いかけに応える。

 

「関係なんてそんなの…、まったく無いわよ。久我さんは先週転校して来たばかりだから、いろいろ分からないことを教えてあげているだけなの」

 

微笑みながら、いろいろ強調してきっぱりと否定するあたし。

すると、なぜかみるみるうちに安堵の表情を浮かべる女の子達。

 

「そうなんですか?さすがみのり先輩、優しいんですね」

 

「そんな事…」

 

その時――

 

「そんな、関係ないなんて…、酷いわ、みのり」

 

………ん?

 

いま、後ろから声が聞こえたような…。

おぞましい幻聴が聞こえ、あたしは背後を振り向いた。

すると、背後にいたみの虫は、口元を手で多い、伏目がちにあたしを見て

 

「わたし達、一緒に暮らしているのに、どうしてそんな他人行儀なこと言うの?」

 

「えええーーーっ!!!」

 

なにぃーーーーーっ!!?

 

下級生の甲高い声と、あたしの心の中の絶叫がかぶる。

 

こ、こ、この馬鹿、何を言い出すんだ!

 

「それ、本当なんですかっ!?」

 

「ち、ちが…っ」

 

あたしは慌てて訂正しようと下級生達にバタバタと手を振る。

けれど、すでに話題の主導権はみの虫だ。

 

「ええ、数日前から、みのりさんのお宅に同居させて頂いてるんです。実は、こちらに転校させていただいたとき、実家からでは遠いのを案じてくださった、みのりのお父様が、うちに住まないかと言ってくださって…、悪いと思いながら、お言葉に甘えさせていただいているんですの…、そうですよね、みのり?」

 

お前はだれだーーっ!!

 

ギリギリと歯噛みするあたしに勝ち誇ったように微笑むみの虫。この状況で、あたしが「いいえ」と言えないのを分かったつもりで言っているのだ。

笑顔で話す気色の悪いみの虫に鳥肌をたてながら、あたしはかみ締めるように「ええ」と応える。

 

「そうだったんですか、すみません、久賀先輩。あたし達変な事聞いてしまって…」

 

おおーい林さん、何でそこでみの虫に謝る。

 

「いいえ、気にしてませんわ」

 

そしてあっさり応えるな、みの虫。

 

すると、ふと気づいたように林さんが首をかしげ

 

「じゃあ、どうしてみのり先輩は関係ないなんておっしゃられたんですか?」

 

う…っ!しまった、そこでこっちに振るかっ!?

みの虫の突発発言で、いきなり追い詰められるあたし。

 

「それは…」そう言って、あたしが言いよどむと…

 

「きっとみのりは、同居人がこんな大きくて可愛くない女だから、隠したかったんだと思いますわ…」

 

あたしの言葉を続ける形で、またしてもとんでもない事を言い出すみの虫は、目の前の下級生のスカーフを手に取り、屈みこんで彼女の目を見つめると

 

「あなたのような可愛い方なら、みのりも自慢出きるのでしょうけど」

 

そういってふんわり微笑むみの虫は、紛れもない美少女そのものだった。

見つめられた下級生は顔を最大限に赤くして

「そ、そんなっ、あたしなんかっ!久賀先輩のほうが全然綺麗です!!」

 

「そんなこと…」

 

「いいえっ、久賀先輩みたいな素敵な方こそ、みのり先輩にお似合いですっ!」

 

………え?

 

まてまてまて、なんかおかしな事になってない?

 

呆然としてみの虫と下級生のやり取りを見ていたあたしは、その言葉でようやく我に返る。

が、それは一歩遅く、下級生の女の子達はあたしの方に向きを変えると

 

「みのり先輩っ」

 

「へ…、あ、はい」と間抜けた声で返すあたし。

 

「あたしたち、これから久賀先輩と、みのり先輩のお二人のこと断然応援します!」

 

「え?いや…なんの話?」

 

事態の、というか彼女達の脳内変換についていけないあたしは、静止の声を上げるが、

 

「それでは失礼します」

 

そういうなり、彼女達は彼方先まで消えていってしまった。なぜだか「キャー」という叫び声をのこして…

 

 

そして、後に残されたあたしと、みの虫。

先ほどまでの笑顔はどこへやら、すっかりいつものみの虫の顔だ。

みの虫をハメるつもりが、なぜだかハメられた気持ちになるあたしは、思わずみの虫をにらみつけると

 

「どういうつもりよ」

「なにが?」

「すっとぼける気?なんでわざわざ一緒に暮らしてることばらすのよ」

 

あたしがせっかく、平穏無事にこいつと関わらないでいようとしていたのに。

そんなあたしの心が読めたのか、みの虫はニヤリと笑うと

 

「お前ごまかそうとしてただろ、そんなことしたら俺いちいちごまかして帰んなきゃなんないからな、んな面倒くさいことしてらんねーよ」

 

ぐぐ…っ、やっぱり読まれてた。

 

悔しい思いで、あたしはみの虫を睨む。

おそらくあの子達はきっと、あっという間にこの話を広めるのだろう。

しかも根も葉もない、気色の悪い噂つきで…

 

「…あんたって、本っっ当にいい性格してるわね」

 

そう言ったあたしの顔に、なぜだか満足げにみの虫は口の端を上げると

 

 

「よく言われる」

 

 

と言ったのだった。

 

 

 

 



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