1 プロローグ
たぶん、その日の朝はただの平凡な朝だった。
父と共に朝食を食べ、
「いってきます」と言って高校に行き、
友達とおしゃべりをしながら、授業を受け、
そして「バイバイ」と言って別れ、
最後に我が家に「ただいま」と言って帰ってくるだけの、
平凡で、いつもどおりの日常だと思っていた。
なのに、なにこれ?
学校から家に帰宅すると、玄関に奇妙なものが転がっていた。
奇妙…?そう、あえて言うなら『奇妙』がぴったりだ。
あたしは、それを見下ろし、一言
「……………………み、………みの虫?」
と、あたしはその『奇妙』に名前をつけてそう呟いた。
「こらこら、みのり。自分の婚約者に『みの虫』はないだろ」
眼前にある廊下からぼんやりと聞こえる父親の声に、あたしはその『みの虫』をもう一度確認するように、じっと見た。
たしかに、それは言われてみれば『みの虫』ではなく、よおぅく見れば、ロープでぐるぐる巻きにされた人間のようにも見えなくはない。…って、それより何かその前に父は変な事いったよーな。
………えーと…………。
「はあっ!?」
こんやくしゃぁ??
巻きもどし再生にものすごい時間をかけて、思い出した父の言葉の意味に、開いた口が塞がらないあたし。
父はその「みの虫」を本物のみの虫のように縛り付けた紐を持ち、あたしの頭まで上げた。
持ち上がったみの虫の顔が私の眼と合う。
うな垂れていた首に力を込め、栗色の髪で伏せられていた瞳が、私を捉えた。
先ほどから一応親子の会話を聞いていたのか、みの虫は私を睨みつけてこう言った。
「だれが、てめーなんかと婚約するか、このブス」
ばしーーーんっ!!
状況が分からなくても、あたしはとりあえず、彼に往復ビンタを軽く1ダースかますと
「…お父さん、拾ったものはすぐ保健所に捨ててきてください」
そう言って、父とみの虫を玄関に放り出して、あたしはガチャンと鍵をしっかりかけるのだった。