他人の不幸は蜜の味  前編

 

大陸大戦―――

 

およそ3年ほど前まで大陸すべてを揺り動かす戦争を終結させたのは、弱冠15歳の若き王と騎士であった。

 

王の額の玉はあらゆる意思をなぎ払い、騎士の剣はあらゆる悪を打ち砕いたという…

 

―――そしてそれは3年たった今、伝説となり皆に息づいている…

 

 

1.

 

 

―とある王宮の一室―

 

 

バタンッ…

 

と突然ドアが開かれる、中の部屋にいた少年が「またか…」とうんざりした表情でそちらを見る

 

「ということで、お前に頼みたいこととがある」

 

何の前置きも無く、年のころは18歳くらいの金髪の青年がイヤミったらしく…いや、威風堂々とした面持ちで目の前の青年に語りかけた。

 

「おいっ、な・に・が『ということで』だ?そんなんじゃぜんぜん分からねーよっ!」

 

突然入ってきた乱入者のもったいぶった言い方に、少年が乱暴な口調で答えてみせると

 

「なんだね?つい先日酒場で酔っ払いに絡まれて、そいつらを半殺しにした挙句、その酒場もついでに壊しまくって、この私に処理を全部押し付けた伝説の聖騎士さんはどこのだれだい?」

 

と、にこやかに微笑んでこちらを見る。

その言葉に「うっ」つまった。そして、ソレを認めると彼は頭をたれ

 

「そ、『それは失礼いたしました。聖王陛下。そんな私めに何の頼みごとでしょうか?』」

 

実に屈辱そうに、棒読みをする聖騎士。それを聖王は楽しそうに見ると

 

「うん、うん。やればできるじゃないか、ラフィ」

 

朗らかに聖王はそう言ってのけた。そんな聖王を見て、「いつかこいつを負かせてみせる」と心の中で誓ったラフィは、がらりと態度が変わり

 

「で、何のようだよカイル?まさかこの汚い俺の部屋で昔話でもしようってわけじゃないだろ」

 

ムッツリと聖王―カイルをねめつけるラフィに、とたんに気を許したようなカイルは

 

「たしかに…あんまりこんなとこで、長話はしたくないなぁ。ラフィ、キミよくこんなとこで寝れるね」

 

「うるせ、大きなお世話だ」

 

「だったら、貧乏性かよっぽどのバカだよ。一応この国のたった一人の聖騎士のキミがこんな部屋なんかで住んでるなんて、誰も思わないだろうね」

 

さっきから酷い言われようのラフィの部屋はさほど汚くもなければ狭くも無かった。

一般にいわれる部屋と大差のない部屋だ。

しかし、戦の功労者が住んでいいような部屋でもなかった。

 

「それこそ、大きなお世話だ。俺は回りにどんな風に見られても俺だし、それは変える気はない」

 

およそどこかの偏屈じじいのような言い草の少年に、苦笑をもらすカイル。

…と、そんなカイルに更にイラついたようにラフィは見ると

 

「だから、なんなんだよ『頼みごと』って、さっさよ言えよ」

 

ひしひしと伝わるいやな予感を感じてはいたが、ラフィは聞かずにはいられなかった。

…だいたい、カイルの『頼みごと』はいつもろくでもないのが分かっているのだから――

 

だが、自分は曲がりなりにも「騎士」であり、このどうしようもない聖王に誓いを立てている自分が、逆らえるすべはどこにも無かった。

 

「そう、きみに頼みたいのは護衛の任務でね」

 

「護衛ィ?」

 

カイルにしては、いまいちまともな頼みごとに眉をしかめる。(いやそこで眉をしかめるのもおかしいのだが)

 

「ま、まさか…なんかそこら辺にいる牛10匹を一週間護衛しろとかじゃないだろうな?」

 

「相手はミラン国の姫君だよ」

 

いまだ、恐る恐る言うラフィにため息をつき、さらに付け足す。

 

「その彼女をこの国の隣にあるニーナ国に届けてやってほしいんだ」

 

「ふーん…」

 

気の無い返事ではあったが、心の中でラフィは拍手喝采の気分だった。まともだ…ものすごくまともだ…と。

 

だが、それは次の言葉を聞いた瞬間に亀裂が入った。

 

「その姫君というのが大陸一の強運の持ち主だそうでね」

 

「………は?」

 

「この間なんて、阪神大震災並の地震が来たそうなんだが、彼女は崖っぷちで昼寝をしていたにも拘らず無傷だったらしい」

 

「いや、どっちかって言うと、俺は何で姫が崖で昼寝してるのかの方が気になるんだけど…って、ちょっと待て!なんなんだそれはっ、そんなんだったら護衛なんて必要ないじゃないか。…というか阪神大震災ってなんだよ」

 

ラフィは立ち上がって抗議の声をあげるが、そんなものは意も介さず、カイルはニコリと微笑むと

 

「まぁ、あえば分かるさ。それにこの任務はキミにしかできないことだしね」

 

「?」

 

最後の意味深なカイルの言葉は引っかかったが、とりあえず二人は姫の所まで向かうことにした。

 

 

 

彼女はすでにこの王宮に訪れているのだった。

 

 

2.

 

 

「まぁ、ようこそいらしてくださいました、聖騎士さま」

 

姫の部屋に尋ねたカイルとラフィに賛辞をおくり、姫はペコリとお辞儀をした。

姫の容貌は極め細やかな白い肌にブラウンの瞳が印象的で……まぁ、つまり美人だった。

 

とりあえずラフィは騎士の形式どおり、姫の手にうやうやしくキスを贈る。

(なんだ結構普通の姫じゃないか。カイルが変なこと言うから、びびって損した…)

などという、心の声は露ほどにも表には出さずに。

 

と――…

 

「?」

 

ラフィが腰を上げると、彼女の奥にあるなんだかでっかい黒い物に目がとまった。

 

「あれは…なんなのですか?…ええと」

 

「ソニア、と申します」

 

騎士として、姫君の名前をど忘れするのはちょっと…などとは少しも思わず、ラフィはさっきの『あれ』がとにかく気になった。

 

「じゃあ、ソニア姫。え〜と、あの物体は何なんですか?」

 

ラフィのぶしつけとも言える言葉に気を悪くすることもなく、ソレア姫はコロコロとわらい

 

「いやですわ、聖騎士さま。彼らは私の国の騎士たちです」

 

「???」

 

それを理解するのには少し…いや、かなり時間がかかった。

あの黒くというか、こげた物体が人とは到底思えなかったからだ。

一応よく見れば人型には見えることは見えたが、それでも自分の理解をはるかに超えた物だった。

 

「いや…あの、それはどういう…」

 

“具体的にもう一度説明を”そう言おうとしたラフィの言葉を隣でずっと大人しく聞いていたカイルがさえぎった

 

「もういいだろう、ラフィ。あまり時間もないんだ、とりあえず出発してくれないか」

 

と、有無を言わせぬ声でラフィに告げると、すっかり用意をしていた荷物と一緒にラフィと姫はポイッと放り出された。

 

 

まるで、自分たちがいると不幸が押し寄せてくるかのように…

 

 

そして、それはまさに事実で、これから訪れるであろうラフィの不幸に、カイルは王宮でほくそえむのだった。

 

 

3.

 

 

「くそーっ!一体何なんだコレは!!」

 

カイルに追い出され、しばらくは馬車で移動をしていたラフィとソニア。

なぜか、姫に付き従う従者も一人もいないせいで、しかたなく自分が馬車の運転をしていた。

…そこまではよかった。いや、少しおかしいかもしれないが許容範囲のうちではあった…が。

 

―その後、しばらくしていきなり馬車が溝にはまった。

それだけならまだしも、さらに、ラフィがそれを持ち上げた先には急激な下り坂があったらしく、馬車もろともにラフィもまっさかさまに下り落ちた。

 

 

…そして、激突した。(落ちた先の木に)

 

 

無論、馬車は見事なまでに粉々になり、馬はみな逃げてしまった。

まだまだ、先の長い道のりだというのに、これからは徒歩だ。

 

「…まぁ、姫に何も無くて良かったけどな」

 

姫…。そう姫はというと、近くの水場でラフィが馬車を上げるのを待ちながら、昼食を楽しんでいたのだ。

とりあえず、ずいぶんと下った坂をそのまま戻ろうとするラフィ。

馬車が粉々でも、彼が無傷なのは彼もたいがい頑丈なことを思わせた。そして、ラフィが元の場所に戻ると――

 

「姫…っ!?」

 

そこには、姫の姿は無く、綺麗に空になった弁当箱の上に一枚の紙切れが残されていた。

 

 

***ソニア姫は預かった。

***返して欲しくば、聖騎士の証である大陸大戦に使われた剣を持って

***この場所まで、こられたし。場所は…

***                    嵐のネズミ。

 

「嵐のネズミ」とは、この周辺を縄張りにする、盗賊のたちのことだろう。

 

ラフィはその紙を見て打ち震えていた。

それはそうだ。任務の護衛の最中にその要人をさらわれたのだ。騎士ならば即刻自害ものだろう…

 

…などと考えて彼が打ち震えるわけも無く。

ラフィの震えは段々収まり、徐々に嘲笑にかわる。

 

「ふっふっふっ…、はー―っはっはっ!!!馬鹿な盗賊めっ!

 これで久しぶりに暴れ…いや、姫をさらってただで済ますと思うなよっ」

 

と、「ぐしゃり」と盗賊の手紙を握りつぶし、意気揚揚と駆け出したのあった。

 

 

当初の目的地だったニーナ国に――。

 

 

偶然とは恐ろしい物で、さらっていった盗賊も、ラフィをおびき寄せた場所はそこなのだった。



 

後半へ




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