恋 愛 発 明 家

変人奇行行進曲

 



第十節


 

 

 

 

 

「ようするにだ、私が教授と技師の悪ふざけを完全に見抜けなかったってことなんだ」

 

博士の研究所で、彼女はマーシーの入れた紅茶をすすると、暖かい息と共に溜息を吐いた。

 

「見抜けなかったって、何を?」

 

玲奈もマーシーの入れた紅茶を口に付ける。やはり、マーシーのお茶はあのアホの元彼の店よりも断然においしい。

 

「半年ずつ交代で私たちはマシーナリーエージェントのメンテナンスを行っていたっていってたろ。つまりね、その間にあの二人は余計な面倒を作ってくれたってこと。日常に不必要なプログラムや装置は全部取り除けた…と思っていたんだ。だけど、あんまりに条件を細かくプログラムしてるんで見過ごしてしまった。それに、合わせて筋力設定も大幅に変更を加えるプログラムが存在していたなんて、普通の人間ならまずしないと思うだろう?」

「え、えーと…」

「幸い、技師の取り付けた“ロケットパンチ”は玲奈さんとの約束前日までになんとか取り除くことに成功したんだけれど」

「え、えーと…?」

 

どうやら、本気でマーシーを外に連れ出したことについては、綱渡りな出来事だったらしい。よくは分からなかったが、きっとロケットパンチとやらを街中でぶっ放されてはフォローもへったくれもなかったに違いない。

 

「あ、あの…ごめんね、博士」

 

今更ながら大変なことをしてしまったのかと反省した玲奈だったが、

 

「…その言葉はもう1週間前に聞きたかったよ、ほんと」

 

バリン、と奥で鳴らされた食器の音を聞きながら、溜息だけしか返すことができない博士。

そうして、白衣のポケットから眼鏡を取り出した。

 

「あ、それ…」

 

それは一週間前に博士がかけていた眼鏡だ。

 

「本当はこの間、玲奈さんにこのことをお願いしようと思ったんだけどね」

 

そう言ってスッと玲奈にその眼鏡をかけた。

 

「ひやっ、なに、なに、何これーーっ!?真っ赤!?なんか真っかっかなんですけどーっ!?」

 

玲奈は眼鏡を落としそうになりながら、そのレンズ越しにみた風景に思わず叫んだ。

真っ赤だった。なんていうか、赤一色。一言でいえばそんな感じであった。

 

「いや、色彩補正をかければ何色でもできるんだけれど、やはり定番は『赤』だしね」

 

一言で言わなければ、それは赤のみというだけではなかった。線である、いや糸というべきか。それが四方八方にうねうねとはい回っていたため、レンズ越しの視界はあたりかまわず真っ赤になっていたということだ。

 

「俗に言う、『運命の赤い糸』。自分にとっての『対』を辿れるレンズなんだ」

 

ただし、と付け加えた。

 

「あんまりにもこんがらがり過ぎて、結局誰が『対』なのかわからないってところが、難点なんだけれどね」

「なにそれーっ!?」

 

玲奈は叫んで突っ込むも、まじまじと自分の掌を見た。見えた。

左手の薬指から一本の糸がヒラリヒラリと自分の動きに合わせて動いていた。それを掬おうと右手を動かすが毛ほども触ることができなかった。

 

「すごい…のは分かるんだけど、このもつぼれ具合ってすごくない?触れないから解くことも出来ないし、第一ほんとにこれ『あの赤い糸』なの?」

「さあ」

「さあ…って」

「だって確認のしようがないんだよ。そこで玲奈さんに協力してもらおうと思ったんだけれど…それも必要もなくなったよ。どうやら失敗作みたいだ」

「へっ?どうして?」

 

訪ねた玲奈と呼びかけた博士の言葉はほぼ同時だった。博士は「マーシー」と金髪のロボットに呼びかけた。

 

「お呼びですか、博士」

「うん、お茶のお代わりくれるかい?」

 

そうお願いした博士に「はい」とカップを左手で受け取ったマーシー。

 

「あっ!!」

 

素っ頓狂な声を上げた玲奈に、首をかしげてマーシーは玲奈を見た。

が、そのマーシーに玲奈は首を振ると、「あーっと、私もお代わり!」といった。

不思議そうに眺めていたが、やがて納得するとマーシーは右手にもカップをとり、キッチンに戻って行った。

 

「…そう言うことなんだ」

 

博士は肩をすくめて玲奈から、眼鏡をはずしてやった。

 

「マーシーにもあの糸が見えるようじゃ、完全にバグが起きているよ。もう一度、作り直しだ」

 

やれやれという風に、眼鏡をつまんで再び自分にかけた。

 

「今回のことは、マーシーにとってもいい勉強だったんだ、だから玲奈さんも申し訳ないなんて思わなくていいよ」

 

ぼんやりと博士は自分の左手を眺めていた、彼女の手から垂れる赤い糸を見ているのだろう。たどれない、赤い糸を。

 

「うん、でもそれはそれ、今回の件は私が悪いと思ったから謝ってるんだから、博士も気にしなくていーよ」

 

そう言って、お互いクスリと笑いあった。

 

 

 

「お待たせしまいした…おや、どうされたのですか、二人して。私の顔に何かついてますか?」

 

盆にヒビの入った湯呑を載せながらマーシーは二人の含み笑いに首を傾げた。

 

 

 

長い付き合いの二人に、一人の機械の青年が加わって、それからまた長い付き合いになるのだろう。 

玲奈は博士のかけている眼鏡を見やった、そこにはきっと先ほどと同じようにマーシーの左手に糸がぶら下がっているはずだ。

 

 

人は誰でも恋をする、それは誰もが自分の『対』求めるためだと玲奈は思っている。

誰だって、それこそ機械にだってきっとそれは存在する。

 

あの眼鏡は、もしかしたら失敗作ではなく、珍しい博士の成功品だったのかもしれない。

 

 

「博士―、そういえば博士はどうしてマーシーをつくったの?」

 

「ん?そうだね…」

 

 

玲奈の質問を興味深そうに見るマーシーを尻目に、博士は面白がるようにして玲奈にだけ耳打ちした。

その理由を聞いて、今度こそ玲奈は声を出して笑った。

 

なるほど彼女は確かに博士で研究者だ。こんなことでマーシーを作ってしまうなんてすごすぎて笑うしかできない。

 

笑われて、少しだけ不思議そうな顔をする博士と、その背後でさらに首を傾げるその作品。

案外この二人はお似合いになるのかもしれない、もしかしてもしかしたら二人の赤い糸の先は互いだったりしたらなおさら面白い気がする。

 

 

(恋人というのを創ってみたかったんだ)

 

 

「博士―、それ、言うの博士じゃなかったら、検閲ものになってるわよー、ほんと18禁になっちゃうって」

 

 

 

真顔の恋愛発明家にまっとうに突っ込んだつもりの玲奈だったが、彼女はそれから一ヶ月間、腹を立てた彼女に、出入り禁止をくらったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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