病が先か、気が先か…(後編)





3.



こんっ、こんっ。

と、部屋のドアがノックされ琴子は、「はーい…」と返事をする。

琴子が入江に連れられ、タクシーで家に帰ってきたのは大体3時間くらい前。それまで琴子はぐっすりと眠った。まだ体中だるいものの、ずいぶんと楽にはなった。

「めし持ってきたけど、食うか?」

「あ、入江くん。うん、ちょうどお腹すいてきたし食べっ、ごほっ、ごほっ」

部屋に、食事とともにやって来た入江に返事を返そうとするが、せきで最後までいえなかった。

苦しそうに咳いている琴子の横に、鏡台の椅子を置いて入江が座り、琴子の背をなでてやる。すると、琴子はびっくりしたようにこっちを見た。

「?。なんだよ?」

怪訝な顔をする入江に、琴子はほにゃ、と笑いながら言う。

「入江くんが優しい」

「どういう意味だよ、ほらさっさと食えよ」

まるで、普段は優しくないと言われたみたいで、入江は少しむっとする。

「えー、入江くん。食べさせてくれないのー?」

「手は、動くだろ」

「けほっ、そうだけど…」

と、琴子は熱の出た赤い顔で目を潤ませながら、上目づかいで入江をみる。

なんだかんだいっても、琴子のこの手の顔に弱い入江は、眉間にしわを寄せながら

「今回だけだぞ」

そう言って、入江は母が作ったおかゆをレンゲですくい、「ほら」と言って、琴子の前に出す。

ぱくん。

琴子はうれしそうにそれを口にし、とろけるような顔で

「おいしい」と言った。

すると、入江もつられるように微笑む。琴子がおいしいと言うと、なんでもないおかゆまで、本当においしそうに見えた。いつもそうだった、何でも出来てしまう自分は、いつも無感動に日常を過ごしていた。いつからだろう、琴子はそんな自分に、いろんなものをくれた気がする。



そうやって琴子に何度か食べさせると、大きなレンゲのせいか、口からお粥の汁がつたってしまった。それに気付いて入江が

「こぼれてる」

と、言って琴子の顔に手をあて、琴子の口をぬぐった。

「ん、」

突然、入江の手が口にあてられ、琴子は思わず身じろぎする、と…

「!?」

その手で琴子のあごを引き、入江は琴子に顔を寄せ、キスをした。

「〜〜〜〜!?」

あまりの事に、驚いてもがく琴子に、入江はかまわず舌を絡ませる。

どのくらい経ったか、琴子は入江の唇が少しはなれた瞬間

「…っ、はぁ…、い、入江くんっ。あたし、鼻つまってて、息できな…い」

息も絶え絶えに、訴える琴子に、入江はようやく解放する。

「ど、どうしたの、入江くん?」

入江の突然のキスを不思議に思い、琴子は、たずねた。

「…うまそうだな、と思って」

「………へ?」

「おかゆ。もう一人分作ってもらえばよかった」

「えーと…」

もしかして、さっきのキスは、そのために?などと聞くのは、むなしいので止めた。

それに、さっきのこともあり、なんだか熱があがったみたいである。

取り合えず、琴子はベッドにもぐりこむと、入江がカチャカチャと食器をかたずけ、椅子から立とうとするのが分かった。

「…っ、入江くん!?」

「下へ行って、ちょっと病院へ電話入れてくる。そーだ、なんか食いたいものあるか?」

「…桃缶たべたいかも」

「わかった。ちょっと待ってろ」

そう言うと、入江は琴子の頭をくしゃとなでて、外へ行く。

パタン。と部屋のドアが閉まり、琴子は一人になった。

ふと、部屋の静けさに、さっき入江がいたときには感じなかった寂しさが、押し寄せた。

病気になると気が弱くなるって、本当だ。琴子は本当にそう思った。

その時…、琴子はふと、子供のころを思い出した。小さいころ母親を無くして、父親一つで育ったので、病気になっても大概一人っきりだったりして、よく寂しかったときの事を…

でも、今は――大好きな人がこうしてそばで看病してくれている。

それはなんだか無性に幸せで…。

「ふふっ、入江くぅん…」

寝ぼけまなこでそう言うと、風邪薬と満腹感で琴子はいっきに眠りに落ちたのだった。



4.



翌朝。

「んー、いい天気!」

窓の朝日に向かって、思いっきり背伸びをする琴子。

「風邪も見事に全快っ!これも入江くんの愛の看病のおかげねーっ」

「………」

朝っぱらから(しかもまだ6時である)、大声でそんなことをのたまう琴子を、うんざりと見る入江。

昨夜は、琴子の眠った後、琴子は更に熱を出したのである(琴子は覚えてないようだが)。

入江はその看病で、昨日は、いや今日寝たのは、一時間ほど前の5時である。

「あ、おはよー、入江くん。ほら、いい天気だよー」

笑顔で挨拶をする琴子に一応ホッとはするものの、もうまともに返事は出来ない

「あ、そ。じゃ、お休み」

そういって、再び夢の中に入ろうとする入江に

「えーっ、入江くんっ!起きてよー」

(うるさいっ)

そう思いながらも、もう怒鳴り返す気力もない入江。そんなことはつゆ知らず、琴子は入江の頭もとで彼に話し掛ける。

「入江くんっ、今度入江くんがもし、寝込んじゃったり、風邪引いたりしたら…」

眠りに落ちる入江に琴子の声が流れ込む

「あたし、全っ力で看病してあげるからね!!」

―全力―その言葉が夢うつつに聞こえて、それを想像した入江は…

(ぜったい、やめてくれ…)

そう、ひたすら思うのであった。





完。

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