病が先か、気が先か…(前編)
1.
「まったくっ、琴子さんはいつになったら来るのかしら」
そう言って、清水主任は、朝の申し送りに遅刻している琴子に文句をつく。
「琴子の遅刻なんていつもの事じゃないですかぁ」
だから、さっさと終わらそう。そう暗に促す桔梗に
「いいえっ、今日と言う今日は黙って置けませんっ、琴子さんにはこの機会にみっっちり、人生の厳しさを叩きこんで…」
ガラッ。
清水の話の間に割って入ったのは、当の話の主人公、琴子であった。
そして、のそっ、のそっと足取りを重くしながら、清水主任の前に行き
「しゅ、主任・・・おくれてもうしわけ・・・あり・・・」
そう言うと、息も絶え絶えに入ってきた琴子は、そこでついに力尽きた――
「って、琴子さんっ、あなた、またそんな新手の言い訳、通用するわけないでしょ!さぁ早くおきなさい――て、あらもしかして…」
清水主任に倒れこむ琴子に、ぺちぺちと頬を叩いて、清水主任ははっとする。
「もしかして…」そういって、彼女のおでこに手を当てると、びっくりするくらい、琴子の熱があった。
「琴子さん、あなた-――」
高熱のでて、目をまわしている琴子に呼びかけた瞬間
「琴子っ!」
血相を変えて、やってきたのは、目の錯覚でもなければ幻覚でもない、入江直樹だった――
2.
西垣先生とともにナースステーションに来た入江は、目の前で倒れる琴子に、ぞっとした。
いそいで、琴子の元へ駆け寄ると、琴子は完全に気絶しているらしく。荒い呼吸とともにピクリとも動かなかった。
脈拍はとりあえず正常なので、ひとまずほっとし、入江は清主任に倒れこんでる琴子を抱き寄せ、彼女を近くにあったベッドに、そっと寝かす。
そして、「清水主任」と入江が声をかけると…
なぜか全員こちらをぼーぜん見ていて、こちらの呼びかけに一向にきづかなかったので、もう一度入江が「清水主任っ」と呼ぶ。
そして、やっと清水主任が我にかえり、他の人たちも我にかえって。
「はっ、な、何かしら、入江先生」と返事をした。
なぜか、顔が赤くなっている清水主任を怪訝に見るが、とりあえず気にしない事にし
「琴子はどうやら風邪のようですから、今日は休ませます」
「あ、そ、そうですか…」
どもりながら、大きくうなずく清水主任に礼を言い
「西垣先生」と今度は、西垣先生に話を振る。
「お、おう」
「琴子、一人で帰るの難しそうなので、俺も今日は帰ります。それで、301号の患者さんですが、今日は栄養剤だけで結構ですので、あと、ファイリングお願いします」
「あ、あぁ」
なぜだか分からない迫力に、とりあえずうなずく西垣先生。
とりあえず、事務的なことがすみ、今度は寝ている琴子の方へいく。
いまだ息の荒い琴子に、一人ではない事を伝えられるように、彼女の手をとり
「琴子、とりあえず帰るから、歩けるか?」
「う…ん…」
力なく、入江の手を握り返し、返事をするが、どうも返事と裏腹に、歩けそうにはなかった。ここまで来れたのが不思議なくらいだ。
入江は、「ふー」と息をつくと、そのまま琴子を抱き上げ
「じゃ、俺このまま帰りますから、あとよろしくお願いします」
と、病院の前に止まっている、タクシーまでスタスタと去っていくのであった。
後に残された、看護婦(約1名看護士)一同は
「いいなぁ…」と感嘆のため息をつき。
残された西垣先生は
「おれ、指導医なんだけど…」
と、寂しそうにそう言った。