8.
はぁ、はぁ。
「…っ、武志…。武志どこにいるのよ」
彼の寄り付く場所は一通り探したけど、彼の影も形も見出すことはなかった。
私は人気のない、彼と良く来た砂浜に、なすすべもなくしゃがみこんだ。
どこを探しても見つからない…
「こんなの…反則よ」
自分から、彼のもとを消えるのはいい…。だけど彼が消えるのは反則だ。
理不尽で自分勝手な物言いだった。
ふとそんな時――屋上の一件を思い出した。
『あんたの願いを叶えてやる』
ばからしい…けれど、なんて甘い言葉だろう。
そんな思いがよぎった瞬間――。
「ハナ?」
私は振り返る。
「よかった、こんなところにいたんだ。探したよ」
そう私に、話し掛けてきた人物は、さも当たり前のようにそこにいた。
「なかなか、帰ってこないから心配したじゃないか」
のほほんと言ってくる彼にあたしはこぶしを握り締め
「………ば…」
「ん?」
「あんた馬鹿じゃないのっ!心配したのはこっちよ!!どれだけ人を驚かせたらいいのよっ」
「は、ハナ?」
たじろぐ武志にあたしは更にまくしあげ
「あたしがちょっと戻ってこなかったから、どうだって言うのよっ!そんなことより、病人が病院を抜け出したほうがよっぽど大変じゃないっ!!」
「…だけどハナ」
彼の静かな声があたしの怒鳴り声を制すと
「俺は、ハナがいないことの方がよっぽど大変なことだよ」
「なにを…」
「母さんが言ったんだ。ハナは二度とここにはこれないって、ハナが来ないなら俺から行くしかないじゃないか」
「あ…」
思わずそのことを降られ、口ごもってしまう。
そんな私に武志は薄く微笑み。
「知ってるよ。離婚届を出しに行ったんだろう?」
「!!!!」
驚いて、彼を見る。
「ごめんなハナ。あれを母さんに頼んだのは俺なんだ」
「どういう…こと?」
自分の手が震えているのが分かる。まるで冷たい水を頭からぶっ掛けられたみたいだった。
「武志、もしかして、あたしのこと…」
「俺の大事な奥さんを、誰が忘れるんだよ。あれは母さんと俺が、ハナを俺から遠ざけるための嘘だったんだ」
そうして武志はばつの悪い顔をして
「だけど、いざとなると駄目だな。ハナが来ないって分かった瞬間、いても立ってもいられなくて思わず探しにいってた」
その言葉を聞いた瞬間―――
あたしは遠慮なく武志のあごをこぶしでクリーンヒットさせた。
「ぶっ」
あごを引いていたせいもあり、あたしのアッパーは綺麗に決まった。
「ハナ…なに…?」
「よ…くも…」
あたしは呼吸困難になりそうなほど息を吐き…、そして吸った。
「っよくも、あたしの事だましたわね!なに、そんなにあたしと別れたかったってわけ。それともあたしが武志の病気を知って離れるのが怖かった、とでもいうんじゃないでしょうね」
まくし立てるあたしに、武志は殴られたあごを抑え、口をぱくぱくさせるだけだった。
「おあいにくさまっ、あたしはたとえ武志に離れたいって言われても、ずっとまとわりついてやるって、さっき決めたばかりよ。病気が何よっ、寿命がなによっ、そんなのあたしが覆して見せるわっ」
そう言い切ると、あたしは腰に手をやり、砂浜に座り込んでいる武志を見下ろした。
いまだ痛むのか、ずっとあごに手をやっている武志は、そんなあたしを見上げると、ついにこらえきれなくなったように、笑い出し
「…ははっ、はっ。参った。やっぱりハナにはかなわない…」
そう言って、ひとしきりこちらの顔を見て盛大に笑ったあと、彼はいつもと変わらない笑みを浮かべた。
「僕にもいわせてよ、ハナ」
武志はあたしの頭に手を乗せると。
「僕もずっと大好きだよ、ハナ」
その一言を残して、彼は彼の意識を手放した。
9.
『奥様ですか…、残念ですがご主人の場合、手遅れでした』
手遅れって、何――?
『あなたはまだ若いんだから、武志の事は忘れたほうがいいのよ』
忘れるって、どうやって――?
『キミ…だれ?』
あなただけ、忘れてしまったの――?
『僕もずっと大好きだよ、ハナ』
私もずっとずっと好き――――。
10.
何も考えられなかった。
ただ願ったのはひとつだけ――
たった一握りの願いだけ。
それさえ叶えれば、あとは何もいらないと思うほどに…
11.
大好きな人を抱きしめたまま、あたしはそこに座り込んでいた。
そして
目の前に現れたのはあの「自称魔法使い」だった。
「願い事が決まったみたいだな」
初めて会ったときと同じように
実にあっけらかんとしているこの少年を、あたしはあらん限りにらみ付けると。
「ええ」
そして、
「あたしの命でも何でも、とってくといいわ。その代わり、あたしの願いを絶対に叶えるのよ」
そう言ってあたしはあたしの「願い」を彼に伝えた。
すると、彼は眉をひそめ
「うーん、それを叶えると、俺としては後々めんどくさいんだけど…」
「ごちゃごちゃいわないっ」
いやそうに言う自称魔法使いに怒鳴りつける。
「わかったよ。まぁあんたの事は嫌いじゃないし、仕方ない…叶えてやるよ」
「なんかそこはかとなく、いやないい方ね」
「文句いうなよ、これでも破格なんだからな」
「?」
文句をいいながらぶつぶつと何かを唱えている少年に、あたしはなんとはなしに聞いてみた
「なんであんた、こんな事してるの?」
ずっと武志の方を見ていた少年の目がこちらに向いた。
そして少年は苦笑して
「あんたと同じだよ。俺にも命より大事な物がある。…だけど、その彼女のためにはこれを続けなきゃならないんだ」
そう言うと、魔法使いの体と武志の体が光りだす。
あたしは、未だあたしの胸で眠る彼を強く抱きしめると。
「ごめんね、武志。ずっとまとわりついてやるって、さっき言ったばかりなのに…。約束守れなくてゴメン。そして…、先に逝ってゴメンね」
光が強くて、目が開けれないほどになる頃。
あたしの意識もそれと同時に薄れていった――。
12.
――3ヵ月後――
「…まさか、退院できるなんて夢にも思ってなかった」
まだ自分でも信じられないのか、武志は自分の手を何度も閉じたり、開いたりして、現実を確かめていた。
ばしんっ
「…っ!!ハナッ」
背後から、入院用のバッグで後頭部をいきなり殴られ面食らっている武志を思いっきり笑い飛ばし。
「ボケッとしてるからじゃない。ちゃきちゃき歩きなさいよ」
そう言って、武志を抜かしてどんどん進んで行った。
あれから3ヶ月。
魔法使いは約束どおり、あたしの願いを叶えたみたいだった。
武志は、あれ以来、医者も驚くほど回復に向かい。今日、退院となった。
あたしは…と言えば――
…ぴたっ、とあたしの足が止まる。
そして、先ほど武志がしたみたいに、手のひらを開いたり、閉じたりしてみた。
何事もなく、日々を暮らしていた。
少なくとも、今、あたしは生きていた。
魔法使いは、あたしの命と引き換えに願いを叶えると言ったはずなのに、どうしてだろう。
そう思って、考え込んでいると…
カサッ…
強い風邪が吹いたと思った瞬間。
ふと、手のひらに1枚の紙が空から降りてきた。
まるで、あらかじめ降りる場所を決めていたようなその紙を広げて、あたしは目を見開いた。
―領収書―
新田 華子
願い事:新田武志の80年分の幸福
と…
そしてその紙の一番隅には
『代金のあなたの命は、80年後受け取りに参ります。』
一言書かれていた。
それを見て驚いているあたしの下に、ちょうど追いついてきた武志を見た。
「ねぇ、武志」
「ん?」
あたしは、あらかじめ予想している答えを、手のひらの領収書を丸めながら尋ねた。
「武志の幸せって、何なの?」
そう尋ねると、武志はさも当たり前のように、照れもせずあたしにこう言った。
「決まってるだろ。ハナと、おじいちゃんになっても、毎日楽しく過ごすことさ」
その言葉に、ほんの少しだけ、あたしの願いを叶えた魔法使いに同情しつつ
あたしは笑うしかなかった。
完
*あとがき*
な、長い上に、ちっとも話のまとまりがないもんを書いてしまいました。
魔法使いネタはいつか書いて見たいと思っていたのですが、ただ願いを叶えてくれる便利なお方より
何かを代償に願いを叶えるほうがいいなぁという、単なる思い付からできたお話です。
くさい上に、サブイおはなしですが、ここまで根気良く読んでくださった方。
ありがとうございます^^
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