続・笑顔のままでパロディ〜記憶喪失編〜
11月21日、今日はあたしの退院日。
「琴子ちゃーん、タクシーが着たわよー」
入江君のおばさんがそう言う。あたしは、すでにきれいに片付けてある病室を見渡し、うーんと背伸びをした。
「あたっ」
背伸びのときに、まだ完全に直っていない右腕が少し痛みを訴えた。
「うーん、まだだめかぁ」
そうぼやいて、あたしは病室を後にした。
懐かしい、あの純和風の我が家に帰るために――
「ここは…どこ?」
タクシーが目的地に着き、それからおりたあたしの第一声はそれだった。
あたしは今、世田谷の高級住宅街の、その中でもひときわ、でっかいおうちの前に呆然と立ち尽くしていた。
断じていえるけど、あたしのお父さんがたとえ、身を粉にして働いたとしてもあたしが記憶の抜けている数年間の間に買えるものじゃないってことぐらい分かる。なのに、なんでっ!?どうして!?一体どうなってるの!??
そして、ほうけてるあたしの横を、一緒に乗っていた入江くんが、トランクから荷物を持ってその目の前の通り過ぎる。
「ちょっ、ちょっとまって、入江くんっ」
通り過ぎようとする入江くんの腕を捕まえて、あたしはさっき言ったことをもう一度繰り返した。
「ここ、どこ??」
その一言に、入江くんは軽いめまいが起きたように眉間にしわをよせ、手を当てた。そして、それから一言
「俺の家」
と言って、すたすたと家の玄関をくぐっていった。
俺の家―――、ということは…
「うそ――っ!てことは、ここが入江くんとあたしの愛の巣なのね――!!」
ぼとっ。
と、前のほうで大きな荷物が落ちたような音が聞こえたけど、今のあたしには聞こえていなかった。
あー、きっと記憶喪失前のあたしがこのお家で、入江くんに手料理とか作ってあげたり、「あーん」とかいって食べさせてあげたり、朝には「あなた、起きて遅刻するわよ♪」なぁんて言っちゃったりしてたのねー。(おいっ)
なんて、妄想にふけったあたしの横を、同じく一緒に乗っていたお父さんも「ただいまー」といって玄関をくぐっていく。
って、あれ??
あたしはわれに返って、ふと横に掛けてあった表札をみた、するとそこには「入江・相原」と書かれた表札が掛かっていた。
どういうことだろ?
「なにしてんだよ」
あたしが考えていると。なかなか入ってこないあたしに、しびれを切らせた入江くんが様子を見に来た。
「あ、入江くんっ。ねえ、もしかしてお義母さん達や、お父さんも一緒に暮らしてるの?」
「ああ」
「あ、じゃあ二世帯住宅っていうのよね、たしか。さすが入江くん、親孝行なのねーっ」
そう言って感心するあたしをみて、さっきより更に深いしわを眉間に寄せる。
「ぜんぜん違うけどな」
「え?」
きょとんと、聞き返すあたし。
「いや、なんでもない。これも話すと、とんでもなく長くなるしな。それに、お前は忘れてるけど、結婚してからも一緒に暮らすって決めたのはお前だぞ」
「ええっ?」
「ま、忘れてるんだから、仕方ないけどな。ほら、おふくろ達がまってるから、早く家に入れよ」
「う、うん」
そういって、入江くんはあたしの手を引いて家に入る。
――その瞬間。
あたしの頭の中にある、霧のようなもやに一瞬だけ風が入りスッとなる―――
「え――っ!あんた達。親と一緒に暮らすのっ!?」
「そ、そうだけど。なんで?」
「なんでって、普通結婚したら親とは別に住むでしょ!それが当たり前よ」
「え、でも…。あたしは入江くんのおばさまも、おじさまもそれに、お父さんも大好きだし…」
「はぁ、そう。…で?」
「で?」
「入江くんは、なんて言ってるのよ」
「出来れば、出たいって。でも、あたしが一緒に暮らしたいって思うんならそれでもいいって」
「ほらー、みなさい、あの天才でもそう思うのよ」
「でも、入江くんはどっちかって言うとあたしと二人で住みたいって言うよりは…(おばさまの、写真・ビデオ攻撃から逃げたいって感じなのよね)」
「どっちかって言うと、なによ?」
「あ、な、なんでもないっ、とにかく、もう決めたことだし」
「そう。じゃ、ま、がんばんなさいよ。それから、何かあったらすぐ電話してよね、いつでも相談にのるから」
「うん。ありがと…理美、じん子」
そして、われに返ると、目の前には入江くんが不信な顔をしてあたしを見ていた。
どうやら、しばらくの間、棒立ちになっていたみたい。
でも、今回のことで、ようやく分かった。
この間から見る、夢のようなモノは多分現実に起こったことなんだ。
どきどきした。
あたしの中の真相に、あたしはだんだん近づいてるんだわっ。
「入江くんっ!」
「なんだよ」
突然、勢いよく叫ぶあたしに、ひるみながら答える入江くん。
「あたし、絶対、絶対。記憶取り戻すからねっ」
そう言った、あたしを入江くんは面白そうに見て
「期待しないでまってるよ」
そう言って、とっとと、家に入っていった。
その背について行き、あたしはよく分からない決意に燃えていた。
その日、11月21日はまだ始まったばかりだった――。