誰がために何をする? <おまけの話>

 

 

ざっ…

 

古びた湖の城の前に一人の少年が立っていた。

肩には小さな皮袋を下げ、軽装の服にボロボロのマントを羽織い

 

手には身の丈ほどの「棒」を携えて―――少年は立っていた。

 

 

「ちょーっと待ってください!」

 

城内に入ろうとした彼をとめたのは鎧をまとった少女だった。

 

「ん?」

 

呼び止められた少年は振り返る。

 

「ここはビュッデヒュッケ城です。兵隊長の私の許可がなきゃ、勝手に入っちゃ駄目ですよ」

 

えへん。とそう言うと彼女は彼の前に立ちふさがった。

そんな彼女に、困ったように頭を書きながら少年は

 

「いや、単に観光に来ただけなんだけど、イクセの村でいい釣り場があるって宿の人に言われたから」

 

と、少年がそう言うと、鎧の少女−セシルは胡散臭げに彼をみた。

怪しい…。はっきり言って、どこからどう見ても唯の観光客には見えなかった少年を、セシルはその場で通すか通さないか悩んでいた。その時――

 

「あなたはっ…!」

 

そう言って、駆け寄ってきたのはアップルだった。

 

「あ、アップルさん。久しぶりだね」

 

そう言って、少年のほうもアップルの姿を認めると、朗らかに笑って挨拶をした。

 

「ほんとに久しぶりですね。どうしたんですか、こんなところで」

 

「単なる観光だよ。古い城に穴場の釣りスポットがあるって聞いたんで来て見たんだけど…なんだか、それどころじゃないみたいだね」

 

少年が周囲を見渡すと、さまざまなグラスランドの人々が、武器・防具などの手入れをしたりしていた。

「弱ったなぁ」と困った顔を見せる彼に、アップルは苦笑し

 

「いいえ、歓迎しますよ。釣り場はあちらの方です。セシルさん、この人の身分証明は私が保証いたします。ですから、通してもいいでしょうか?」

 

すると、セシルは納得したように

 

「なぁんだ、アップルさんのお知り合いの方だったんですか。いいですよ、ようこそ!ビュッデヒュッケ城へ!」

 

そう言ってスッと通らせて貰えた。

 

そうして少年が歩くと

 

 

ずるずるずるずる―…。

 

 

「あの…なんですか、それ」

 

と、アップルが指さすそこには、黒いボロ布みたいなものが少年に引きずられているのであった。

 

「ああ…、これはさっき平原のあたりに、モズのはやにえみたいに木の枝に引っかかってた人で、ほっとくのも何だから一緒に連れてきたんだけど…診療所とかあるかな?」

 

「ええ、それなら城の奥にトウタくんがいますから、そちらで…それにしても……」

 

そうして、ボロ布を凝視するアップル。そして

 

「…コレ、人だったんですね」

 

「うん。」

 

そんな風にのほほんと会話する二人に

 

「あの…これナディールさんじゃないですか?」

 

ポソリと言ったセシルの声は、二人には届かず

 

「とりあえず、この人届けてから少し観光したいんだけど、何か面白いものとかあるかな」

 

『この人』をずっと引きずったまま尋ねる少年に

 

「そうですね…、そういえば今日、炎の英雄さんが演劇に出るってナディールさんが振れ回っていたので、そちらでも見てみてはどうですか?」

 

「ええ…と、あの…、だからナディールさん…」

 

またしても、恐る恐る言うセシルの言葉は聞き流され

 

「演劇かぁ、面白そうだね。じゃあ、行ってみるよ」

 

そう言って、ずるずると引きずる音を立てて去る少年に、冷や汗をかいて見送るセシル…とアップル。

 

アップルは、まるで昔を懐かしむように目を細めながら、まったく変わっていない、彼女の覚えているままの彼の背中にポツリと尋ねた―――

 

 

「彼には、会いに行きましたか?」

 

 

少年は振り向かず、…ただ握っていた棒を軽く振り返したのだった―――。

 

 

―そうして、彼の姿が消えた数十分後、なぜか診療所でヒューゴの叫び声が聞こえたとか、聞こえなかったとか…。

 

 

<おまけのおまけ>

 

がちゃん。

数日後、帰ろうとする、少年の手に手錠をかけたアップルが

 

「ちなみに帰れませんから」

 

「ええっ、なんで!?」

 

「私いまマッシュ先生の伝記を書こうとしてまして…」

 

「うん」

 

「生き証人みたいなあなたを、誰がタダで帰すと思います?」

 

「そんなっ!?」

 

「みっちり付き合ってもらいますから、そのつもりでお願いしますね」

 

「いや…でも、トランに用事があるんだけど…」

 

「いまは忘れてください」

 

結局、少年の数日の観光は数週間におよび、その間「アップルの隠し子か愛人か」と思われ続けた事は城内のひそかな秘密である。

 

 


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