第六話〜提案〜 |
11.
「つまり、俺がお前の片思いの相手だって思い込んでるから、しばらくその『フリ』をしろってことか?」
「ばかばかしい」と呟く入江。
琴子達が入った部屋は、会議にでも使用する部屋なのだろう。
使われない会議室は、机と椅子がいくつかつまれているうえ、シャッターが降りた窓のせいで、少しの明かりしか存在しない。
「だいたい、お前が初めから隠さなかったら、そんな事にはならなかったんだ、自業自得だろ」
そんな調子の会話を琴子は小声で、入江はいつも通りの声音で話す。
「しーーっ!!まだ大野君がいたらどうするのっ!」
「知らねーよ」
暗くて表情を伺うことは出来なかったが、どこかいつもと違う雰囲気の入江。
そんな入江に琴子は恐る恐る尋ねた。
「…やっぱり、怒ってる入江くん?」
「…別に」
そう言って、ため息をつくと
「ともかく、あの二人のことは、お前や俺には関係ないことだろ」
「うっ、そ、それはそうなんだけど…」
入江の言葉に詰まった琴子は「だって…」と呟いて俯くと
「だって他人ごとには思えなくって」
「だろーな」
と即答する入江。そして、
「ともかく、俺はそんなくだらねーことに付き合うつもりはないから」
「そんなぁ…」
琴子の情けない声を聞きつつ、入江は静かな会議室の扉のほうへ向かうため琴子に背中を向けようとすると。
バンッ!!
ものすごい勢いで、その扉が開かれた。
12.
「あれ?おかしいなぁ。今、人の声がしたと思ったのに…」
扉を開けたのは噂の張本人の大野だった。
ただし、今の状態で大野とわかる人間はいないだろう。
自分の身長並のダンボールを抱えて、会議室の扉を蹴っ飛ばして入って来たからである。
扉の向こうから見た彼は、まさにダンボールのお化けのようだ。
――琴子と別れた後
洗面所に向かった琴子と別に、大野は課長の指示で使用しない会議室に空き箱のダンボールを置いて置くように命じられて、ここにやってきたのだった。
そして、ふらふらと荷物を抱えながら目的地につくと、そこから人の声がするので、大野は手伝ってもらおうと入ってきてみれば部屋は真っ暗。
「まさか…、お化けだったりしないよな」
おそるおそる、荷物を降ろしながら周りを見渡す大野。暗くはあったが、見えないことも無い室内には、やはり人の気配はなかった。
「は、はは…、いるわけねーよな…」
そう自分に言い聞かせながら大野は荷物を指定の場所に置くために会議室の電気をつけようとして、手探りでスイッチに手を伸ばす。
「あれ?明かりってどれだったけ?これだったかな…いや、こっちだっけ?」
パチンッ。
スイッチの軽快な音と共に会議室に明かりがともる。
ただしそれは大野がつけたものではなく
「あなたは電気一つもつけられないの?」
「き、鏡子さんっ!?」
そう言って、彼の目の前にいたのは秘書だった。
「鏡子さんがなんでここに…」
あまりのことに呆然としながら尋ねる大野。しかし、秘書は淡々と大野に言った。
「入江社長補佐を探しているの、さっきからどこにいらっしゃるか、分からなくて」
「社長補佐が?どうして??」
「馬鹿?それが分からないから、探してるんでしょ」
秘書に冷たく言い放たれ、しょぼんとした大野。
そして、先ほど会った自分よりも年の若い社長補佐の姿を思い浮かべた。
若いのに智謀も容姿も優れた青年で、女子社員の大半は、次期社長候補の彼に首っ丈である。
実は、密かに秘書も彼のことが好きだったらどうしようと、思い悩んでいたりもしていた。
それとは別に、入江の事を話題にだされ、思わず琴子の事を思い出す大野。
いつも、ドジをしては課長に怒られている彼女に、どこか親近感を持ってしまっている大野は、入江に『片思い』の彼女の恋を応援したい気持ちだった。
それは、どこか自分と彼女を重ねて思っているようでもあったが、正反対の性格のように見える二人がくっつけようとしたいと思うのはそこから来る思いなのかもしれない。
しかし、自分が社長補佐と彼女をくっつけるなんて事ができるとは、到底難しい。
「うーん」と唸る、大野。
突然頭を抱える大野をいぶかしむ秘書が「どうしたの?」とたずねると。
大野はふと思いついたように鏡子の顔を見て、叫んだ。
「そうか!」
「な、なに?」
見つめられて、身じろぎをする鏡子に、大野は目を輝かせて鏡子にこう言った。
「あのさ、実はお願いがあるんだけど―――」
そして、大野は嬉しそうに語りだした。
13.
その頃…
「なんで、俺がこんなとこにいなきゃならないんだ」
「しーっ、しーっ!」
必死で入江に懇願する琴子。
実は、大野がこの会議室に入る直後。
バンッ!
突然鳴り響いたその音に、琴子はビックリするよりもまず入江を押し倒していた。
彼がダンボールで視界を遮られている間に琴子は入江と共に、入口から死角の机が積まれている場所に二人で身をひそめたのだった。
憮然とする入江がいつ出て行くかヒヤヒヤものだった琴子だが、入江はそれ以上何も動かなかったので、声を押し殺して大野が出て行くのを待った。
そして、鏡子が現れて二人が会話をしてるのも当然ながら聞こえていた。
どうやら大野が、琴子と入江をくっつけるための話を鏡子に持ちかけているみたいだった。
その会話を聞いて、すぐ傍の入江の目が「ほらみろ、ややこしいことになってるじゃねーか」と言っていた。
そうして、二人のやり取りが終わり。パタンという音と共に、会議室が再び薄闇と共に静寂に包まれる。
ふぅ。と思わずため息をこぼす琴子。
はっとして我に返ると、
「あ、わっ、ごめんなさいっ!すぐ降りるね」
琴子は、ちょうど覆い被さるように、入江の上に乗っかっていたことに気づいた。
あわてていたためそのままの体勢でずっと聞き耳をしていたのをすっかり忘れていた琴子。
顔を赤くして、あわてて入江から体を離す。
そんな琴子の様子を眺めながら
「そう言えば…」
入江は何かを思い出し、ズボンのポケットから其れを取り出した。
「あーーーっ!!」
入江が持っていたの物に、ビックリして目をぱちくりさせる。入江が取り出したのは銀色に光るカギだった。
「そ、それっ、どこでっ!」
「社長室。お前こないだ落としていっただろ」
「うそっ!」
そう言って、琴子は自分のポケットを探るが、目的の物は見つからない。
入江の手に持っている其れが自分のだと分かると、琴子は恐る恐る入江に尋ねた。
「ね、ねぇ入江くん。入江くんそのカギ何のカギか…」
「俺が知らないわけ無いだろ」
琴子は、その言葉を聞いてがっくりとうなだれると
「あーあ、せっかく入江くんを驚かそうと思って、お義父さんにこっそり貸してもらったのに」
残念そうに話す琴子に入江は
「お前の考えそうなことだよな」
「だって…」そう言う琴子。
そして、ふと何かを思いついたように、突然入江の持っているカギを見て
「そうだ!」
そう言って目を輝かせる琴子
「いい事考えついちゃった!ねっ、入江くん、お願いがあるんだけど…」
「…………」
胡散臭い、琴子のお願いに
絶対にまためんどくさいことになるな。と、そんな気がする入江だった。
04/06/21