第五話〜接触〜 |
9.
「先ほどは、大変の見苦しいところを…。申し訳ありませんでした」
「別に気にしてないよ」
恥じ入ったようにする秘書に、返事を返す入江。そんな入江に、彼女はお辞儀をしたまま、話し続ける
「先ほどの、大野という社員は私の学生時代からの知り合いなんですが…、昔から落ち着きが無くて、何でもかんでも首を突っ込まずにはいられない性格で、周りに迷惑ばっかりかけるとんでもない奴で…」
とうとうと、途中から我を忘れて大野のことを語る秘書。
つくづくどこかで聞いたような話に、何も言わずに黙って聞いている入江。
そんな入江にハッとしたように気づくと、秘書は顔を赤くしてごまかすように早口で
「よ、余計なことでしたね」
と言った。そんな秘書に「いや…」と言うと、入江は
「君は、あの彼が好きなんだろう」と尋ねた。
「まさか!」
あまりに唐突に告げられた、言葉に驚く秘書。
「わたしの理想は、頭がよくていつでも冷静に物事が判断できて、その…、入江社長補佐のような方です。間違ったってあんなのは好きになるはずありません」
きっぱりと言い放つ彼女。そんな彼女に、苦笑をする入江。
理由がわからず眉をひそめた秘書だったが、ふと思い出したように「そう言えば」と言うと。
「入江社長補佐は最近結婚されたとか」
「…ああ」
突然振られた話題に、入江は先ほど何かを言おうとしていた琴子を思い出す。
「入江社長補佐の奥様なら、さぞかし聡明な奥様でいらっしゃるんでしょうね」
ぶっ、と噴出しそうになるのを懸命にこらえる。
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもない…」
知らないってことは幸せだな。と密かに心の中で思う入江。
「是非今度お会いしてみたいです」
「………」
にこりと微笑む秘書。
まさか、さっき秘書が放り出した騒がしい女がそうだとは、夢にも思わない彼女なのであった。
10.
トイレの洗面所で手を洗って、うなだれる琴子。
「ど、どうしよう…」
あの、大野という青年と『お互い頑張ろうな宣言』のあと、結局、入江への誤解を解けないままでいた。
これが、入江を狙うOLたちなら、なんのはばかりも無く公言してしまおうと思うのだが、4年間一途に片思いを続けている大野に、なぜだか昔の自分を重ねてしまった琴子は、なかなか言えずにいるのだった。
「悪い人じゃないんだけど…」
むしろ、いい人なだけに、いつまでも嘘をつくのがつらかった。
はあぁ…
いつまでも洗面所でいるわけにもいかず…、大きなため息一つついて、琴子はトイレからでる。
そして、とぼとぼと通路を歩いていると
「よお」
「!!!!!」
背後から声をかけられて思わず目をむいた、その後ろには
「い、い、入江くんっ!?」
ひっ、と声を引きつらせる琴子。
壁にもたれかかって、琴子を見下ろしている入江の唐突な登場に息を飲み込んだ。
「なぜ入江くんがここに…」
「いたら悪いのかよ」
そう言って、入江は琴子に近づくと、琴子は一歩あとずさった。
「?、なんだよ」
「え、いやその…」
挙動不審な琴子に、眉をひそめる入江。
琴子は琴子で、どこからとも無く現れそうな大野がいないかを必死で確認する。
と…
「相原さん?そこにいたの?」
実にタイミングよく通路の角から聞こえてきた大野の声。
思わず姿を見られる前に、入江と横にあった扉に、琴子は入江と共に押し入った。
「おいっ」
いきなり引きずり込まれ驚く入江。
しかし、そんな入江のことも気づかず、琴子は勢いよく入った部屋の扉を閉めると、扉に耳をそばだて廊下の声に耳を傾けた。
『あれ?さっき、相原さんの声がしたと思ったんだけどなぁ』
大野の声が聞こえた。
『気のせいか…』
そう言って、しばらくして消えた大野の声に、琴子はようやくにして、「ふう」と息をついた。
「なんなんだ、一体」
憮然としたままの入江が言う。
そんな入江に、気まずそうに振り返る琴子。
「え、えーとね、これにはいろいろ訳が…」
しどろもどろに言う琴子に入江はあきれながら話を聞くのであった。
04/06/14