Office Love
第四話〜打明け話〜

 

私の人生はいつも完璧だった。

 

間違いのない選択、先を見通した未来設計、完璧な人生。

 

なのに…

 

『おれ、鏡子さんが好きなんだ』

 

『残念だけど』

 

天然で、お人よしな、友人の友人の世紀の大告白に、私はいつも言い寄ってくる男と同じようにこう言った。

 

『私、あたまの悪い男の人って嫌いなの』

 

ただ、いつもと違うのは

 

 

私の気持ち一つだけ。

 

 

 

7.

 

 

「そこまで言う事無いだろっ、俺が…っ」

 

「静かにしてください、ここは社長室ですよ」

 

冷たく言い放つ秘書。

キュッときつく結びこんだ艶やかな黒髪が、秘書の生真面目さを表しているようだ。

眼鏡の奥にある黒目に、動揺したものが浮かんでいたが、それに気が付いたのは当の社長室の主の入江くらいだった。

 

「………」

 

ぼんやりと社長秘書とどこかの誰かに似た童顔の青年を、どうでもよさそうに眺めている入江に、横からトントンと肩を叩く人間がいた。

誰だか分かっている入江は、そちらを方を向かず、目だけで見る。案の定、琴子だった。

「ね、ねぇ入江くん。これって、止めたほうがいいのかなぁ」

「ほっとけ、そのうち終わるだろ」

「そうだけど……あっ、そうだ」

「………?」

琴子は思い出したように、声を上げると、ごそごそとスカートのポケット中を探りだし…

「あれ?おかしいなぁ、確かここに…」

「どうしたんだ?」

「えっ、あー…、えっとね」

 

照れくさそうにポリポリと頭をかきながら、入江に話そうと琴子が口を開いた瞬間―――

 

「いいから出て行ってっ!!」

 

思わずビックリして、そちらのほうを向く琴子。

するとその声の主の秘書は、琴子の腕と、いまだ話し続けている大野を一緒に、出口の扉まで引きずっていった。

 

「ちょ、ちょっと!何であたしまで…」

 

「書類も、お茶も、確かに受け取りました。御用がすんだのなら、お帰りください」

「でも、あたしは入江くんにまだ…」

問答無用で扉を閉めようとする秘書に、食い下がる琴子。しかし、秘書は聞く耳もたず

 

「お帰りください」

 

バタンッ。

 

無慈悲にも、あっけなく扉を閉められたのだった。

 

 

8.

 

 

「ちょっと、なんであたしまで追い出されなきゃいけないのよっ」

 

「俺だって聞きたいよ!!」

 

社長室を追い出された二人は、廊下の歩きながら互いに文句を言っていた。

 

「せっかく、2週間ぶりの鏡子さんだったのに…」

 

あからさまにしょんぼりして歩く青年に、

心底琴子は

(なんだか他人ごとのように思えないのよね)

と思っていた。

「ねぇ、あの美人の秘書さんと…ええと、大野くんだっけ?は、どんな関係なの?」

ちょっとした好奇心のつもりで、琴子は大野に尋ねると、大野はそんな琴子の肩をガシッとつかみ

「聞いてくれるの!?」

 

「え?ええ、まぁ」

 

後じさりしてしまいたくなるくらい、勢いよく揺さぶられる琴子を尻目に、大野はとくとくと語りだすのであった…。

 

「俺が、彼女にあったのは4年前の春。彼女の姿を一目見た瞬間、もうこの人しかいないって思ってさ、プロポーズしたの」

 

「ぷ、プロポーズ!?」

 

えらく気の早い青年である。

 

「うん、でもそのときは『寝言は寝てから言ってください』って言われたんだけど」

 

「………」

 

「それから、四年間。なんとか彼女に好かれるように頑張ってきたけど、いっつも彼女に迷惑ばっかかけてて」

 

そう言ってため息をつく大野。そして、童顔の顔で苦笑すると

 

「やっぱ、俺って見込み無いのかなぁ」

 

「そんなこと無いわよっ!」

その言葉に、今度は琴子のほうが見を乗り出してきた。

「えっ?」

「人間誰だってやれば、何でもできるのよ!たった4年じゃない、まだまだ頑張りなさいよ!」

「い、いやでも…」

「あたしなんて、片思い暦6年よっ!押して押して押しまくらなきゃ、相手になんて振り向いてもらえないんだから」

なにげに、どこか強引な論法を大野に押し付ける琴子。

「そ、そうかな…」

しかし、そんな琴子の力強い言葉に、少し元気を取り戻す大野。その時、琴子は勢いに任せてついポロっと口を滑らせた。

そしてそれが間違いだった――

 

「その調子よ!あたしだって入江くんには、いっぱい迷惑かけちゃったけ…」

 

勢いづいた琴子は、うっかり入江の名前を出してしまった。

はっ、として気づけば大野が、目を開いてこちらを見ている。

 

――しまったっ、ついうっかり入江くんのこと言っちゃった。

 

せっかく今まで結婚していたことを誰にも言わなかったのにっ

そう思っていた琴子は驚いている大野に、何ていおうか考えていると…

 

「そっか、相原さんだったよね。君は、入江社長補佐に片思いしてるんだね」

 

「へ?片…?」

 

おもわず、何を言われたのか分からなくて聞き返す琴子。

 

「うんうん、そうだよなー、入江社長補佐カッコいいもんな、社員の女の子も結構好きな奴多いし。男の俺からみてもカッコいいし」

 

「あったり前でしょ…、って、そうじゃなくてっ!!」

 

あたしは――、そう言おうとした琴子を遮るように、大野は満面の笑みを浮かべると

 

「そうかぁ、お互い大変な相手好きになっちゃったけど。お互い両思いになれるようにがんばろうなっ!」

 

あまりに屈託の無い笑顔でそう言われ

 

「う、うん…」

 

と、頷く琴子

 

 

(な、なんで、こんなことにーーーっ!??)

 

 

いくら考えても、どうしても理由が見つからない琴子だった。

 



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04/06/12