第三話〜似てる話〜 |
実は、琴子は入江にも内緒のたくらみがあった。
それは…
『入江くんと「○耕作」のような、オフィスラブ!』。
そんな、みんなに内緒の会社でラブラブ作戦を考えていた琴子は、そのために入江と結婚したことを言うのを、グッとがまんしていたのであった。
もちろん、OLの嫉妬攻撃を避けるためもあったが、大半はこの理由が原因だった。
それがまさか、こんなことになるなんて思いもよらず…
4.
「わたしはつくづく心の広い人間だと思うのだがね」
「はぁ」
総務部の課長、社員での通称『パゲ』は、その名の通りの輝かしい頭を琴子に照らして机の上に、マル秘とかかれた無残にもびしょ濡れの書類と、彼愛用の湯飲みの面影を残した残骸を、血管を浮かせながら見つめていた。
「相原君、わたしはなぜキミがこの会社で働いているのかがつくづく理解できない」
「え、えぇっと…」
「ちなみに、大野くん。キミもだ」
「それは、その…」
パゲの目の前に佇む琴子と、その隣には先ほど琴子を助けてくれた青年が、途方にくれていた。
課長に大野と呼ばれた青年は、栗色の毛先にちょっと癖のかかったやわらかそうな髪の毛と、優しそうな目をした青年であった。
年は琴子よりも上であることは確かだが、くりくりとした少年のような瞳がどうも子供みたいに見えてしまう。
(なんだか可愛い顔の男の子だなぁ)
琴子はぼんやりと横目で青年を見ながら、そう思った。
「聞いているのかねっ、相原くん!!」
「は、はいっ!?」
思わずボケッとしていたのがパゲにみつかり、またしても怒鳴られる琴子。
「まったく、キミ達のような部下を持った私の身にもなって欲しいもんだね」
「「す、すみません…」」
二人は声を揃えて、謝る。しかし、課長の小言は終わることを知らず
「だいたいだねぇ…」
延々と琴子と大野に小言を垂れ流していた。
そしてそれを、二人してうんざりして聞いていると…
「おおーい、誰か社長室にこの書類と、ついでにお茶もってってくれー」
遠くから聞こえてきたその声を、耳にした瞬間―――
「はいはいはいっ!あたし、行きます」
「俺もっ俺もっ、行ってきます!!」
声をかけた社員に飛びつかんばかりに、そこから逃げ出すのだった。
5.
『課長の湯のみーーっ!!』
遥か遠くから聞こえてくる声に、思わずパソコンから手が離れる。
(ったく、なにやってんだ)
ふと入江は、自分が総務課に向かおうとして腰を上げているところに気づいて、気まずそうに座りなおした。
そんな入江をクックッと面白そうに見る入江パパは、入江に
「そんなに気になるなら、見に行ってあげればいいじゃないか」
「なにがだよ」
なんでもないように、再びパソコンに向かう入江に、よけいに笑う入江パパ。
すると横から、何のことか分からずに首をかしげていた秘書が、
「社長、ご歓談中申し訳ありませんが…、今日の会談予定の長岡社長が先ほどおこしになられました」
「ああ、そうか。すぐいくよ」
そう言って、入江パパは席を立つ、そうして入江の方に振り向くと
「直樹も、せっかく琴子ちゃんが仕事手伝ってくれるって言ってるんだから、どうせなら秘書にでもなってもらえば良かったのに」
その社長の言葉にギョッとする秘書。すると横では、更にギョッとした入江が、
「じょうだんじゃない。親父までお袋みたいなこと言うなよ。あいつに秘書なんかさせてたらどうなるか…、会社が3日でつぶれるぞ」
「…………」
思わず、洒落にならない出来事に、入江パパも黙り込んでしまう。
「わ、わはは…、おおっと!そう言えば長岡社長を待たせているんだったね、さあ行こうか」
といって、パタパタと足早に社長室から出て行った。
「ったく…」
ため息をついて、改めてディスプレイに視線を戻す入江と、その横で一連のやり取りを聞いていた秘書。
(一体…、この大会社を3日でつぶす『琴子』って何者…?)
と、とんでもない女を想像してしまう秘書だった。
そしてその秘書の、恐怖の想像を破るかのように、社長室への来訪者は訪れた。
6.
「失礼しまーーっす!」
がたんっ!!
社長室にあまりにもそぐわない声が高々と響き、あまり顔に動揺を出さない秘書がこける。
「社長補佐さんと社長にお茶お持ちいたしました!」
「あなたっ、ここを一体どこだと思っているですか!」
ようやく正気に戻った秘書が、我に帰って、突然飛び出してきた女子社員をたしなめる。
と…
「いや、いい…」
すぐ横にいた入江が、どこか諦めたような様子で、それを押しとどめた。
「しかし…」
どうにも納得しない秘書が、なおも入江に問いかけようとすると
「し、し、しつ、失礼しますっ!!」
今度はガッチガッチの堅い声で、一人の青年が入ってきた。
その声に、秘書がぎくりとなる。
「そ、総務部総務課大野です!部長から書類をお渡しするように言われてまいりました。失礼します!」
そう言って入ってくる大野。初めて入る社長室に両手両足が同時に出てる。
「入江補佐、あのっこれが書類で…」
そうして、入江に書類を渡そうとした、その時、傍にいた秘書とばっちりと目があった。
「きょ、鏡子さんっ!!」
「な、なんであなたがここに…」
後ずさりしながら、大野から距離をとる秘書。
「俺、鏡子さんと一緒の会社で働きたかったから…、一生懸命勉強してこの会社に入ったんだ」
そう言って、秘書に一歩近づく大野。
そして、いまいちこの状況が理解できない入江と琴子。
鏡子と呼ばれた秘書は、その大野の言葉にあきれたようなため息をつくと
「そんなことで、自分の将来を決めたの?馬鹿だ馬鹿だと思ったけど、つくづく馬鹿ね」
「馬鹿ってなんだよ、そこまで言うか?好きな人と一緒に働きたいってのがそんなにバカバカしいのかよ」
つめたい言葉に大野がむっとしたように彼女に問うと
「あたりまえでしょ」
きっぱりと言い放たれてしまった。
なぜか琴子は、そんな大野に心底同情した。
「私、前に言ったわよね、『あたまの悪い男の人って嫌いなの』って」
しょぼくれた大野に追い討ちのように、言葉を続ける秘書。
今度はなぜか、入江がどこか心当たりのありそうな顔で彼女から目をそらす。
そんな二人のことなどつゆほどにも知らず、秘書は大野だけを見て、長いまつげを伏せて、こう言った
「…迷惑だから、これ以上、私の人生に交じわってこないで」
そう大野に言う彼女。
事情が分からなかったが、それぞれにどこか見覚えのあるような情景に、お互い目を合わせる琴子と入江。
二人はどちらとも無く視線を合わせると。
「ねぇ、これに似たようなの、どっかで見た事ない?」
「…………」
そう呟くのだった。
04/06/08