第二話〜恋の始まり〜 |
人に本気で恋をしたのは、これが初めてだった。
しかも、一目ぼれ。
彼女はとても綺麗で、とても優しい女の子だった。
俺は彼女を知るたび、どんどん好きになっていくのが分かった。
長い髪も、たまに笑うと現れるえくぼも、俺のドジを苦笑しながら許す顔も、どれもが愛しかった。
大学で、友人の友人だった彼女を紹介してもらって、きっかり1年。
俺は人生で初めての告白をした。
そして、そんな決死のおれの告白を聞いた彼女の返事はこう…
『私、あたまの悪い男の人って嫌いなの』
そりゃ、あんまりだろう?
3.
「相原さん、お茶三つこっちにもらえる」
「あ、はーい!」
社員の一人が遠くから琴子にお茶を頼む。
琴子は元気よく返事すると、給湯室に向かった。
とぽとぽとぽ…
湯飲みに、お茶をそそぐ琴子。
そんな時
「えーーっ、入江さん結婚したのっ!?」
ガチャンッ!!
思わず聞こえた声に、急須を落としかける琴子。
「な、な、な…っ」
「あら、相原さん。またドジしてるの?」
冷や汗をかく琴子の元へ、OLの2人が給湯室に入ってきた。
琴子はそれを取り繕うように、慌てて湯飲みにお茶を注ぎながら。
「あ、あはは、すいませーん」
そう言ってそそくさと給湯室を去ろうとし…
「あ、そうだ相原さん」
OLの一人が琴子に声をかけた。
「あなた、確か入江社長補佐の知り合いだったわよね」
「え…、ええ、まあ」
ひくり、琴子は頬を引きつらせながらうなずいた。
入江はいま、社長である入江パパの補佐として、会社を手伝っているのである。
「えーっ!?相原さんそうなの?」
もう一人のOLはビックリしたように琴子を見る。このOLは今年から入ったらしく、例によって例のごとく、入江の容姿と肩書きに一目ぼれした人間の一人である。
「それじゃあ、入江社長補佐が結婚したのって本当?いまスッゴク噂になってるのよ」
「ほ、本当だと、思いますけど…」
くわしくは…、と言葉を濁して後ずさる琴子。
本当はここで、入江と自分のことを叫びたくて仕方なかったが、そこで言ってしまえばそれこそ元の木阿弥。
とにかくそれはだけは必死にこらえると
「あ、あたしそれじゃあ、これで…」
「あっ、相原さん…っ」
その場から後ずさりする琴子に、おもわず静止の声をかけたOLだったが、それは遅かった。
ドスンッ!!
「え…っ!」
背後からの衝撃に思わずよろけた琴子は、両手に持ったお盆のせいで、手が使えずにバランスを崩した。
(うそーーっ)
見事にこける琴子は、地面とのご対面に向けて声にならない悲鳴をあげると…
「っと、危ないなぁ。大丈夫だった?」
「へっ?」
地面に激突するはずだった琴子を受け止めた人物は、もたれかかった彼女の体を起こして、そう言った。
「あ、ありがとうございます」
恥ずかしさのあまり赤面して、琴子は自分の救ってくれた人物に向かってお辞儀をする。
受け止めた男のほうもそれに恐縮するように両手をパタパタと振ると
「いや、俺こそ。急ぎの書類を渡すのに焦ってて、気づかずに歩いてたのが悪かったんだし」
「あたしこそっ、お茶を運んでる最中によそ見してたのが…お茶…、あーーーーっ!!!」
思わず両手を凝視する琴子。
そこに先ほどまで載せてあったお盆もお茶もあるはずが無く、
恐る恐る、琴子が自分の足元を見ると、そこにはやはり、クワンクワンと弾むお盆と、緑色に染まった床、それと…
「うわーーーーっ!!」
今度は男のほうが悲鳴を上げた。
男の悲鳴の先は、琴子と同じく廊下の床。
そこには、彼が先ほどまで手にしていた、
「俺の書類がーーーっ!!」
「課長の湯のみーーっ!!」
二人の絶叫が、遠い入江いる社長室まで響いたとか、響かなかったとか…
04/06/07