何度目かの正直 1stContact

 

 

1.

 

 

それは、夏の暑い頃だった――

セミの声が五月蝿いくらいに響く中、彼女の葬儀は行われた。


式はつつがなく進行し、彼女の死を悼む人々はそれぞれに別れの言葉を紡いでいった。
その中で、喪主である男は、泣くこともなく、終始無表情に、事務的に葬儀を進行していった。

彼を知るものは、誰もがそんな彼を見るのが忍びなく、もれ響くの音は、彼を除く皆からの悲しみの声だった。


―そんな中、式も終わりに近づき、席を立って去って行く人々の中、一組の若い夫婦が、喪主の男のほうに、近づいた。

喪主の男は、力なくうつむいて、いまだその目に普段の力強い輝きが映し出されてはいない。
その男に、夫婦はやさしく声をかける。

「アイちゃん」

その声に、男はほんの少し顔をあげた。
顔をあげたその男の顔は、葬儀の間には無かった、涙と鼻水でぐしょぐしょになっていた。
そのさまに、若夫婦はひどく居たたまれなくなって、黙り込んでしまった。

「イリちゃんか・・・」

何も語らない夫婦のほうに顔を向け彼は、相原父は声をかけた。そして、また下にうつむき。
「交通事故だってさ。あのバカが・・・、運動神経もありゃしねぇのに、見ず知らずの子供なんか助けやがって・・・」
そういって、彼は顔に手をやる。泣いているのだろうか。
「ま、あいつらしいっちゃ、あいつらしいけどな・・・」
「アイちゃん・・・」
「相原さん・・・」
「・・・あいつは絶対俺より長生きすると思ったんだがなぁ。あんな元気しか取り柄のねぇ女が・・・っ」

それっきり、相原父は黙りこくってしまった。

しばらく、何も言えずにいた夫婦だが、突然思いついたのか、女のほうが声を発した。
「相原さん、もしよろしければ私たちの家で暮らしません?」
「え?」
突然の提案に相原父は驚いた。
「琴子ちゃん、でしたっけ。まだ小さいし、相原さんもお仕事柄お忙しいでしょう?ですから、同居という形で一緒に暮らしませんか?」
「そりゃあいい」
イリちゃんのほうもその提案に同意をしめすが、
「もうしわけありません、奥さん」
相原父は、その申し出をすまなさそうに断った。
「・・・しばらくは、琴子と二人で何とかやっていきたいと思います」
「相原さん・・・」
「そうか、アイちゃん。アイちゃんがそう言うのなら、しかたないな。でもアイちゃん、アイちゃんが困ったときは必ず力になるから・・・」
「・・・ありがとう、イリちゃん」
そういって二人は力無く笑った。


そして、しばらくした後、相原父は、先ほどからうるさく泣いていた琴子の姿が見えないことに気づくのであった――

 

 

 

.

 


その日、彼、入江直樹はぶらぶらと秋田の町をぶらぶらと歩いていた。

親の友人の奥さんがなくなったということで、葬式に出るため秋田にやってきたのだった。
だが、自分には関係の無いことだし、両親は葬式の主人と込み入った話しをしていたので彼は、手持ちぶさたな気持ちであたりをうろついていた。
その時――
「・・・・・・ぁぁん」
近くで、誰かが泣いている声が聞こえた。
(なんだ?)
直樹は声のするほうに興味を持ち、そちらのほうに近づいた。
するとそこには小さな納屋のような家の隅で、女の子が泣きじゃくっていた。


「何してんだ?そんなとこで」
近づいて、声をかけると女の子はこちらのほうを見た。
「っぅくっ・・・、だっ、だあれ?」
泣いていたせいか、うまくしゃべることができずにいた。
あきれ顔で直樹は女の子の方へ近づく。そして、自分の持っていたハンカチを出すと。
「ほら、みっともないな、顔ぐらいちゃんと拭けよな」
といって、彼女に無理矢理ハンカチを押し付けた。
女の子はしばらくそのハンカチを眺めていたが、これが自分のために渡されたと気づくと
「ありがとお」
と、花がこぼれるような笑顔を直樹に向けた。


直樹はなんだか胸がこそばゆくなる気持ちをごまかすように
「ったく、何でこんなとこにいるんだお前。もしかして迷子か?」
「・・・ちがう」
「んじゃ、おなかでもすいてるとか」
「ちがうもん、あたしそんなんじゃ泣かないもん」
「じゃあ、なんだよ」
「・・・おしえないもん」
彼女は直樹の質問に顔をむくれてふいっと、そむけた。
「あ、そ、じゃ、俺もう行くから」
自分がこんなにも心を砕くことなどあまり無いのに、少女には顔を背けられたことがむかつき

 

バイバイ、そういって直樹が立ち去ろうとする
…が、頭とは逆に足が動こうとしなかった。なぜか、それは――

「・・・お前、なに人の足つかんでんだよ」

「つ、つかんでないもん」
「じゃあ、この手はなんだよ」

直樹の足を女の子はがしっとつかんでいた。

「これは、あたしがしてるんじゃないもん、あたしの手が勝手に動いてるんだもん」
「・・・どっちもお前だろ、いいから離せよ」
「いーやー」
直樹が無理矢理引き剥がそうとすると、彼女は抵抗して今度は体に抱きついてきた。
無論、6歳の直樹がそんな女の子を抱き留めれるはずもなく、

ばたっ。

と、しりもちをついて倒れてしまった。
どうやってもはがれそうにない女の子を直樹はすでにあきらめたらしく、なすがままに抱きしめられていた。
すると、彼の胸の中で女の子がくぐもった声で再び泣いているのに気づくと、はぁ、と一つため息をついて彼女の頭をなでてやった。
女の子はそれに気づくと更に泣きじゃくった。


10分後――

 


女の子は泣きつかれた様子で、自分の腕の中ですやすや眠りについていた。

直樹はそれを起こさぬよう、そうっとその腕をはずして「頑張れよ」と、囁くと、静かにその場を離れた。

遠くから自分を呼ぶ両親の声が聞こえてきたのでその方向に走ってゆく。

その途中、直樹は女の子のことを考えていた。

女の子のかすかな寝息とほんのりとした体温が、自分をまだあの彼女のそばにいるような錯覚をおこす。

が、それも気のせいなのだと自分に言い聞かせた。それに――

 

(あんな変な奴、もう二度と関わることなんてないしな)

おそらく二度とくることのない、秋田の風景を背に、直樹は二度と会うこともない女の子を思い起こして秋田を去るのだった。

 

 

3.

 

 

「琴子――」

 

相原父は、納屋に眠る琴子を発見した。

涙の跡は、相原父と同じく、真っ赤になっていて、しばらくは取れそうになかった。

 

「琴子――」

 

琴子は、相原父の声に誘われるように、はれ上がったまぶたを重そうに上げた。

「お父…さん?」

「ああ、琴子。お母さんのお葬式、終わったぞ」

 

「お母さん…、もういないの?」

琴子には、何気ないつもりの言葉だった。

しかし、相原父はその言葉に、何かを必死でこらえるように、歯を食いしばると

 

「ああ」

 

それだけを言った。

 

「お父さん、泣かないで、泣かないで」

 

 

こらえたモノは、言葉と共にとめどなく流れ――

 

 

…思い出と自分だけが、取り残された気持ちになる。

 

 

相原父のこぼれる涙に、琴子はそっと男の子にもらったハンカチをあてた。

「こ…ことこ」

当てられた、ハンカチの暖かさに気づいて、琴子を見ると、琴子も泣いていた。

なさけない、こんな親で情けないな…。

そう思って、苦笑する相原父は、琴子の手をとると

「なぁ、琴子。九州で暮らそうか?」

「お父さん?」

「母さんとの思い出のあるところじゃ、お前もつらいだろ?九州で二人で一からやり直そうか」

琴子は一も二もなく賛成してくれると思った。が…

 

「やっ」

 

「琴子?」

意外な琴子の返事に焦る、相原父。

「あのね、このハンカチくれた子、東京にいるの」

たどたどしい言葉で、一生懸命はなす琴子。

「『がんばれ』って言ってくれたの、あたし、おうち帰るの」

 

子供なりの稚拙な言葉だった。

 

説明にもなっていないその言葉に、相原父は、なぜかはっとさせられた。

 

「だから、お父さんも『がんばれ』、おうちに帰ろう」

 

弱くなっていたのは、自分だ。

 

相原父はまた流れる涙を、今度は隠しもせず、琴子を抱きしめながらこう言った。

 

 

「ああ、帰ろう、俺達の…悦子と俺とお前の家に」

 

 

琴子がいるなら乗り越えられる。

 

 

そう思ったのだった。

 

そして、彼らは秋田を去った。

 

 

 

たくさんの思い出と、これからの出会いが待つ東京に向かうために――

 

 

 

 

 

 

 

※このお話はすみれお様のサイトの「何度目かの正直1・2」を加筆修正して書いたものです。

 

 

 

 

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