何度目かの正直 2ndContact

 

 

 

1.

 

 

「うー、さぶかったー」

 

「ほんとねー」

 

学校の帰り道、琴子と友達の由佳は授業が終わり、学校の近くのショッピング街によって、暖かいコーヒーを飲んで一息ついた。

今は、11月。真冬とも、秋ともつかぬ微妙な季節。

 

そして――

 

「あー、ついにもう11月になっちゃったわねー、どうする?」

「え、どうするって、なにが?」

由佳が熱いコーヒーをスプーンでかき混ぜながら尋ねたが、琴子はたずねた意味がわからず聞き返す。

「ばかっ、なにが?じゃ、ないでしょ。受験の事よ高・校・受・験!あんたまさか忘れてるわけじゃないでしょーね?」

 

そう、受験生にとっても微妙な季節なのである。

 

その、由佳の言葉に琴子はギクリとなる。

「や、やーね、忘れてるわけないじゃない。勉強もしてるわよ。ちゃんと」

「あたりまえでしょ、で、どこいくのよ?」

「どこって…、やっぱりちょっと遠いけど都立の普通高かな?近所の高校は偏差値高いし、あそこならあたしでも入りそうだから」

「ま、琴子ならそんなとこかもね。じゃあ、あたしたち来年も一緒みたいね」

「え、由佳もそうなの?」

「まーね」

由佳は、なんだかうれしそうに返事をして「そーだ」と言った。

「なんなら、今日うちで勉強する?」

「えっ!?」

由佳の言葉にたじろぐ琴子。

「えっと…、あっ、そういえば、あたし今日は問題集持って来てないのよ」

「あんた…、ほんとに受験生の自覚あるの?もう、仕方ないわね、あたしの貸してあげるわよ」

そう言って、ため息をつく由佳に、琴子は激しく首を振ると。

ガチャンと、コーヒーのカップを置き

「ううんっ、き、今日はもう帰るね、じゃ、またあしたっ!」

「う、うん…?じゃーね」

腑に落ちない友人を尻目に、琴子はそそくさと別れたのだった。

 

 

2.

 

 

由佳と別れた後、ビルの前に呆然とする琴子。

「ど、どぉしよう、進路なんて全然考えてなかった…」

青い顔をしたままビルの中にふらふらと入ると、ビルの入口の傍にあるエレベータの前に立った。

この辺では一番大きい本屋がこのビルの7階にある。

そこで琴子は、とにかく参考書と、赤本を買おうと思い、やってきたのだ。

 

すでに、上りのスイッチはさっきから待っている人が押していたらしく、琴子はぼんやりと段々下りてくる数字を眺めて考えていた。

 

(みんな…、もう受験のこと考えてるんだよねー、あたりまえか…)

(由佳は、都立受けるのよね、あたしもやっぱりそこかなぁ)

(でもどうしよう、あたし、全然勉強してない)

 

「……ぃ」

 

(あーあ、受験てめんどくさいなぁ)

 

「…ぉい」

 

(テストしなくても進学できたらいいのに)

 

「おいっ!!」

 

「え?は、はいっ」

 

突然耳元で怒鳴られて、琴子は思わず我に帰った。

 

「あんた、エレベータ乗るのかよ」

「あっ、はーい、乗ります、乗ります」

 

琴子は、開いたエレベータに飛び乗ると、パチリと階のボタンを押した。

どうやら、一緒に乗った人も同じらしく、琴子の階以外のところは押されていなかった。

 

…と、そこで、急に琴子はさっきは驚いて気づかなかった“あんた”という言葉を思い出し、カチンときた。

身長差で見えなかった相手の顔を見上げて「ちょっと!」と抗議しようとした瞬間。

 

ガクンッ

 

「ひええっ、な、なに!?」

振動がしたと思った次には、いきなりエレベータ内は暗闇に包まれた。

 

「停電だな」

 

そう言って、呟いたのは琴子とは違う、もう一人の男のほうだ。

「て、停電?」

薄暗い、という程度の暗闇だったが、鳥目の琴子にはまったく状況が分からず、パニックになる。

「じゃ、じゃあ、あたし達閉じ込められちゃったわけ!?」

「そうだな」と、琴子と一緒に閉じ込められた男は相槌を打ちながら、琴子の腕に触れた。

 

「きゃあ!!な、何するのよっ」

びっくりして、男の手をバシッとはじくと、男は琴子をうるさそうに見て

「うるさいな、いいからどけよ」

そう言って、グイッと琴子の腕をひっぱり、琴子の後ろにあったボタンを押した。

 

『どうしました?』と、機械音交じりの男の声が流れてきた。

「エレベータ、止まってるんだけど」

『あれ、ほんと?いやー、悪いね。ちょっと待っててくれる』

そう言って、プツンとエレベータから声は消えた。

 

ふう、とため息をつく男。聞こえた声はまだ年若く感じた。

琴子は自分の勘違いで、叫んでしまったことが恥ずかしくなって、顔を赤くしていると。

 

「…で?『ちょっと』、なに?」

「え?」

 

姿が見えないが、声で隣にいることが分かり、見上げると。

「さっき、エレベータ止まる前に、俺に何か言おうとしてただろ」

「!!!!!」

すっかりエレベータの停止騒ぎで、忘れていた事をいきなり問い掛けられ、琴子は目を丸くした。

「き、聞こえてたの!?」

「ふつう、聞こえるよ」

「で、なんだよ」と、男も暇だったのか、なおも問詰めるので琴子は遠慮なく。

 

「…初対面の人間に『あんた』なんて、失礼じゃない」

男は「ああ…そのことか」と、つまらなさそうに呟くと

「目の前で、バカ面さらして、突っ立ってる人間には『あんた』で十分だろ」

「ば、バカ面ですってっ!?」

琴子は煮えくり返って叫んだ。

「あ、あなたみたいな無神経人間、見たこと無いわっ!」

見えないけど…と心の中でつけたし、男に怒鳴りつけた。

「俺も、あんたみたいな馬鹿そーなやつ、初めて見たね。あんたここに何しに来たの?必要ないんじゃない?」

「なんですって!?あ、あたしはこれでも現役バリバリの受験生なのよっ!」

「へぇ、大学受験?」

「高校受験よ!」

すると、男の声音が変わった。

「…おまえ、同い年かよ」

「えっ?あなたも!?」

これには、さすがに琴子も怒りよりも驚きが勝った。まさかこんなところで同じ受験生に出会うとは…

少しだけ、琴子に『同士』という気持ちが芽生えたのだが、次の男の一言であっさりと打ち砕かれた。

「あんたと一緒にするな」

「なっっ!!」

「俺は、あんたと違って受験なんてくだらねーもん、受けねーよ」

「どういうことよ?」

まさか、この年でもう働くのだろうか。と琴子はなんだかよく分からず、同情をすると。

男…というか、少年はその薄気味悪い空気を察して

「俺の学校はエスカレータ式だから、受験なんてもんが無いんだよ」

「ええっ、受験がない!?」

驚天動地の事を言われ、ビックリする琴子。

「そ、そんな学校あるの?」

「私立だしね。小学校から大学まで試験なし」

ま、俺には有っても無くても関係ないけど。そう言う少年の言葉はすでに琴子の耳を華麗にスルーし

「いいなぁ、あたしも入りたい」

ポソリ、と呟いた。

「あんたじゃ、無理だね」そう言おうとした少年は、彼女の声のトーンが急に下がったのを感じて言うのをやめた。

そして、

「なんで、入りたいんだよ?」

「…だって、あたし、勉強できないし、もし、高校受かっても大学なんて、行けるかどうか…」

「…だろうな」

「ちょっと、そこで同意しないでよ」

「事実だろ。ったく、そこまでして、行きたい奴の気が知れないね」

「…あなた、学校好きじゃないの?」

「べつに…、フツー。どっかの本で聞いてきたよーな事を、おっさんが教壇で喋ってるのを聞いてるだけでいいしね」

ひねくれた、少年の言葉に琴子はあきれた。

「暗いわねー、あなた」

琴子の言葉に少年はギョッとした。

「おれが、暗い?そんなこといった奴、初めて見た」

本気で驚いているのだろう。少年が身じろぎしたのが琴子にも分かった。

「暗いわよ、青春真っ盛りのこんなときにそんな事いうなんて!」

きっぱりと言う琴子に、肩をすくめて、あきれる少年

琴子はムッとして、それから、思いついたよ―に、ポンッと手を打つと。

「あなた、クラブとかしてるの?」

「してないけど」

やっぱりね、とそれだけ言うと、琴子は少年の腕をつかみこう言った。

「ねぇ、テニスでもしてみたらどう?」

「はあ?」

突然素っ頓狂な事を言う琴子に、少年は、言葉が出なかった。

「知らないの?今、すっごくテニス漫画が流行ってるのよ」

「それが、俺となんの関係があるんだよ」

「ないけど…、いいじゃない、ものは試しっていうし、スポーツも出来ない上に根暗なんてダメよ!」

「お、おまえな…」

勝手に人を根暗の運チ呼ばわりする琴子に、声をわななかせた少年だったが、琴子はまったく気づかない。

「カッコいいんだから、テニスって。あ、その漫画のキャラクターなんだけど、藤堂さんって人がすっごく素敵で…」

「はいはい…」

すでに人の話をまったく聞かない少女に、適当な相槌を打つ少年。

まったく訳の分からない内容を、どうでもよさそうにうなずいている内に、ふと、隣の声が途切れたのに気づいた。

「おい…?」

薄闇のなか、静かになった輪郭程度に見える少女の肩を揺さぶると

 

バフッ。

 

琴子は、少年の胸にいきなりもたれてきた。

「…っ、おいっ!」

突然、倒れてきた少女に驚いて、肩を掴み上げると

 

すーすー。

 

と、なんとも気持ちのよさそうな寝息が聞こえてきた。

 

「…こいつ、信じらんねー」

ねるか?ふつー、こんなところで。

 

あきれ返った少年とほぼ同じくらいに

 

 

―エレベータの運転は再開された。

 

 

3.

 

 

「入江、お前どこいってたんだよー」

 

「渡辺」

 

やれやれ、とようやくエレベータから脱出してきた入江の下に渡辺が駆けつけてきた。

「おまえ、今度の弁論大会の資料買いに行くって言ってたから、ここだと思ったのに、いないんだもんな、ビックリしたよ」

「悪い、ちょっと…な」

 

そう言って、ため息をつく入江。

本1つ買うためにこの本屋に来たのに、思わぬ労力を使い、つかれきっていた。

「ちょっと?」

「いや、なんでもないよ」

そう言って、スタスタと目的の書籍のところに向かう入江。

そんな入江を不思議そうに見ながら、渡辺は、あれ?と言うと。

「入江、今度のうちの受験案内の原稿どうしたんだ?」

学校の帰りに入江が、明日までに仕上げてくれと先生に頼まれていた、今年の斗南高校の受験案内の原稿を、入江はカバンとは別に紙封筒に入れて持っていたのだが、それが無くなっていたことに渡辺は気づいた。

入江は、「ああ」と言うと、一言

「人にやった」

とだけ、言った。

「人にやったぁ??おまえ、明日〆切りだったろ、あれ」

「大丈夫だよ、覚えてるから」

入江の記憶力を知っている渡辺は、「あ…そう」としか言えなかった。

そして、次にはニヤリと笑い。

「なんだよ、お前がそんなことするなんて、めずらしーなぁ、さては可愛い女の子だったんだろ?」

女嫌いの入江を知っているだけに、ありえないこととは思いつつも、ついつい冷やかしてしまう渡辺に、入江は怪訝な顔をして

 

「かわいい?」

 

「…へ?」

まさか、切り替えされるとは思っていなかった渡辺は、間の抜けた声をあげた。

 

「あんな、変な女、見たことね―よ」

 

あの受験案内は、受かるはずがない、せいぜい頑張って落ちるんだな。という気持ちで、寝ていた彼女においてったのだ。

なぜか、呆然としている渡辺を置いてレジで目的のものを買うと、遅れてきた渡辺が追いついてきた。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」と、息を切らせてやってくる渡辺に、入江は「そうだ」と呟くと

 

「渡辺」

「ん?」

追いついた渡辺に、振り返りながら入江は、尋ねた。

 

 

「おまえ、『エースをねらえ!』って知ってる?」

 

「は?」

 

 

今度こそ、渡辺はしばらく立ち呆けるしかなかった。

 

 

 

 

 

完。

 

 

 

 

―あとがき・むしろ反省がき―

 

……だいたい一年半ぐらいも前のお話の続き。おそらく、知らない人が大多数。「何度目かの正直2」です。

このお話の前作はすみれお様のサイトで二話に分けて、掲載させていただいたのですが

あんまり、年数かけすぎたので、こちらにまとめてUPしました(^^;

前作とつながりは、全くといってないので、独立してこの話は読めるんだけど

あくまでタイトルは「何度目かの正直2」ということで。(笑)

 

「何度目かの正直1・2」は、入江くんと琴子は実は会ったことがある!という、マイ設定を元に書いてます。

「1」は親同士が親友で、奥さんとも知り合いの入江・相原夫妻。なのに、子供達が会ったことないってどういうことやねん。

という、突っこみと、独断と偏見を元に書いてたり(汗)

「2」は琴子がなんで私立の学校に行くことになったんだろう?そんなら、入江くんに教えてもらったことにしちゃえ。

という、同じく、独断と偏見の産物。(汗汗)

 

久しぶりの、けんもほろろ入江くんは、書いててとても新鮮でしたv

 

 

 

 

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