西垣先生の憂鬱







11.



 ストレッチャーに横たわる、入江。

 そしてその横に、涙でぼろぼろになった琴子ちゃん。

 入江の側に張り付いて、死んでも離れるもんかと、しがみついている。


「おい、入江…」


 呆けた俺の声なんて、誰にも届いてないだろう。
 
 なぜなら、側にいる琴子ちゃんの叫び声で、俺の声なんて、どこかにかき消されてしまっているのだから。


「入江くんっ、入江くん、やだ…、やだ…っ、目ぇ開けてよ!」


 呼びかけても返ってこない返事。こんな光景はいつだって、見てきた光景だ。

 けれど、そんな「いつも」では納得できない光景だった。


「いや、入江くん…っ!」

「どけるんだ、琴子ちゃん」


 ストレッチャーにしがみついている琴子ちゃんをはがすのに手間取っている看護師を脇によけ、俺は直接彼女の腕を引っ張り上げる。


「に、西垣せんせ…っ、あ、あ、あたしも手術に入れて…い、入江くん助け…」

「お前は邪魔だ」


 ぴしゃりと言った言葉に、つかみ上げた腕の震えがビクリとして、止んだ。

 俺はその隙に、手術室前の椅子に彼女を押しつけると、両肩をつかみ、彼女に、周りに、自分に、言い聞かせる様に言った。



「必ず、助ける」



 入江も、君も、絶対に助ける。



 だって、知らないだろう。


 おとぎ話のように、優しくないかもしれないが、君たち2人は、俺にとって、夢の中の住人なんだ。

 君たちに触れていると、俺の中で夢見たものが見える気がするんだ。
 
 俺の中でずっと燻っていた憂鬱が少しだけ晴れる気がしたんだ。



 だから、こんな光景は絶対に認められない。



 だから、絶対に助ける。




「だから、ここで、大人しく待っていろ」








12.





「よお、入江、今日も元気か〜」


 明るく開け放った病室には、不機嫌そうに俺をみる、研修医の顔。


「おかげさまで、ただの骨折ですから。で、また俺は何の仕事を手伝えばいいんですか?」

「ちぇ、可愛くないな。ま、この資料なんだがな…」


 そう言って、どさりと資料の束をベッド脇の机に並べる。
 
 その量の多さに、思わずというふうに、眉を潜める入江。


「怪我人に、どれだけ仕事を回す気ですか」

「怪我人だからだろ、病人ならさせないさ。ほら、指導医兼、命の恩人にちっとは貢献しろよ」

「その言葉も、四日目となるとさすがに飽きがきますね」


 やれやれ…、そういう風な仕草で、人騒がせな研修医は資料に手をつける。
 
 それを見て、今度は俺が周りを見渡す。


「琴子なら、いませんよ」


 視線を資料から話さず、そう言ってきた。


「あ、そう。なんだ、つまらん」


 そうやってぼやく俺を、入江がまた睨んできた。
 
 それに気づかないようににやりと笑い、わざとらしく、今思い出したように言った。


「そうそう、琴子ちゃんと言えば、お前知らないだろうけど、お前が倒れたとき、そりゃー凄かったんだからな。お前が死んだら、俺は一生恨まれてただろーな、きっと。まあ、それはそれで…」

「そんなこと、しないですよ琴子は」

意外な言葉に、入江を振り返る。

「随分ときっぱり言ったな」

「そこまで、西垣先生に興味は無いはずですから」

「…一言多いんだ、お前は」



 いつもの憎まれ口を叩く入江に、ため息ついて、俺は4日前を思い出していた。



 手術室から出てきた俺を迎えて、何かを決意して泣く彼女が、今でも目に浮かんだ。


「一生からだが動かなくなっても、一生意識が戻らなくても…か」


 俺の独り言に思い至ったものがあるのか、黙って視線をこちらによこしてきた。

 まったく、まさかこの無愛想な奴の顔を見て、心の底から、安堵することがあるなんて、誰が想像しただろうか。

 それでも、こいつが無事にここにいて、再び笑顔が戻った琴子ちゃんを見て、何か分からないが、ほっとしている自分が確かにある。


「いいよな、琴子ちゃん」


「あげませんよ。他を当たってください」


 即答で返す入江に、苦笑した。


(ああ…、そういうことか)


 普段は外面も要領もいい奴のくせに、なぜか指導医の俺にいちいち突っかかる原因の一端を見つけて、あまりの不器用さに吹き出した。



―――こいつってもしかして、ずっと俺のこと牽制してたのか?



 そう思うと今までのことが面白くなってきて、思わず入江の背中をバシバシと叩く。


「前言撤回な、お前って結構可愛いところあるんだな」

「なんですか、気持ちの悪い」

「はっはっは、まあそういうなって」

 
 胡乱に見る入江を、面白そうに笑う俺。


「あ、入江くん。おはよーっ!」


 そして、それに乱入する彼女。


 俺の憂鬱は確かにまだ燻っていて
 
 それでも、この光景に薄らいでいる何かを感じている。


「ねー、入江く…」

「仕事中だから」

「おいおい、ちょっとくらいいいじゃないか、なあ琴子ちゃん」

「…山のような仕事を持ってきた張本人が、何言ってるんですか」


 

 確かにそこにある日常を、俺は笑って確認するのだ。










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あとがき


この物語はこれで最後となります。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。



やったーーっ!終った、終われたーっ!
どうにか、終われたことに心底ほっとしてます。
ほんと最後まで、かき終われるのか分からなかった。
正直、病院の中の事など何にも分からないのでかなり適当だったり(汗


一応最後なのでこの物語の裏設定など。

実はこの話は、もう1人の入江くんの話だったりします。

もしも、入江くんに昔のトラウマがなくて女性嫌いじゃなかったら…?
もしも、入江くんの前に琴子が現れなかったら…?

そんな妄想を西垣先生に当てて書いてみました。
…だからといって、西垣先生みたいな入江くんは、イヤだ(笑)



それでは、7日間連続UP小説も最後となりました。
長いようで短かった7日間でした(笑)

こんな6年もちんたらとやっているサイトですが。
これからも、いちイタキスファンとして、末永くよろしくおねがいします!









08/06/12 soro