前夜 〜プレリュード〜
「はぁ、素敵よねー」
本をパタンと閉じ、うっとりとしたため息をつく、本といってもマンガで、しかもこてこての少女漫画である。
−内容としては、居眠り運転のトラックにひかれた主人公の少年が記憶喪失になり
しかし、大事な恋人の記憶だけは彼の心に残っていた―
…なんていう、お約束のような、こてこての少女漫画である。
「記憶喪失になっても、彼女のことだけは覚えている…なーんて、ほんとに素敵。もしも、これがあたしと入江くんだとしたら…うふふ」
などと、気色の悪い笑いとともに妄想にふけっていた。すると
「おまえ、なに夜中にぶつくさ言ってんだよ」
「ひえっ!」
布団をかぶって読書にふけっていた(妄想にふけってたとも言う)琴子の耳元で、すっかり寝ていたと思っていた入江の声が入ってきて、思わず飛び上がる。
「い、入江くん…起きてたの?」
「あんな大きな独り言、寝てたって起きるよ」
「ご、ごめんなさい…す、すぐに、電気消すね」
琴子はあわてて本を直し、手前のランプの電気を消す。薄闇だった明かりは、真っ暗になる。そうして、琴子は眠るために寝返るをうつ。すると…
「記憶喪失なんていうのは、たいがい物語なんかのご都合主義に出来てるもんなんだよ」
「もしかして、聞いてたの…入江くん」
さっきの独り言を聞かれていた恥ずかしさで、赤くなる琴子の言葉を聞き流し、入江はさらに話を続ける。
「誰かのことだけを覚えてるなんてことも、誰かのことだけを忘れてるなんてことも、ありえないからな」
そう言って、言外に『くだらない』というのが入江から伝わってきた。
「でも、もしもねっ」
「?」
「もしも、入江くんが記憶喪失になったとしても、あたしの事だけはちゃんと覚えていてね!」
突然、そう言いだした琴子に、入江は軽く目をつむり
「…どっちかと言うと、お前のことだけ忘れたいんだけど」と、あっさりといった。
「ひどーい!」
そう言って、頬を膨らます琴子。それを面白そうに見やり(琴子は鳥目なので見えていないが)入江は、琴子を自分のほうへぐいとひきよして、琴子の耳元に唇をよせ
「お前も、俺のことを忘れないんなら、覚えていてやるかもな」
そう言って、二人は見つめあったあと、琴子はにこりと満面の笑みを浮かべて
「それなら、絶対大丈夫!何があったって、入江くんのことだけは覚えている自信があるもんっ」
そう言うと、琴子は入江に唇をよせた…。
――大丈夫、何があったって、あたしは入江くんを忘れるわけがない――
たわいない、ありえない空想話。
そんなことはありえないと永遠に信じて…
二人は寄り添うように眠るのであった―――
完
あとがき
実はこのお話は、某イタキスサイトに投稿させていただいたものに、加筆修正を加えさせていただいたものです。
ちょっとした、手違いで、そちらのほうを削除してしまい(←あほ)、こっちに、載せることにしました(汗)
タイトルの「前夜」。何の前夜かはご想像にお任せしますvv