白木蓮のやくそく(お題 わかった)

 

 



 

 

刺すような寒さも和らぐようになってくるこの季節になると、一本の木と、一人の幼馴染みを思い出す。

 

出会ってきっかり10年たち、年を重ねるたびお互いに合わない回数も増えていくにもかかわらず、温るくなりだした風の匂いを嗅げば、足が自然とあの場所に向かっていくのだ。

 

白木蓮の咲くあの地に。

 

 

 

1.       10年前

 

 

「ほら、タカちゃん。早くしないと休憩時間が終わっちゃうよ」

「あのなぁ、ユウ。俺、これからドッジの約束あったんだぜ」

「ドッジボールなんて痛いし、野蛮じゃない。それより、こっちに来てってば!」

 

俺の手をつかんで離さず、ぐいぐいと引っ張るユウに、どこにこんな力があるんだと内心驚きながら、おれはユウのなすがままに引っ張られていった。

白くてとても華奢な手に、目一杯の力を込めているんだろう、そう思うと、ほんの少しだけ、こいつをいじめてみたくて、引っ張られる力に抵抗してやった。

べしゃっ!

 勢いよく、盛大にこけた。

 

「い、いたい

「うん、それ痛そうだな」

 

いっそ清清しいくらいの顔面こけに、笑いたいのを必死でこらえながらそう応えると、俺はユウが起き上がるのをまって、地面に顔をぶつけた時についた泥を払ってやった。

 

「ほんと、お前とろくさいなぁ。そんなんだと、また苛められるぞ」

「いま苛められてると思う」

 

なみだ目で睨まれて、少しやりすぎたのかと反省しつつ、話を変えた。

 

「なぁ、そろそろ昼休憩なくなるぞ、つぎ移動教室だろ。もう帰ったほうがよくないか?」

 

いまいる場所は俺たちが通う小学校の旧校舎跡だ。

戦後直後に立てられて中学校の校舎をそのまま小学校に使っていたので、ずいぶんくたびれ、数年前に運動場のほうに新校舎いる。そしてもと使ってあった校舎は平地にして運動場にする取り壊し予定地である。

その、取り壊し予定地に俺たちがいま忍び込んでいるのだ。戻るのにそんなに時間はかからなくても、誰にも見つからず戻ってくるというのは、案外難しい。

俺だって、そういったスリルや冒険のようなのは大好きだから、そういった大人たちに隠れてなにかをするのは嫌いじゃない、が、となりのこいつを連れて先生たちに見つからず急いで戻れる自身もなかかった

冒険もいいが、先生のげんこつはやっぱり受けたくないものだ。

 

「もうすぐそこだから」

 

帰ろうといった俺に、ユウはそう答えると、再び俺の手を握り先に進んだ。

可憐という、およそ普段俺の周りで使われることのないその単語を、もちろん俺だって使ったわけじゃいないが、まさにその幼馴染にぴったりの言葉だと思ったことは何度あるかわからない。

初めて会ったとき、白くて透けてるんじゃないかって思うくらいのユウの肌を見て、思いっきり、ユウの手をつねってやると、たちまち赤くなり、びっくりしたのを覚えてるくらいに、ユウはどこの誰よりも白くかわいかった。

『タカちゃんのほうがずっと綺麗だよ!』

あいつのフォローは、フォローになったためしがないんだ。かわいい綺麗はあいつにとってほめ言葉なのだろうが、俺には使うなといつも言っていた。

 

「ほら、ここだよ!」

「え、うわぁっ!?」

 

ぼんやりと考え事をしていたので、ユウの顔が目の前にアップになっていて、思わず叫んでしまった。

 

「ど、どうしたの?タカちゃん」

「な、なんでもねぇ」

 

顔が火照るのを自覚しながら、ばれない様にうつむくと、短く刈り込まれた俺の髪をユウが引っ張った。

 

「もう!上を見てってば!!」

「わっ、ばかっ。止めろって、見る、見るからさ」

 

拳ひとつ分の身長差のある俺の顔にユウが手を伸ばしかけたので、俺はそれ以上どきどきしているのがばれない様に、ユウの言われるとおり、上を見上げた。

 

そして、見た。

あの白木蓮の空を。

 

杉のような立派な大木でもなく、桜のような艶やかなことは一つとしてない白木蓮が一本、そこに、静かに、滔々とそこに根ざしていた。

 

「ね、綺麗な花でしょ」

うん」

 

佇むその木に、俺は見惚れていた。

真っ青な空に透けるような白い花弁がとても綺麗で、ほんの少しだけ、見惚れていたのだ。

 

「この間、この花ね、調べてみたの。ハクモクレンって名前の花なんだって」

 

ハクモクレン、と俺は忘れないように、心の中でユウの言葉を復唱した。

近に触れてみたくて、手を伸ばしてみたが、小学生の俺が届く高さではなく、上ろうにもその木はあまりに細くて上ることが出来なかった。

 

「なんか、この木、お前みたいだな」

 

ボソとつぶやいた俺の言葉に、ユウはでかい瞳をさらにでかくして、俺を見ると、クスクス笑い出した。

 

「違うよ、タカちゃん。この木はね、私たちだよ」

 

そう言うと、ユウは俺から一歩はなれて、肩まである髪を揺らして、透けるような笑みを俺に向けた。

 

「この木の花言葉はね、『ずっと続く友情』なんだって。ね、タカちゃん。私たちがもしもね、離れ離れになってもね、毎年必ずここでお花見しよう、ね、そうしようよ。2人だけの秘密のお花見よ」

「ユウ?どうしたんだよ突然」

 

ずっと友達。そういわれて、心なしか少しだけその言葉が、ぐさりと突き刺さったが、いつもより真剣に話すユウの言葉に、俺は不安になった。

 

「それに、花見って、普通桜だろ?確かにこの花も綺麗だけど、桜じゃダメなのかよ?」

「ダメなの、ここで毎年、今日にするの」

 

絶対に譲らない、という目で俺を見るユウに、俺はユウの説得を諦めた。

こいつは、コレと決めたことは絶対に曲げないんだ。

長年の付き合いか、しかなないなぁ。という俺の顔を見て悟ったユウは、顔をほころばせると、駄目押しのように、俺にニコリと微笑んできた。

 

「ね、約束よ」

 

その言葉に、あがらいたい気持ちもあったが、ユウのうれしそうな顔を見ては意地もなんもなく、反射的に俺は答えを返していた。

 

 

うん、わかった」

 

 

 

2.10年前の翌日

 

 

 

そして、ユウは今日、隣の市に転校した。

俺は、あの白木蓮の場所で泣いた。


 

 

 

3.今

 

 

「よっと!」

 

カシャン、とフェンスを俺はよじ登ると、かつて通っていた小学校に潜入した。

みごとに着地成功!と思ったら、足がふらりとふら付いた。

 

「おわっとと、あぶね、俺も年かなぁ」

 

今年で21歳の俺としては、それは悲しすぎた。最近運動なんてろくにしてないかからなぁ、ドッジボールを最後にしたのはいつだっただろう?

よろけたときに、掠ったズボンの裾の泥を払うと、俺はあたりを見渡して、空を見上げた。

 

「よっ、相変わらず元気そうでよかったよ」

 

空一面に広がった10年前と同じ、変わらない白木蓮に俺は挨拶をした。

変わらないのは、あの木だけではない。

運動場の予定地だった旧校舎も、昔のまま残されていた。理由は知らないが、大人の事情らしい。旧校舎も、木も、昔のままそこに根付いていた。

 

「毎年毎年、俺もよくやるよな、こんなところまで来てはぁ、ほんと何やってんだか」

「遅刻して、ため息つくより、他に何か言うことがあるんじゃないの?」

 

腰に手を当て、白木蓮の根元に、やはり10年前のように、いやそれよりも綺麗になったユウが憤懣をあらわにして、俺をにらんだ。

 

「久しぶりね、タカちゃん」

 

「おう、3日ぶりか」

 

3日と9時間ぶりのユウの姿に俺は手を振りながら、ユウの嫌味を聞き流した。

 

 

4.今より5分後

 

 

「もうっ、あんな危ないことやめてって、言ってるのに」

「だって、あれが近道なんだよ、近道があるのに、わざわざ使わない理由があるか?」

「あるわよ、フェンスは上らせないためにあるのよ、フェンスにも理由があるから、タカちゃんが、その理由を妨害していい理由は無し」

「なんだそりゃ」

 

真っ青なビニールシートを広げ、ガツガツとユウの作ってきた弁当を食べて、ユウのいつもの説教を聴く俺。

 

「もう、まだまだおかずは有るから、ちゃんとよく噛んで食べてよ」

「はいはい」

 

ユウがため息つくのが聞こえたが、俺は聞こえなかったふりをした。

 

「ユウ、今日仕事あったんじゃないのか?」

「ん、休んだわよ。今日は特別だもの、それに、お父さんもたまには一人で仕事してもらわないとね」

 

10年前、一念発起したユウの父親は、会社を立ち上げ、地元の市ではちょっとした成功を収めていた。その秘書としてユウはいま働いている。

 

「タカちゃんのほうこそ、店長さん、いま腰悪くしてるんでしょう?出てきて大丈夫だったの?」

ああ、そうなんだよな、だから今日もこれない筈だったんだけど、なんでか休んでいいって言われた」

「へぇ、そうなんだ、不思議だね」

 

ニコリと笑った。笑うと、幼い顔のユウがさらに幼く見えた。

まぁ、俺の身の上なんアレだが、結局俺は10年前のことがきっかけで、フラワーアレンジメントの専門学校を出て、地元の花屋で働いている。地元の仲間には散々似合わないと言われたが、ユウはすごくうれしそうに応援してくれた

 

「でも、もう10年かぁ、2人とも全然変わらないのね」

ユウは、綺麗になったよ」

 

しみじみつぶやくユウに、俺は弁当を必死に食うフリをしながら、言った。

すると、でこピンされた。

 

って!何すんだよ」

 

いきなりでこピンされて、俺は弁当を落として、額を押さえた。

すると、頬を膨らませたユウがいて

 

「ほんと、タカちゃんは変わらなすぎよ。私はユウちゃんに言われても、全然嬉しくないんだから」

「じゃあ、どう言えと」

「『カッコいい』」

「いや、無理無理。ぜったい無理」

 

ユウの要望に、即答した。

 

「ずるいわよっ、私はいっつもタカちゃんに『綺麗』って言ってるのに」

「だから、何度も言ってるが、俺もそれ、全然嬉しくない。それに、お前他の男どもに言われていつも嬉しそうじゃんか」

「タカちゃんには言われたくないし、それに他の男とタカちゃんがどうして一緒になるのよ」

 

段々、気持ちが高ぶってきたらしい、ああ、こうなると俺がうなずくまでユウは気を直さないだろう。まったくこれだから

 

これだから、のヒステリーは

 

「タカちゃんは女の子なんだからっ!!綺麗なんて私に言わなくていいのっ!」

 

タイトなミニスカートを履いた格好で俺に覆いかぶさるような勢いで怒鳴り込む、ユウの形相に、俺は言いかけた言葉を飲み込んで、頬を引きつらせた。

そして、ユウに懇願するように

 

「わかった、言わない、言わないからっ、お願いだっ顔を近づけないでくれっ!」

 

どれほど真っ赤になってるか分からない俺の顔は、ユウの表情を見れば分かりたくなくても、手に取るように分かった。

嬉しそうなユウの顔は、勝者のそれの顔だった。

 

「うん、分かればよろしい」

 

満面の笑顔で、ユウは俺の額にキスをする。

 

「ゆ、ユウ!」

「だって、あんまりタカちゃん可愛いんだもの」

「今度そんなことしたら、もう家に泊めないぞ」

……ごめんなさい、もうしません」

 

しおらしい顔で俺から離れたユウ。ちょっとだけ寂しかったような気もしたが、この二枚舌の友人には、いくら言っても言い過ぎということは無かった。

 

それから、10年間恒例の昔話にも花がさいて、それも終盤にかかったころ。ユウのもってきた保温ビンのあったかい緑茶をすすりながら、俺たちふたりは結局いつもの結論にたどり着いていた。

 

「やっぱりお互い、あの頃と変わってないね」

「変われって、感じだけどな特にユウ」

「それはタカちゃんでしょ、男言葉そろそろ卒業したらどうなの?」

「それこそ、お前もだろ」

「あら、コレは今の仕事にすごっく役立ってるからいいの。それにこの姿だと、男の人が勝手にプレゼントくれるのよ、止められないわ」

「俺もお陰さまで女の子にモテモテだよ」

浮気しないでね」

おまえこそ」

 

そこまで言って、お互い見合すと。はっ笑って。

 

「そんなのありえないし」

「そんなのありえないわよ」

 

と応えた。いつものやり取りである。

そのやり取りに参加するように、白木蓮の花弁が一片ふわりと、俺たちのところに降って来た。

 

「お、今日の主役が何か言ってるぞ」

「きっと、もういい加減にしなさいって言ってるのよ」

 

クスクスと笑いながら俺たちは勝手に花の言葉を考えている。

空に咲く白木蓮はまるで雲のようだった。

 

10年は、流れればあっという間で

俺たちは確かに変わらないと、そううなずきあったが、きっと変わらないことなんて無いのだと思った。

空は青く、白木蓮はいつものように咲き誇っていたが、その空も花も決して10年前と同じということは決して無いんだと。

ユウも俺も、昔のままでいられるわけではないし、今も少ずつ変わっていて、『ずっと続く友情』は、俺とユウがいま必死で守っている何かの一つのように感じられてきた。感じることこそ、もうすでにそれが変化なのだろう。

 

傍らのユウをみて、来年、こうして2人で空を見上げれればどんなにいいか、俺は白木蓮に、いつものように願掛けをした。

 

「来年、また来ようね」

 

俺の感情を読み取るように、ユウが言った。

俺は、考えがばれたのかと、てれくさそうに俯くそぶりでうなずくと

 

「わかった」

 

と、笑った。

 

 

見えない変化の、変わらない俺たち。

矛盾に満ちた言葉だが、俺はきっと来年もユウとともにいるんだろう。

 

 

それは、きっと俺が願い続けて、ユウも願い続けていれば、きっと変わらないんだ。

 

 

 

 

 

完 

BGM(ありふれた人生・スピッツ)

 

 

 

 

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