灯火







初めにそれをなんと表せばよかったのか。






「琴子ちゃんも来ればよかったのにねぇ」

どこまでも高い天井に輝くシャンデリア、華やかなスーツやドレスでにこやかに語らう人々。
ホテルで行われている親父の会社主催のクリスマスパーティに感嘆し、お袋はそう言って、ちらりとこちらを恨めしげに、一瞬だけ見た。

俺はそんなお袋の視線を無視して、パンダイの上役に声をかけられ挨拶をする。


(俺だって好きでここにいるわけじゃないんだ)


自分が作ったおもちゃが爆発的に売れたせいで、こんな所まで担ぎ上げられて、退屈きわまりない会話を強いられている。


もしこんな事が無ければ俺だって…。


そう思って首を少しひねる。

俺はどうしていただろう。

先輩の強引な誘いで部活のクリスマスに参加していただろうか、それとも松本の誘いに応じていただろうか、いや、そもそもくだらない行事に参加しようとなんて思わなかっただろうか、


それとも…


そこで何故か、琴子の姿を思い出した。
女友達とのパーティだと言って、華やかなドレスをまとって、顔に俺と一緒に行きたかったという気持ちを隠しもせずに口惜しそうに俺たちを見送っていた。


ま、それでも友情を選ぶあいつが、あいつらしいと言えばあいつらしい。


クスリと漏れた笑みに、話し込んでいた上役が「おや」と声をだす。


「どうかしたかね、入江くん」

「ああ、いえ…」


漏れた笑みを隠し、適当に言いつくろうと、その場を離れた。

俺は、人の輪を離れ、パーティのホール会場を、壁際からぼんやりと眺める。
様々な光が満ちているホール、天井に届きそうなほどのツリー、窓には地上のイルミネーションがキラキラとし、華やいだ色とりどりのドレスと笑顔でかわされている、男女の声。

心躍るだろうその場所で、俺はどうしても気鬱な気持ちしかわいてこなかった。
まるで明かりのない部屋にただ一人でそこにいるような、そんな気さえした。


「あいつ今頃何してんだろうな」


たった今、それこそ現在進行形で一人きりであろう琴子のことを思いだした。


馬鹿な奴。


女の友情だ何だと言っておいて、結局一人じゃないか。

俺は、ホテルで見かけた琴子とパーティをするはずだった女友達の姿を思い出して、ため息をつく。
俺等が出発する前にも友達からのキャンセルの電話があった。3人でするはずのパーティに、結局琴子だけが、残されている。


(ほんとに馬鹿な奴)


どうせ今頃俺等を追っかけようとして、場所が分からず、すごすごと一人でクリスマスを過ごしているに違いない。


「…ったく」


その姿を想像すると、勝手に足が前に進んでいた。





2.





「い、入江くんっ!?」



家でチビとクリスマスを過ごす琴子が扉に佇む俺を見て驚きの声を上げた。
予想通りの反応に内心ほくそ笑みながらきつく締めていたタイを緩める。緩めた途端なぜか肩から力が抜けていくのが感じられた。

それはここが自宅だからだろうか、それとも…


「じーさんたちに挨拶ばっかりさせられたから逃げ出したんだ」


なぜここにいるのかと、目を白黒させる琴子に理由を話す。

これは本当のことだ。

実際、世辞ばかり話とさりげなく進められる自分たちの娘の話に辟易していたのは事実だ。


「そ、そうなんだ」


頷きながら、頬を緩める琴子の顔がちらりと見えた。


(まただ…)


何でもない、ただ琴子の緩み切った情けない顔を見て、何か胸の中にくすぶるものを感じた。
内心のその不可解さを誤魔化しながら、チビに与えたようにみせたチキンと玄関のケーキを渡すと、嬉々としてそれを切り分けていく琴子。


「俺の大きく切るなよ」

「サンタさんのところあげるね」



嬉しそうに、それはとても嬉しそうに。



ここはさっきまで俺がいた華やかさも無ければ上等な料理もシャンパンもない。

俺がただ道端で買ってきた、チキンと、少しだけ割引になったケーキ。あとはジュースだけだ。

なのに、琴子との顔はさっきまで俺が会ってきた連中よりよほど楽しそうに俺に語りかけてくる。


(ああ、まただ)


ぼうとした何かが、胸の中にあるのを感じる。

ずっと、あのホテルを出てから、チキンを買うときも、ケーキに目が移った時も…

これを持って帰ってやったら琴子はどんな顔をするのだろうか、そんなことを思った時にもずっと燻っていたものだった。


「おいしーね、入江くん」


ケーキを頬張りながらこちらに言う琴子。


「生クリーム…ついてるぞ」


俺の指摘に慌てたように頬に付いたそれを拭い取る。

そんな琴子に呆れながら、自分もケーキをフォークに突き刺す。


ふと、目に琴子が灯していた蝋燭が、目に入った。


ゆらゆらと不安定に、ぼんやりと、それでいて暖かそうな火は、なぜか燻り続けている俺のそれと重なって見えて、目をそらした。


そして、笑って俺に話しかける琴子と、そんな穏やかに揺蕩う時間と灯火を、なぜか消さないように大事に大事に守ろうとしている自分に、目をそらしたままの俺はまだ気づかなかった。





見えないそれを、壊さないように、消してしまわないようにと。














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