一握の願いSS

     -七夕-





 それはまだ、その街に着いて初日の頃だった。



「知ってるか、ピーコック」

 自慢げにふふんと笑う少女をみつめて、ピーコックと呼ばれた少年は振り返った。

「なにを…ていうか、それなんだよ?」
「ふふふ、聞き返すということは、やっぱり知らないな。コレは、笹だ!」
 
 ばっさぁ!バッター振りかぶったー。といいそうになるほど勢いよく笹を振り回した少女。

「笹くらい知ってるよ、で、それが」

 あっさり流す、少年。

「知らんだろ、知らんなら、知らんと言えばいいのに」
「いや、だから…」
「これは、笹だ!」
「………」

 言い返すのは諦めた。なんだか妙にハイテンションすぎて、どうしていいのか途方にくれた。

「もしかして、もう酔ってる?今、昼前だぞ」
「馬鹿なこと言うな、私のどこが酔ってる」
「その言動全部だよ」

 酒好きの少女に、うんざりしながら少年は律儀に応えた。

「あのなぁ、俺らこれから宿探しなの分かってる?どこで貰ったかしんないけど、そんな笹かついでとめてくれるとこなんて無いから、早くすててこいよ」
「捨てる!?なに考えてるんだ、ピー!こんな便利アイテム捨てるなんて、どうかしてるぞ、ピー!」
「略すなっ!そして名前を連呼するなっ!何でこんなのが便利なんだよ」

 そう言った少年は、はたと気づいた。しまった、何で聞き返したんだ、俺。
 そう思ったときは、もう遅い。
 我が意得たりと、笑う少女が、少年の目の前に来ていた。

「これはな、魔法使い、お前だ」

 そして、けらけらと笑い出し。

「なんとこの『笹』と言うものは、特別な日に、つまり今日、なんでも願いを叶えてくれるという、超奇跡を起こすすごい代物なんだぞ」
「…ふーん」
「なんだ、その反応は。しかもこの笹はなんと無報酬!無償!どこかの陰険魔法使いと違って、命なんて不敬なものをとることもしないしな」
「……ふーん、じゃ、叶えてもらえば?」
「した。この、笹の葉に紙に書いた願い事を書いて吊るせばいいと言われたので、もう書いて吊るした」

 よく見れば、笹のなかに一つ白い紙が引っかかってた。
 それを摘み上げる少年。

「ああっ、こら、見るな!」

 あわてた少女に余計に見たくなる好奇心が出て、それを見ると。
 
『酒』

「願い事か?」
「こら、見るなと言っただろ。何てことだ、人の願い事は見たらだめなんだぞ」

 まったく、とむくれながら少女は紙と筆を差し出した。
 そして、差し出された紙切れに首をかしげる少年。

「なんだよ」
「書け。書いて晒せ」
「むちゃくちゃを言うなよ、しかも強制かよ」
「願い事でもいいぞ」
 
 にやりと笑う少女に、ひるんだのは少年。

「ない、書くことなんてない、第一こんなの嘘っぱちに決まってるだろ」
「ピーコックは嘘つきだな。知ってたけど、ま、いいさ」

 そう言って、少女は少年から離れた。

「あ、おい。どこ行くんだ、いやそれより、これどうすんだよ」

 離れていく少女に笹と紙と筆を押し付けられた少年が叫ぶ、

「宿、探してくる。その間に、願い事かいて、そこの橋から投げてくれ、笹は願い事を書いたら川に流すそうだからな」

 遠ざかった少女。それを見送って、頭をかきむしった。

「なんだよ、願い事って。んなもん…」

 無いわけはない、のだが、大体自分は叶えるほうで、叶えてもらったことなどない。

「……くそう」

 なんだか、見透かされているようで、少しだけ口惜しかった。
 そして、口惜しさ紛れに彼女の願い事の札を再びつまみあげた。
 でっかく一言書かれた『酒』と言う一文字を見て、

「ったく、なんだよな。酒くらい俺に言えばいーじゃないか。大体あいつ、いつだって酒、酒…」

 と、そこまで言って、摘み上げた裏に、小さい文字が見えたのに気づいた。

「あ…」

 そして、見てしまった。

「…ばっかじゃないか」

 言えばいいのに。そんなこと。
 小さく書かれたその願い事に、思わず顔が赤くなってないか、と自分で顔を抑える。

『ずっと、一緒にいられるように』

 一言書かれたその文字に、こそばゆいものを感じながら。

「ま、当分は俺もおんなじ願い事でいいか」

 そう言って、高く高く、笹を飛ばすと、笹は空に円を描いて川に落下していった。
 バシャン、と小気味よく落ちた笹を眺める。すると…


「あーーーーっ!!俺んちの笹ーーっ」


遠くからつんざくような、男のだみ声。

「てめぇか、俺の店から笹かっぱらった奴は!ああっ!?」

「はあぁっ!?」

 目を白黒させる、少年にかまわず男は胸倉をつかみ上げ。

「すっとぼけるのもいい加減にしやがれ!いいから来いっ!弁償させたる」
 
 そう言って、呆然とした少年を引きずっていく。
 しばらく引きづられていた、茫然自失の少年は、それから漸く我に返ると。


「あんの女…っ、おい、親父はなせっ!ちょっと笹を取り戻してくる、もう一度最初からやり直しだーっ!」


 と、叫んだ。










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