白木蓮のやくそく
―メイド服の攻防―
コンビニで適当な惣菜を買って、仕事場から家に帰るとしよう。
だれが、想像できる?
「あ、タカちゃん、お帰りー」
「ゆ、ユウっ!!?」
メイド姿の幼馴染が、俺の帰りを待っていたなんて―――。
1.
「お、おま…っ、なんて格好してんだ!」
「ふふふ、びっくりした?びっくりした??」
「するわっ!心臓止まるかと思ったぞ」
「やったぁ、大成功!」
喜ぶなよ、全然喜ぶところと違うだろ。
今の衝撃で、夕飯を地面にぶちまけてしまい、俺は恨めしそうにユウをにらんだ。
「俺の夕飯…、せっかく買ってきたのに、どうしてくれんだ」
すると、ユウの方も俺をにらんできた。そんな顔も可愛いのはちょっと反則のような気がする。
「また、そんなの買ってきて、いつも言ってるでしょ。ちゃんと栄養バランスを考えて料理を作ってね、って」
そう文句をいうユウの後ろから、いい匂いが漂ってきた。
「グラタン?」
「相変わらず、いい鼻してるんだから」
フワフワのレースのついた紺のメイド服に腰をあてて、ユウは肩をすくめた。
「ちょうど、出来たところよ。一緒に食べましょう」
そう言って、俺の肩から、かばんを取りあえげると、かわいらしく笑って
「夕飯の準備はできあがっております、どうぞお召し上がりくださいませ、ご主人さま」
くらり…
世界が反転するような、強烈なめまいに襲われた。
ああ、またユウのいつもの悪い癖がでていやがる。
そんな俺に気づいているにもかかわらず、呆然としている俺を引き込んで、ユウは楽しそうに夕飯を俺の前に用意するのだった。
2.
「で、その服どうしたんだよ」
夕飯も済んで、俺はせめて夕飯の礼の替わりにと、デザートのクレープを焼いている途中、ついに堪えきれずに聞いた。
「まさか、自分で…」
「まさかっ!仕事で会った取引先の人に貰ったの。…いい趣味してるわよね」
「そんな変態、二度と会うな」
ユウはかわいらしい容姿だが、れっきとした男だ。
両親の都合で小さいときから女の子として育てられてきて、言葉遣いも、服装も女ぽくあるが、完全無欠に男である。
「ん、仕事の契約も完了したし、それに約束の物も貰ったから、もう二度と会わないと思うわ」
「約束のもの?」
「うん」
ジュッ、とクレープ生地を焼き終えて、糖蜜とオレンジを絞ったソースで生地を煮はじめた時、ユウが俺の傍によってきたのに気づいた。
馬鹿でかい、箱をもって。
「ユウ?デザートならもうじきできるから、そっちで座ってろよ」
薄らいやな予感を感じながら、袋小路の気分を味わっていた。
一人暮らしのキッチンほど狭いものはない。
小さい、といっても俺から見ればの話で、身長170近くあるユウが入り口を塞げば、そこから逃げ出すこともできない。
「ユウ?聞きたくないが、聞かせてくれ。その箱、なんだ?」
ぷちぷち、と煮立ってきたクレープと、柑橘系の甘ったるい匂いが漂ったそこで
ユウは楽しそうに、俺の淡い期待を見事に裏切ってきた。
「あ、これ?これはね、タカちゃん用に作らせたメイド服よ」
ぶちぶちぶち…
煮立ったクレープは見事に煮立ちすぎて、真っ黒になっていた。
3.
「いやだっ!死んでも着るか、んなもん!」
「えーーっ、せっかく頼み込んで作ってもらったのよ?」
「作るなーーっ!つか、作らせるなーーっ!」
キッチンから必死の思い出逃げ出した俺に、ユウはそれを広げて俺に見せた。
でかい、まさに俺用に作らせたのだろう。
身長が180少しある俺の体にまさにあつらえたようなサイズのメイド服だった。
「あ、安心して、ちゃんとスリーサイズも合わせてるから」
「お前、いつ人のサイズを測ったんだーーっ!?」
幼馴染の奇行(まさに奇行)に俺は全身全霊で突っ込んだ。
ここで、訂正を入れておこう。
俺という一人称を使っている俺は、一応性別は女である。
タッパのある身長と、つり目気味の顔の俺を、見てくれで一発で見抜いたのは、こいつの父親と、こいつ、ユウだけだ。
なので、俺がヒラヒラフワフワのメイド服を着るのは性別的に問題は無いのかもしれないが…
「問題はお前だーーっ!」
メイド服で、メイド服を着ろと迫るユウ(※男)から、すでに腰が抜けた俺が、じりじりと座ったまま、後ずさりをしながら怒鳴った。
「んな格好、俺に似合うわけ無いだろ。というか、そんなの俺に着せて何させたいんだ!?」
「ばかね、タカちゃんったら」
俺の怒声に臆することなく、ユウは俺の傍まで近づいてくると。
「メイド服は、男の夢でしょ?」
「んな格好で、男の夢を語るなーーっ!!」
しかもそれは一部の方々の夢だろう。
すでに、涙目の俺が全身全霊で否定していると、ユウが残念そうにしょんぼりとして
「絶対…だめ?」
一転してしおらしく、俺のひざの上でちょこんと座って、聞いてきた。
「ダメ」
即答する俺。
「どうしても?」
「…ユウ、そういう攻撃は卑怯だ」
上目づかいで、でかい瞳を潤ませて聞いてくるユウ。俺がそれに弱いのを知ってる上でやってきているから性質が悪い。幼馴染も時には厄介すぎる。
ユウのためなら何だってやる。それはもう昔からずっと思ってきたことだし、今だってそう思っている。
だけどそれとコレとは話しが別だと思わないか?
「ね、ほんのちょこっとでいいんだけどな」
「……う」
「そうしたら、もう二度とタカちゃんの嫌がるようなことしないわ、約束するから」
「……ううぅ」
「ダメ…かなぁ?」
吐息のように、ユウが俺にささやいてくる。
髪から洗い立てのようなシャンプーのいい香りと、クルリと巻いた亜麻色の髪が俺の頬を撫ぜて、俺にろくな思考をするなと訴えてきている。
「ね、タカちゃん?」
「あ…」
無意識に、うなずきかける俺。
しかし、その時下を向いた俺の目の端に入ったのはあのメイド服。
「……っ!ぜ、絶対に着ねーーーっ!!」
正気に戻ったその頭で、必死にユウを離すと。
俺は、俺のマンションだと言うのに、そこから飛び出した。
4.
「あ、あぶなかった…」
側の公園で、息も切れ切れ、全速力で逃げてきた俺は、盛大なため息をついたのだった。
「…あーあ、もう一歩だったのに」
部屋に取り残された青年は、残念そうに持っていたメイド服を投げ出して、自分もそれを脱ぎ捨てると、持ってきていたジーンズとトレーナーに着替えた。
「さーて、タカちゃんが帰ってくるまでに、あのこげたフライパンを洗っちゃわないとね」
もうじき、帰ってくる彼女のために、彼はかちゃかちゃと彼女が洗うはずの食器たちを綺麗に片付けていった。
「まったく、人の気なんて全然知らないんだから。たまにいじめてあげないと、自分が女だって気づいてないんじゃないかって思うわよ」
本人が聞けば余計なお世話だ、といわんばかりの青年の言葉は、恐る恐る鳴らされた玄関のチャイム音にかき消された。
完