苦い意味






振り返れば、琴子を好きだと意識したのは、高校の卒業式かもしれない。
だけど、それに気づいたのは、もっとずっと後だった。


バタンッ!


「馬鹿だ、俺は…」

俺は勢いよく閉ざした部屋で、苦々しく独白を投げつけた。

裕樹に俺が好きなのは琴子なのだと問われたときも、
ああ、清里の件で裕樹は勘違いしているのだと思いこみ。

琴子が誰かとデートしていると聞かされたときも、
散々人の邪魔ばかりしていた琴子が、とっとと新しい相手を見つけたことに腹が立ったのだと決めつけた。

だから、琴子が夜中に帰ってきたとき、風呂から上がった俺が意地の悪い言葉を吐いても、それは当然だと思って…


『あっつ…っ』
『琴子!』

馬鹿な琴子が自分の足にお湯を引っかけた瞬間、意地も何も考えないまま抱き上げて風呂場までつれて行った。
幸い、やけどはそれほどたいしたことにはならなかったが、俺は琴子の馬鹿さ加減を罵った。
ほんとに、あいつは馬鹿で、どうしようもない馬鹿で、救いようのない…


「馬鹿は、俺か」


まさか、こんなことで、気づかされるなんて思いもよらなかった。


誰かの思い通りにならない、己の理性で選んだ道を進む。
そう思って、ずっとふさぎ続けてきた想いは、頑なに、確かに封がされていたのに。

それが、こんな土壇場で解けるなんて、思いもよらない。
だけど、気づいたときはもう遅すぎて、本当に自分は馬鹿なんじゃないかと疑う。

「…これじゃあ、琴子のこと言えねーな」

どうせ…と、自重のように笑いながら息を吐いた。

どうせ、今まで気づかなかった想いだ。
いっそ最期まで、気づかなければ良かったのだ。

琴子の泣き顔や、苦しむ顔を見て感じたどうしようもない焦燥が、どういう意味だなんて気づくことなく、ただ苦しいだけでいれば良かったのだ。


どのみち、気づいたところで、もうどうしてやることも出来ないのだから。


俺は睨み付けていた床から、視線をベッドに向けると、琴子の足を冷やすために、すっかり濡れてしまった上着を投げ捨て、何もかも放り投げるように、そこに倒れ込んだ。

会社の事と、いろんな事で疲れきった体に睡魔が襲う。
考えなければならないことは数え切れないほどあったが、今はなにも考えたくなかった。

明日には、沙穂子さんが大泉会長とともに家に来る。
もうどの道にも引き返す事なんてできないのだ。


どうか…と、俺はどこか祈る気持ちで睡魔に身を任せた。



どうか、


あのとき抱き上げた俺の腕が震えていたことに、琴子が気づくことがないように。










あとがき

久しぶりに書いたイタキスSS。
ほぼリハビリ気分で書いてましたが…入江くん暗い(いや、状況の場面が場面なだけに一層くらい)
リハビリなので、イメージ思い起こすために書いたマイイメージ入江くん箇条書き。


・負けず嫌い(なのですぐに挑発にのるし、一番を意外と譲らない)
・マインドコントロールしすぎて自分のことに相当鈍い(特に21巻巻末)
・割と本能のまま行動してる(なんだかんだで後で理由付け)
・むっ●り(お約束)


………だんだん入江くんが可哀想になってきた(笑)
こんなSSですが、ここまで読んでくださり、ほんとうにありがとうございました。







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