Lv.3 |
――これは、よくあるRPGゲームの、とあるパーティの話である―― 1. 「な、なんでだ…」 ボソリ…そう呟いたのは剣士である。 「なにがぁ?」 気の抜けた声で返したのは、武道家であった。 あまりの気の抜けた返しに、剣士は拳を震わせ、武道家の胸倉をつかむと 「『な・に・が』だとっ!?お前気づかないのかっ」 「ちっとも」 「気づいてくれ、たのむからっ!…とにかく、俺たちのステータスを見ろっ!」 そう言って、自分達のステータスを表示する剣士。 怒りをあらわに、武道家にその画面を突きつけた…が。 「だから、これがどうしたの?」 「…そーか、お前の『知力』が1だっての忘れてたよ…いーか、よく聞いてくれ、俺たちは今どこにいる?」 「森の中」 これには即答した武道家に、少しはホッとすると。 「そーだ、森の中だよな。しかも、魔物と罠が腐るほど出てくる、巷の村人に『魔の森』と呼ばれる危険な森の中に、だ」 そう、一息にいって、間をおくと剣士は武道家に尋ねる。 「俺たちは今、どの位この森にいる?」 「んーと」今度は即答とはいかず、武道家は指で日にちを数えてると 「1週間だ」 間に割って入った人間は、同じパーティの賢者であった。 今までひたすら、剣士と武道家の会話を聞いていた賢者であったが、あまりの話の進展のなさについに我慢できなくなり、口を開いた。 「その間、倒したモンスターの数は雑魚が72匹、中ボスクラスが11匹」 まさか数えて… と、賢者に正確なモンスターを撃退した数を告げられ、一瞬ばかり戦慄した剣士だったが、その言葉に促されるように武道家を見る。 すると武道家は、はぁー、と感心した声をあげると。 「あと17匹で100匹なんだぁ」 「注目するところはそこじゃねーーーっ!!!」 こんな時だけ、足し算・引き算の結果を即答する武道家に、滂沱の涙を流すのだった。 2. 「レベルが上がってない」 淡々と言ってのけたのは、賢者である。 賢者は、再び剣士が閉じたステータスを開いた。 そして、自身が持っていた杖を、経験地の欄に持っていくと、そこにはかなりの数字の桁あった。 「??」 未だ分からず、武道家は首をひねらせると、今度はその杖を徐々にレベルの欄に持っていき… 「あっ!」 ようやく気づいた武道家と、沈痛な面持ちな剣士が同時に声を出した。 「「レベルが3のままだ…」」 そう呟いた二人に、賢者はため息をついてから、パタリとステータスを閉じたのだった。 3. 「なんか、途中からおかしいとは思ってたんだよな」 森の中の木陰に休みがてら、パーティ3人での話し合いになった。 「なにがぁ?」 「だから、レベルだよっ!経験値はしこたま溜まってるのに、レベルがちっとも上がらないのはおかしいだろっ」 バキリッ。剣士は、あぶってあった干肉を歯で噛み切ると、武道家に残った干肉を投げてよこす。 それをくわえて、弄ぶ武道家。ちなみに、賢者は菜食主義なので、レタスをかじっている。 「ったく、だいたい一週間も戦闘に明け暮れてたってのに、レベルが一度も上がらないってどういうことだ?しかも、俺たちはまだレベル3だぜ?99ならいざ知らず、一個も上がらないってことは無いだろ」 「いやぁ、でも、そーいう事もあるんじゃ…」 「あってたまるかっ!それじゃ、なにか?俺らが一週間も缶詰で戦ってもレベル上がらないってのは、よくある事だってのか?それとも、ここの雑魚が極端に弱すぎるだけなのか?」 「…一応言っておくが、ここの森の平均クリアレベルは20になっている」 補足説明ありがとう。とりあえず、賢者のその言葉どおり、最初は死ぬほどきつかった事を剣士は思い出した。 死ぬほどきつかったし、実際マジで死にかけたこともある。何度この森を引き返そうかとも思ったこともあった。 しかし、今は一撃で雑魚レベルなら倒せるほどにまで成長し、ここのボスのお宝も入手済み。 なのに、なのに… 「レベルが上がってないってどういうことなんだーーっ!?」 「いいんでない?」 絶叫する、剣士にのほほんと武道家は答えた。 「別に、弱いままじゃないんだし、レベルを気にすることなんて無いじゃん」 「あほーっ、いくら強くなったって、レベルが弱いとHPもMPもあがらねーだろっ!俺たちは、まだもともとHPあるからいいとして、賢者なんか見てみろっ!MPがすくねー賢者がどこにいるっ!?」 「おい」 とりあえず抗議の声をかける賢者を見事に無視し、剣士は怒り狂っていた。 「しかも、レベルがあがらね―から、技も魔法も新しいの覚えらんねーし、賢者なんて、今でもばんそうこうしか要らないような傷を治したり、焚き火の火くらいの魔法しか使ねーんだぞ、まるっきり役立たずじゃねーか」 「おい」 「なんだよっ」 今度は無視せず、賢者のほうを見る剣士、賢者は杖を剣士の方に向けると 「俺は威力のある魔法も覚えてるぞ」 「……え?」 剣士は突然拍子抜け、思わず聞き返した。 「ただし、最大MPよりもMPを消費するから使えんだけだ」 「意味ね――っ!!」 やっぱり剣士は絶叫するしかなかった。 4. 「しかし、これは重要なことだ」 「「なにが?」」 考え深げに話す賢者に、不信そうに顔を向ける二人。 「たとえば、魔法についてだ。レベルも上がっていないのに、その最大MP以上の魔法を取得している。…こんな矛盾があっていいのだろうか」 「?」 「どういうことだ?」 尋ねる剣士を横目で見ると。賢者は更に続けた 「ほかにも、ステータス自体は変わらないのに、俺たちは間違いなく、力、すばやさ、魔力等のの能力自体は上がっている。…どうしてだ?」 「あっ!!」 剣士は、とっさにパーティのステータスを開いた。たしかに、賢者の言うとおりステータスの能力値はレベル3で、この森に入ったときの数値を示している。 しかし、剣士たちは、はじめ苦戦していたこの森の敵たちを、今では余裕にあしらうことが出来るようになっている。ステータスが変わらないのに、自分達が強くなっている…明らかな矛盾だった。 「しかし、だからといって、HPやMPは増えていることがない…。これが、噂で聞くあれだとしたら…」 「噂って、そんなのあったの?」 「ああ」 賢者は、武道家に短く返答すると自分の真正面にある森を睨みつけるように、こう答えた。 「バグだ」 5. 「バグ?バグって何?」 「詳しくは俺も知らん。だが、あるものが無く、無いものがある。そう言った矛盾を総じて“バグ”と呼ぶらしい」 「ソレって、元に戻せるのか?」 「確か、“ナビゲーター”という奴がいて、バグを“修正”している。とか言っていたな」 「はぁ?何だソレ?」 「だから、俺も詳しくは知らない、と言っただろう。村で聞いた噂だ」 「そんな噂、いつの間に収集したんだよ」 「つい最近の村だ。しきりに『バグには気をつけろ』と通りすがりの村人Aに言われたので、しっかりと覚えていた」 よっぽど彼はバグにつらい思い出があったのだろう。うむうむと、一人うなずく賢者。 「まぁ、よく分からんが、分かった。…つまり、ナビゲーターを見つけなきゃダメなんだろ?どうすりゃいいんだ」 「ソレが分かれば、苦労はない」 それを聞いた剣士は長いため息をついた。 「…結局、どうにもならないってことか」 し…ん、一気に静まり返り、一気に周りの空気も下がった気がした。 唯一人、空気のよめない男が、のほほんと口を開く。 「呼んでみよっか?」 「「あ?」」 初めて、賢者と剣士の声がハモった。 能天気男の武道家は、口に残った干し肉を食べ切ると、指を空に指し。 「あんがい呼べば、来てくれるかも」 「来るかーーっ!!」 武道家に叫ぶ剣士。 「ふむ…、意外とソレが一番いいかもしれんな」 「お前も同意するなーっ!!」 賢者にも叫ぶ。 だが賢者はいつもの通り真面目な顔つきで 「だが、ものはためしという言葉がある」 「そうそう」 便乗して武道家がうなずいた。 「うるせーっ!大体そんなんで解決したら…」 「ほかに何がある?」 怒鳴り込む勢いを制し、賢者の一言つぶやいた。 「なにか剣士が思いつくなら、そちらを取るが?」 「うっ」 「それとも、ただ怒鳴ってるだけで、何も考えが無いのか?」 「ううっ」 「武道家以下だな」 「ううう…っ、てか、それはかなり傷つくぞ!」 「いや、ソレよりも、それを言われる俺の立場って?」 それぞれが、それぞれに傷つき(賢者以外)、森の空気が一段と冷えた中… ガサ…ッ 「誰だっ」 剣士、武道家そして、賢者も身構えて、戦闘体制になる。 物音の先には一人の男がうずくまっていた。しかも小刻みに震えながら。 「だれ…だ?」 誰とも無く、その震えている男に声を掛けた。 「お、お、お…っ」 男は横隔膜を震わせながら、剣士たちにビシリッと指さすと… 「おもしろーーい!!!」 失礼にも、爆笑していたのである。 思わず、戦闘体制の構えがぐらりと崩れた。 唯一平静を保っていた賢者が、二人よりも一歩前にでて、男に問う。 「お前は誰だ?ここで何をしている?」 すると、男は苦しそうにしていた腹を抱えながら、立ち上がった。 年のころは20のあたりか、一目で冒険者ではない、優男に見えた。 優男は、地面にこすりつけていた服をパタパタと払うと、にこりとこちらに微笑み、口を開いた。 「はじめまして、僕が『ナビゲーター』です」 あぜん…、その一言に尽きた。 「いやぁ、実はずっと前からいたんだけどね、なんだかキミ達の会話を聞いてたら、ついつい黙って聞き入ってしまって、いやぁキミ達ほんと面白いね」 そう言って、いまだにげらげら笑う自称ナビゲーター。 「あ…あんたが、ナビゲータ?」 プルプル指を震わせながらナビゲータを指さす剣士。 ようやく、笑いが止まったのか、剣士達をみて胸をそらせたナビゲータは 「はーい、呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。僕がナビゲータです、バグの修正にやってきました」 「じゃじゃ…じゃ?」 「あ、そこは特に気にしないよーに」 と、パタパタと手を振るナビゲータ。 実にお気らくである。 「じゃあ、あんたがほんとのナビゲータなら、このバグ…ってゆーの、をどうにかしてくれるってこと?」 状況が分かってるのか、はたしてどうでもいいのか、武道家はきょとんと訪ねる。 ずばりと突いた核心に、剣士と賢者もナビゲータの方を見る。 すると、ナビゲータはニッコリと笑い 「その通り、この世界のあってはならない、あるはずの無い矛盾を総じて『バグ』と言うんだけど、僕はそれら全てを、取り除いたり、修正をする役割をもっている。」 「全てをか?」 ずっと黙って聞いていた賢者がはじめて声を発した。 「全てを、だよ」 それに気負いもせずに答えたナビゲータ。 「賢者?」 珍しく冷や汗をかいている賢者に、驚いた剣士。 彼は戦闘体制を崩さぬままに、杖を構えて、ナビゲータになおも問う。 「それは、たとえ魔王であろうと『お前』は取り除くことが出来るということか?」 「「!!!!」」 剣士と武道家は、賢者のその一言に緊張がはしった。 「もちろん」 ナビゲータはこともなげにそう言った。 そして、そう言った後、肩をすくめると 「もちろん、できる。でも、そんなことはしないよ。僕はただこの世界をありのままに保つのが仕事だから」 うさんくささ満点である。 「まぁまぁ、細かいことは気にしない。とにかく、キミたちのバグを直すんだけど…」 そんなことでは、納得できない3人だったが、このどうしようもない状況も、どうにかしたいのは事実だった。 「んじゃ、とにかく俺達のレベルをどうにかしてほしーんだけど」 緊張は解けぬまま、剣士は自分達の要望を伝え、ステータスを開いた。 「あー、ほんとだねぇ。レベルが3のままってのはどう見てもバグだね」 のほほんと言う、ナビゲータ。そして、ステータスから目を離し、3人を見ると。 「じゃあ、レベルを修正すればいいんだね?」 こっくりうなずく3人。 その3人にナビゲータはニッコリ微笑むと。 「ほんとに?」 「へ?」 思わず、間抜けた声がでた剣士。 「では、バグとりはじめまーす!」 「いや、ちょっとまて。なんだ、さっきの…」 賢者の、伸ばした手は、ナビゲータに届くことは無く。 「ちちんぷいぷい、ちょちょいのちょーーい!!」 光も音も何も無く… ただ静かに、ただし嵐のように、ナビゲータはかき消えたのだった。 6. 「なん…だったんだ」 ぼうぜんと剣士はひとりごちる。 「あ、レベル3じゃなくなってる」 いち早く、ステータスを開いたのは武道家だった。 そのあとに続くように、賢者も自らのステータスを開いた。 するとそこには、先ほどとは違う数値が表示されていた。 「む、これであの禁断の魔法が使えるようになったな」 「いや、MPあっても一生使わんでくれ、そんな味方にも被害が出そうな物騒なもん」 遅れてステータスを見ていた剣士が、すかさず静止をかける。 そして、3人はステータスを一通り確認して閉じた。 「なんだったんだ」 再び、剣士は口にだした。 「いーんでないの?一応、問題は解決したんだし」 「そうだな、終わったことだ、おそらくは二度と会うことも無いだろう」 武道家と賢者は、ポンと剣士をなだめるように肩に手をかけた。 そんな二人を剣士は横目で見、一つため息をつくと「そうだな」と呟いた。 そして 「帰るか、町へ」 そう言って、3人は町へと降りるのだった。 7. が、しかし… 「か、か、帰れねー―――っ!?」 剣士の絶叫が森の中にこだまする。 「ねぇ、ここって、さっきも通ったよね?」 「んなこた、分かってる!!何で行けども、行けども町に辿りつかねーんだ!」 「魔物の森の罠にかかった、とか?」 「そんなものは無かった。森に来る前に調査済みだ」 ナビゲータが去ってあれから、5時間。 どこを歩いても同じ所をぐるぐると回り続けた三人。 森を脱出できず、やはり痺れを切らした剣士が叫んでいた。 途方にくれていた3人。 ふと、先ほどのナビゲータの言葉がリフレインする 『ほんとに?』 あれの真意は、まさか… 「まさか…」 「わーーっっ!口に出すな武道家!…いいか、それ以上喋ったら、口を縫うぞ、剣で!」 「バグだな」 「わーーーっ!お前も言うな、賢者!!考えないようにしてんだから!」 「しかし、これはどう見てもバグだろう」 きっぱりと容赦なく言い放つ賢者。 「いいやっ!俺はみとめねぇ。あんな物騒な奴とは金輪際関わらないからなっ!これは、単に道に迷っただけなんだ!」 ―5時間も同じところにいて? そんな疑問も、いまの剣士には通用しない。 剣士は透明な、まさに透き通るくらいの、生暖かいナビゲータの笑顔を思い出し。 「あんの、くそナビ!!俺達はぜっっってー、帰ってみせるからなーーーっっ!」 剣士の遠吠えは、果てしなくどこまでも響いていくのだった。 完。 投票はコチラ→ ★楽園★ 検索で「soro」と打つとでてきます。
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あとがき・その後の補助文 |