『そうして、お姫様は王子様と末永く幸せに暮らしましたとさ』 「うそばっか、うそばっか、みーんなうそばっか」 「それ、君がいうかなぁ。ちなみに、今の嘘はどれに対して?」 「どれもこれもよ、お姫様はお姫様なんて名前じゃないし、王子様も王子様なんて名前じゃないし、好きな人だからってずっと幸せやってられるわけじゃないし、それにお姫様は王子様だから幸せになったわけじゃないでしょう、農民だったって、好きな人と一緒なら幸せに決まってるじゃない」 「それは、僕たちのことをいってるの、お姫様」 「そのとおりよ、小作人さん」 太陽が中天にらんらんと自己主張している真っ只中、草木の茂る木陰で本を片手に憤まんやるせないと言った表情の彼女に睨まれて、籠いっぱいのジャガイモから、種芋の選別をせっせとしている青年は、その作業を一時休止せざるえなかった。 「君の言いたいことは分かるけどね、ようするに暇なの?」 「うん」 本を放り投げて、青年の選別したばかりの芋をころころと転がしている。 「暇なら、一緒にしてくれてもいいのになぁ」 「やだ、せっかくの休みに農作業なんて体の毒よ毒、あ、これちょっとダメね、実が大きすぎるわ。あと、そっちとこれも」 「うーん、ぼくには違いが分かんないけどなぁ」 「頭がいいのに、どうしてこういうの覚えられないのかしら」 肩をすくめた彼女はぽんと本を一つ置いて青年の隣に腰掛けた。 そして、山に積まれたジャガイモを一つ、指先でコロコロと転がし始めた。 「『そして末永く』……ね」 「まぁそれは究極のハッピーエンドだけどね。いいんじゃないかな、僕は好きだよ」 いつの間にか、ジャガイモからは視線をはずし、隣の少女を見つめて微笑んだ。 すると、それをみた彼女は余計にふくれっつらになり、 「私は嫌い。次はもっと違う、そう、なんていうか、女の嫉妬とか不倫とか禁断とかドロッとねちっこくて、どーしようもない、怨念たっぷりのお話がいいなぁ」 「…僕に、母上の日記を盗めとでも?」 「そっか、それじゃあ無理よね」 「いや、もう無理とかそういう問題でも……ていうか、読みたいの?」 呆れたままに応えた青年に少女は快活に「うん」と答えた。 そうして2人はしばしお互いに向かい合ったまま見つめあい、そしてそのままジャガイモの方に向き直ると、無心にジャガイモの選別に取り掛かった。 さらに選別が終えると青年はクワを携えそばにあった畑を耕し、そして少女はその耕されたところに、ちょんと種芋を植え付けていった。 そうするうちに日はとっぷりと暮れ行き、てっぺんで輝いていたお日様がお月様とバトンタッチを交わした頃、一人の若者が現れた。 「王子!やっと、見つけましたよ。まったく、何て所にいるんですかっ。さあさ!帰りましょう王子」 そうして剣を携え、立派なマントを纏った若者は息を切らせて2人のいた畑へ駆け寄ると、視線を青年によこした。すると青年のほうも頷き。 「ああ、ちょうどいま帰ろうと思っていたんだ」 と、重そうに腰を上げた。 「小作人さん!」 声を張り上げて呼びかけたのは少女だった。 青年を迎えにやって来た若者は、その声に驚いて目を見開いた。 青年のほうはその若者を制し、彼女のほうへ振り返った。 すると彼女は青年のほうに近寄ると、スッと手にしていた本を胸に押し付けた。 「…次はお母様の本、よろしくね」 かわいらしく片目をつぶって見せた。 「……善処してみましょう」 クスリと笑ってそれを受け取った。 あとからやってきて、さっぱり意味が分からない若者はただひたすら目を丸くしていた。 その若者を見て、2人はお互いに意地の悪そうな笑みを浮かべると。 「お話も、現実も、ほんとに嘘ばっかりね。…でも、悪くは無いわ」 「同感だけどね。…でも、君と僕なら嘘も物語りも、真実に出来そうだと思わない?」 すると彼女はとたんに眉をひそめた。 「わたし、お姫様じゃないわよ」 「僕にとってはお姫様だよ」 カクッと、思わずよろけた少女。それを青年は受け止めるとしてやってやったりという微笑を少女に向けた。してやられた少女は半眼を青年に向け、 「よくもまぁ、そんなことを素面で…、そしてあなたは王子様?」 胡乱に尋ねた少女に首を振ると 「いいや、ただの小作人。それだって立派な物語だよ」 呆れたようにため息をついた少女。 「無理があるわ」 「そうかな、努力する価値はあるよ。きっとね」 楽しそうに答えた青年に、少女はますます陰鬱なため息を吐いて…吐き終えると。 「…そうね、善処してみましょう」 と答えた。 ◇◇◇
「王子っ、リードリッヒ王子!!」 呆然としたままの若者、名をスチュワードという。 そのスチュワードを置いて、先に進んでいたリードリッヒは、呼ばれるときょとんと振り返った。 「どうしたの」 「どうしたの、じゃありませんっ!どういうことか、まだ説明してもらっていません。なぜあなたが隣国で農業にいそしんでいるのです」 「したかったから」 「あなたは子供ですかっ!それでも王子ですかっ!いいえ、もう半年もすればあなたは王ですよ、それなのにお付の者も就けず、あっちへふらふらこっちへふらふらと…っ、戯れも大概にしてください!!」 すると、神妙な顔つきのリードリッヒはさらに神妙な声色でスチュワードの肩をぽんと叩き、 「この間は大根が取れたんだ」 「……っ!!この、莫迦王子!」 殴るのは賢明に耐えた。血管は今にもぶち切れそうだったが。 「……つまり、あなたがここ数年、時折行方不明になるのは、先ほどの農作業のせいだということですね!?」 問い詰めたスチュワード。その数年間、毎度探しに出かけなければならなかったのも、彼だったからだ。 「いや、最初はただの夜遊びだったんだよ。ちょうどその頃、僕も父上の悪行三昧や、母上の嫉妬や不倫の怨念に傷つく多感な少年時期だったからね。つい、ふらりと世間の風ってものに吹かれてみたくなったんだよ」 「白々しい上、わざとらしく弱弱しそうな少年象を作らないでください。どう考えても当時のあなたは王様よりもふてぶてしかったですよ」 「スチュワード、不敬罪って知ってる?」 「存じてますが、感じたことはありません」 きっぱりと断言され、思わずクスリと笑ったリードリッヒ。 「うん、まあ僕も感じたことは無いからいいけどね。で、話は戻って…そんな時かなアイリーンに会って、ま、ここらへんは大きく端折るけど、気づいたら農業してた…と」 リードリッヒがこれで終わりとばかりに手を打った。 すると、横目に見えたのはスチュワードのつむじ。 彼はうずくまり頭を抱えてうなっていた。 「あああ…っ!どっから突っ込めばいいんですかね、私はっ!ていうか、ア、アイリーンとはやはりあの女のことですかっ!あれはどうみてもジャンクルオーネ・シュトルベルク・モズグリード・アイリーン女王でしょう!あんた何やってんですかっ!?端折りすぎです、事細かに、一字一句抜かさず説明してください!!」 「やだ、ボクもーつかれたー」 「こんなときだけ、人生に甘えるなーーっ!!あんたほんとに莫迦だーっっ!!」 ◇◇◇ そのあと、お2人がどうなったのかは不肖、私スチュワードがお話しましょう。 リードリッヒ王子は先ほど私が申したように、半年後正式に戴冠式を終え、フォーリントルゲード国の国王となりました。そうしてしばらく後、表敬訪問に伺った隣国の女王は思いっきり引きつった顔で出迎えてくださいましたとも、ええ、そのときのリードリッヒ王子のうれしそうな顔と言ったら、おそらく私の人生で3度目くらいしかお目にかかっていない、なんとも極悪な笑みでした。 それから5年間、リードリッヒ王は各領地に自治法を配し、現領主に新しい邸宅と土地を与えると、各領地の領主を領民の投票で決議するという民主体制を整えました。そして、隣国との交換留学制度を設置し、その第一号者の中に自分をひっそり紛れ込ませて、私の寿命と睡眠を大量に削られたのは今でも私は根に持っていますとも。 さらにそのあと5年で、リードリッヒ王は貴族階級の廃止を提案しました。もちろん反対されました。しかし王はそんなことでめげるわけも無く、なんと彼らの階級を国庫の資金で買収しやがりました。それでも反対した貴族たちは…いえ、ここからは憚れる話なのでやめておきましょう。聞かないほうが身のため、ということわざもあるような気がします。ちょうどその頃には、隣国との蒸気機関が開通し、関所も“切符”を一枚購入するだけで渡れるようになったお陰でしょうか、他国文化が混じりだし、資金を持っている商人が幅を利かせるようになっていました。 そしてまた5年経ち、その頃には、王城は立派な役所、兼、裁判所になり、軍隊という騎士団は自治隊に変わり、議院と呼ばれる各領地の長が王様に代わっていろいろなことを相談するようになり、職業はすでに世襲制でもなんでもなくなり始めたとき、リードリッヒ王は「そろそろいいかな」と仰りました。 私は勿論、意味が分かりませんでしたが、この王様に関してだけは、だれよりも勘が働くと言うのでしょうか、ええええ、そのときも厭な予感がしてましたとも… いつだって、この莫迦王の厭な予感だけは外れたためしが無いんですよ、ったく――― ◇◇◇ 「あの莫迦王はどこいったーーーっ!!」 私は、城のそれこそ隅という隅、隙間と言う隙間を捜し歩いてあのどうしようもない王を探し回った。 15年経っても、何一つあの人行動は変わっていない、そんなことは分かっていたが、まさかもういい年した大人がいきなり行方不明なるなんて、誰が考えるか。たとえるなら幼稚園児にクロスカウンターパンチを食らうような気持ちだ。いやもっとたちが悪い。 「くそっ、やはり私の勘は間違ってなかったかっ!」 己の勘を信じて早朝、リードリッヒ王の寝室を開けた私の目に移したものはすっかり主を失ったベッド。体温すらもこそげ落とされたベッドであった。 「なぜ、昨日で気づけなかったのか!」 私は握り締めた手紙を、破らない理性だけはとどめてあらん限りに怒り続けた、 「莫迦だ莫迦だ莫迦だ、大莫迦だ!なにが『やることが無くなったから農業に勤しみます』だ。まだまだこれからだ、これからだって時に、何でいなくなるんだっ!どこへ行くってんだっ!まだ、たかだか隣国との国交が上手く結べただけじゃないか、他国との大使館はまだ設置の段階にまで持っていけても無い、修学の設備もようやく形が出来かかってるだけだっ、貨幣統合の会議だってまだこれから…、なのにあの莫迦王はなに考えてんだっ、たった隣国一つとの国交を成就させただけでなんで農……っ!」 馬鹿だと思うかもしれないが、私はそこで初めて思い出したのだ、15年前のあの2人のやり取りを、2人以外では私しか知らない、あのやり取りを――。 いや、もしかしたらと思うことは何度かありはしたが、しかし、まさかあれから15年も経っているのだ、まさか、いやそんなばかな、という思いのほうが激しく私の中では勝っていた。が、 コンコン 自室に戻った私のもとへ、部下の一人が当惑した表情で私の元にやって来た。 「早朝に真に失礼します議院長殿、隣国からの使者が…なにやら火急の用件と訴えてきておりますが…いかがいたしましょう?」 部下の背後には、悲壮な顔をした隣国の大使の表情、はたして今の私とどちらが酷いのか、それはそれで見てみたい気もしたが、わたしは顔を見ること無く、ただ一つ首を横に振った。 「用件は分かっています。が、申し訳ないが、それよりも今日の会議を優先させなければならない。ええええ、言いたいことは分かりますよ、けれどね、こう考えることも重要です『こんちきしょうめ』、これさえ忘れなければたいていのことは乗り越えていけますよ、ああもうね、行方不明になって、あとの平和維持を私らに押し付けてハッピーエンド?まったくね、こんなときに使うんですよ、さあ、言ってやろうじゃないですか、いきますよ?いっせいのーせ…………………こんちきしょうめ!」 ◇◇◇ その後のことは、まあ私が語らずとも、皆さんのほうが良くご存知でしょう。 少女に言わせれば嘘ばかりで、青年に言わせれば究極のラストを飾るだけですから。 ええええ、その土台には数々の苦労や不幸や年月と言うものが積みあがっていますが、それはまあ、結局のところ、このラストを迎えるにあたって切っても切れない空気のような代物でしょう。ええ、空気なのであるのが当たり前と言うだけのことで、つまり… 『結局、お姫様と小作人は末永く幸せに暮らしましたとさ』 完 |
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