「昔、昔の…」(銀登勢過去SS※ねつ造ネタ)

 
 
 
 
 
 
まったく、どうしちまったのかねぇ。

自分の人の良さにつくづくため息をつきながら、お登勢はちらりと後ろを見やる。

お登勢の後を数尺離れてひょこひょこと付いてくる男。

この寒空の中着流し一枚きりの格好、おまけに裸足。


まるで野良犬のような薄ら小汚い白髪のそれをちらりと見て、お登勢は再びため息をついた。




1.




「ようよう、お登勢よぉ、最近若いツバメを囲ってるそうじゃねぇか」


「ったく、またその話かい」


自分の店の常連客の間で流行っている噂話は最近この話題ばかりだ。

呆れたように向かいの客に酌をするお登勢に、なおも食い下がる常連の男は、面白がるように続けた。


「旦那おっ死んじまってもう何年だ?男日照りならあんな若けぇのなんかより、俺のほうにしといたほうがいいぞぉ。ちらりと見たが、何だねあの白髪頭は、まるで『白夜叉』みてぇな髪をしてやがる」


「……飲みすぎだね、あんた。もうお帰り」


お登勢は空いた杯をしまおうとして、男に腕を捕まえられる。


「お登勢、あんたは人がよすぎる。あれは駄目だ。あんたの荷にゃあちぃと重すぎる」


「離しとくれ、でないと…」


酔って塩梅のつかない足元でお登勢を捕まえる男はなんとも情け無い音を立てて、盛大にこけた。


「ってえ!なんだってんだ、ひどいじゃあないかお登勢っ!」


しりもちついて、罵声を浴びせる男が見たのは、お登勢の姿ではない。


うすらでかい、白髪の…



「ぎゃーぎゃー、ぎゃーぎゃーと、人が寝てるってのにやかましいったありゃしねぇ。おまけにこんな干物ババアのツバメだとぉ?ばかかてめぇ!?こんなババァに寄り付く何ざカラスが関の山だろうがっ!気持ち悪いことぬかすな!吐くぞ!てめぇの懐にゲロぶちまけるぞ、コラ!」


「今すぐてめぇら二人とも出て行くかい」


血管浮かせてお登勢が冷ややかに言い放った。





2.




「ったく、ようやく落ち着いたねぇ」


暖簾を下ろしてお登勢が、やれやれと合席に腰掛けて横で不貞腐れて眠っている白髪頭の男を見た。


「あたしも大概のおせっかいだが、あんたも大概のお人よしだねぇ」


「うるせぇ」


ぼやく男に苦笑して、お登勢は男の腰元を見た。


刀だ。


「廃刀令のこのご時世にいまだにそんなもんぶら下げて、そうやってあたしの用心棒してくれるのはありがたいがね、できたらそんな物騒なもんはしまっちまいな、ゲンが悪いったら無いよ」


「刀を捨てろってか?」


「別に捨てろなんていってないさ。そいつはあんたにとって大事なものなんだろ?だったら後生大事に持ってりゃいいんだよ、ただあたしを護るにはアレで十分だよ」


そう言ってお登勢は扉の側に、護身用にと、本当に気休め程度に飾っていたそれを指差した。


刀でもない、いや刃物ですらないただの…


「木刀…?」


「夜中の通販で買った二束三文の木刀だよ、ババアの命一つ護るのに、刀なんてそんな立派なもんで気張る必要はないさ。ようは気楽にしていきなって言ってんだよ。それなら、何時までいても構わないよ」


「ババア…」


白髪の男は複雑な顔をして軒先の木刀をつかみ、お登勢を見る。


「ああ、家賃はしっかり貰うからね。とっとと仕事も見つけるんだよ」


「ば、ババァ…」


木刀に力を込めて、顔を引きつらせた。




 


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