「空を斬る」 (銀魂SS-柳生編直後?-)
秋というには、少しすぎてしまった。
新八は、すっかり冷えた夜空に向かって、木刀を正眼に構えた。
向かう相手はただの空、だが新八はその空を斬るようなまなざしを向け、上段へ振り上げる。
そして、そのまま木刀を振り落とした。なかなかの速度で振り落とされるそれは、ヒュ、ヒュと音を立てている。
「お前さあ」
ちらりと横に目線をくれれば、死んだ魚の目をした銀髪が、やる気なさそうにこちらを見ていた。銀時である。
銀時は先日怪我を負い、新八の家で療養中であった。
なのになぜか、片手に日本酒、片手にジャンプという。
寛ぐにも程があるだろコノヤローといった風に縁側に座って、
庭先で稽古をしている自分をぼんやりと眺めて呼びかけた。
「お前さあ、なんでんなに頑張るの」
いつかシバク、この万年金欠ダメ男。
新八は、その問いかけを無視して、再び眼前を空に向けた。
腕に倦怠が広がり、徐々に筋肉にも苦痛の声が上がり始めた。しかし、新八はやめない。
止めない、止められない理由を新八は知っているからだ。
ただ振り続ける腕を止めることはなく、視界の端にある銀時を、仕事で今はいない姉を、すっかり寝こけてしまっている神楽の顔を心に現す。
(強く、なろう)
力も、心も、なにもかも。
姉の背に庇われ、神楽に支えられ、銀時に守ってもらう。
それでは、ダメだ。
『テメーなんぞに新八を語ってもらいたかねーんだよ』
銀時の言葉に応えられる男に、父のような、銀時のような侍に―――。
ふああ、と欠伸が聞こえる。
稽古を見るのが飽きたのか、それともただ邪魔をしないようなのか、
銀時は頭をぼりぼりと掻きながら居間へとのそりと戻って行った。
『なんでんなに頑張るの』
ふと、新八は、木刀をふる手を止め、銀時の背中にその答えを乗せた。
「あんたらを、守れるようになりたいからだよ、バーカ」
んあ?と振り向いた銀時に届いたのか、届かなかったのか。
新八は、ただ前を見据えて、空を斬った。
了
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