暖かな日差しの中で


 志村新八の朝は忙しい。

 午前の早くに帰宅する姉・妙の寝静まるのを見計らい、起こさぬようそっと、朝餉の準備に取り掛かるところから、彼の日常がはじまる。
 簡単に作った自分の朝食を先に済ませると、後は姉の分を味噌汁を温めるだけですぐ食べれるように座卓に準備し、また静かに身支度を始め、自分の勤め先である『万事屋』に向かうのあった。
「おはようございまーす」
 返事はない。
 これもいつもの事なので、新八は一つため息をついて、玄関の靴を見た。
 靴は2足。小柄な靴と、真っ黒なブーツである。
 どうやら銀時は帰ってきているらしい、とほっと息をつく。昨晩、自分が帰る頃にはまだ万事屋に銀時は戻ってきておらず、神楽を1人残して帰るのが、新八はかなり後ろ髪を引かれていたのだ。
 銀時は、いつのまにかふらりと出て行くと、一晩以上帰らない時もある、そういうような時、新八は神楽を家に呼ぶか、自分が万事屋に泊り込むこともある。
 いくら、神楽が最強の種族『夜兎』であっても、やっぱり女の子は女の子。1人ぼっちで置いて帰るのは心苦しい。
 2足とも見事にばらばらに脱ぎ捨てられているそれを、綺麗に揃えると今度は自分の草履を脱いで、ようやく万事屋に入ることが出来た。
「おはようございまーす」
 2度目の挨拶。これまた返事はなし。
 つまるところ、この時間になってもまだ寝てるのである。
「まったく、あのグウタラ連中は、たまにはまっとうに生活ってものおくらないと、どんどん社会から道をはずすぞ」
 それも、日常茶飯事だったので、新八は次に掃除機を取り出した。
 実のところ、あの連中がいないときでないと、めいっぱい掃除など出来ないのである。
 神楽は、そういうときに限って片端からものを引き出すし、銀時は銀時で「あれは捨てるな、これもだめだ」と煩わしくてならない。どうも捨てるものが、妙に捨てられないらしい。
 そんな情けない理由もあり、新八の出勤第一番にすることは万事屋の掃除である。
 あと、掃除機の騒音で起きやがれ。という理由も当初あったのだが、まったくもって意味がなかったのでその理由は早々に棄却された。
 まずは簡単にハタキで埃を落とし、箒で集めて捨て、あとの細かいゴミは掃除機をかけてしまう。最後に雑巾がけである。

ある意味これも一仕事だ。
そうして終わる頃には、ようやく部屋の奥から銀時の身じろぎする音が聞こえてくる。ようやくの御起床準備である。
やれやれと、肩を竦めて台所へ向かう。こちらでも朝餉の準備だ。(いやこの場合もう昼でもかまわない)

ご飯は、万事屋に入って最初に炊飯器のスイッチを入れているので、あと10分もすれば出来上がる。銀時は昨晩飲んできたはずなので、味噌汁だけでいいとして、あとは神楽用にアジの開きを焼いてしまえばそれで完成だ。

本当なら、サラダもつけたいところだが、最近は野菜が高くてあまり手が出せない。

ううむ、と唸りながらハタと気付く。なにこの主婦思想。いいのかこれで僕の青春。

たびたび思い出す思春期の悲しき現実に、めげそうになりながらも、何とか朝食の準備が終わった。

それぞれのお茶椀に箸を並べて、ようやく新八は万事屋の事務所のソファに腰を落ち着けた。

飯のにおいを嗅ぎつけてか、ぐうたら二人は、だいたいこの時間にもぞもぞと布団からはい出てくる…のだが。

 

うつら…

 

二人を待つためについた一息が、朝から動きっぱなしだった新八の体に睡魔として襲ってくる。

ソファに射した暖かな陽光が、ますますそれに拍車をかけて、新八の瞼が落ちてゆく。

(なんだよ、これから銀さんと神楽ちゃんにビシッとお説教してやるんだ。僕はね、あんたらの面倒まで…、ああ、それより洗濯がまだ残って…)

最後の最後まで家事ことを未練にして、新八の思考は完全にシャットアウトしてしまった。

 

 

◆◆◆

 

 

「ふあぁ〜、うーす、新八―、めーしー」

とことん間延びした声と動作で銀時がのそりと和室から襖を開けた。

窓から射した陽光にウッと呻くと、まぶたをもぞもぞさせながら、これまただらしなく歩を進める。

「う〜、新八くーん、俺今日はみそ汁だけね。昨日飲み過ぎたー。ほんとマジで酒やめるよ、そろそろ卒業だね。新たなる旅立ちだよこれ」

亀より遅い歩みで、暴発している天然パーマをかきむしり、神楽の眠る襖を叩く。

「おおーい、かーぐーらー。朝だあ、ていうかもうじき昼だー」

最近、神楽は襖越しに呼び掛けずに開けると、ものすさまじく怒る。それはもう容赦のない暴行を加えるので銀時も新八も、勝手に開けて引きずり出すことができなくなってしまった。

(これだから微妙な年頃の娘なんてよ、ったく、面倒なんだよなあ)

とか思いつつも、顔がなぜだか緩んでいることに気づいて、また複雑な顔にもどる。

しばらくして、襖が開いた。

「ん〜、銀ちゃん、おはヨ」

「おはヨ、じゃねー。おそようだろーが。ったくよお、ほんとダメな、偶には俺より早く起きて朝飯の一つでも作れよな」

「いやアル。そんな男に都合のいい女になんて成りたくないアル」

「…だから、どっから覚えて来るんだそんな言葉。なあ新八?」

ぐだぐだのやり取りをしつつ、背後にある新八の気配に声をかけたつもりだった銀時。

「新八?」

「返事がない、ただの屍のようアル」

「いやあ、惜しいことをしたなこれで眼鏡というキャラ枠が一つ無くなったか。っていうか新八くーん。君がいないと僕たちずっとこんなぐだぐだなまんまなんですけど、ツッコミ入れてくれないと収拾つきそうにないんですけど」

ひょいと、銀時と神楽は気配のある万事屋のソファを覗き込んだ。

そこには、すやすやと気持ち良さそうに眠る新八。そして、きれいに並べられた、朝食たち。

あらかじめ決められているように、銀時には味噌汁だけ。神楽には大盛りのごはんと脂の乗ったアジが置かれていた。

「いたネ、都合のいい女」

「いや、女じゃないだろ。こんな女いたら銀さん泣いちゃうよ。それにしても、どーよこの16歳」

「旦那にしたら間違いなく、主夫決定アルな」

「しかも、利用するだけ利用されてポイと捨てられるタイプだな」

本人が眠っているからといって、言いたい放題である。

ボリボリと、銀時と神楽は同じような格好で頭をかきながら向い合せに机に着いた。

ぼんやりと、味噌汁を吸う銀時。

がつがつとご飯を平らげる神楽。

なぜか、食事が終わるのは、これまた二人同時だった。

カタン、と椀の置く音を奇麗にユニゾンさせ、二人は目を合わせると、

 

それはそれは悪い顔をして笑った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

「うおらあぁっ!!あんたら何さらしとんじゃーーっ!!」

バタン、ドスンバタン!!

扉三つこじ開けて、新八は寝ぼけた顔を洗うべく向かった洗面所から、まっすぐ銀時と神楽のいるリビングまで猛進した。

バンッ!と勢いよく開け放たれて互いに面会したそのとき、銀時たちはたまらず爆笑した。

「ぎゃはははっ、おまっ、それサイコー。神楽お前才能あるよ」

「神楽ちゃんなの!?」

「きゃははっ、銀ちゃんのアレも芸術的アル」

「やっぱ銀さんもかっ!!」

拳を振るわせて、己の顔を新八はなでつけると。

「寝てる人の顔に落書きするなんて、あんたら幼稚園児か!?いや、いまどき幼稚園児だってやんねーよ。しかもなんだよ、額に『野菜』って、せめて『肉』にしろよ、元ネタ分かるからさ!」

「いやだってお前、寝言で『野菜が〜、野菜が〜』って言うから」

「言ったからなんだ!?どこの世界に人の寝言を額に書くなんてルールがあるんだよ!ってことは、この頬の『○んこ』は神楽ちゃん!?女の子がこんなこと書いちゃダメっていっつも言ってるでしょ!ほんと、銀さんのまねしてると今に社会から投げ出されちゃうよ!」「おい眼鏡、どさくさにまぎれて、人を非社会人扱いですか、このヤロー」

「うるせーっ!まっとうな社会人は人の顔に落書きなんかするかーっ!」

「いや、するね。まっとうな社会人でも忘年会という名の戦争では、必殺技だね、ピンチの時の落書きだね」

「どんなピンチだよ。迎えたくねーよ、そんな年の締めくくり」

 

ぎゃーぎゃーわーわー。

階下にいるお土勢は、朝から騒がしい連中に眉を潜ませ、のそりと外まで出てきた。

そして上に向かって怒鳴りつける。

「やかましーわ!!てめーら、一生眠りについてろっ!」

一瞬だけ、ぴたりとやんだ騒音。しかしそんなものは結局一瞬でしかなく、今度は鈍器のような音まで聞こえだした。

やってられん。そういう風に肩をすくめ、再び店に戻るお土勢。

 


 

目の端には「万事屋」のベランダにちぐはぐに干された洗濯物が、気持ち良さそうに並べられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

初銀魂小説。もうこの万事屋ファミリー大好きです。
みんなそれぞれ家族に縁がなくて、でもなんか余計に大事で、
そんな関係長く続かないって知ってる、分かってるっていい聞かせたりして、
なんか全部大好きなんですよ。この家族。

ちなみにこの話では家事全般新八がやってたりします、
一応当番制だけど、みんなそれなりに家事出来るけど
やっぱりそれでも貧乏くじを引いてしまうのが新八。

パチは坂田家のオカンいいと思うよ!
そんで、そんなオカンが二人とも大好きなんですよ!





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