どこかの国のあるお話。
これは、どこかの国のあるお話…
1.
「コトリーナがいない?」
城の執務室で、この国の王子ナオキビッチが首だけを向けて肩越しに聞いている。
「はぁ。そうなんです。朝方まではいらしたんですが、昼に突然いなくなってしまって…」
困ったように、王子に申し上げる侍女。王子はつまらなさそうに
「どうせ、どこかで迷子にでもなってるんだろ」
身もふたもないことを言った。
事実。コトリーナがこの城にきて半年で、約30回は同じことを聞いていた。
「そのうち、腹でも減ったら出てくるさ」
肩をすくめて、そうコトリーナの侍女に告げると。
「なんてこと言うのっ!それが自分のお嫁さんにいうこと!?」
「……」
頭を抱える王子。突然、降って沸いてきたのは彼の母親の王妃だった。
「早く、探しにいってらっしゃい、王子!!」
「俺は、忙しいんだっ」
バンッ、と自分の前にある書類の束をたたく。
しかし、王妃はしれっとした顔で
「あら、そんなの明日でもいーでしょ」
「……っ」
「そんなことより、ほら王子!」
王子の言葉に耳も貸さない王妃に、王子は振り切るように言い放った
「…それにっ!!あの女は、まだ俺の妻じゃないだろっ」
王妃をにらみつける王子。そして
「婚約者だ!!」
きっぱりと、そう言い放った王子に、王妃は
「それがどうしたのよ」
あっさりと受け流されたのだった。
2.
一方、迷子途中のコトリーナは…
「ど、どこ…ここ??」
王子の予想どおりに迷子になっていた。
「おかしいなぁ。昨日は確かにこっちが王子様の部屋だったはずなのに…」
首をかしげて、何にもない部屋で呆然と立ち尽くすコトリーナ。
彼女はああは言ったが、王子の部屋はまったくの正反対の場所にある。
ほとんど、端と端とも言ってもいいくらい完全に間違っていた。
「ど、どうしよう。また怒られるっ」
慌ててきた道を戻ろうとするが、それすらも間違ってしまって、さらに分けが分からなくなってしまう。
途方にくれるコトリーナは、思わずその場に座り込み。
「このまま、誰にも見つからずに死んじゃったりして…」
沈み込んでしまう、コトリーナ。
王子様と結婚もできずに死んじゃうのは絶対にいやだった。
でも、王子はそもそも結婚する気がないのかもしれない…。
いつも彼女がいると怒った顔しか見せない、笑った顔など、はじめのあの時だけだ。
冷たいし、意地悪だし、やさしい言葉なんてかけてもらったことがない。
もちろん、キスだってしてもらっていない。
こんなのが婚約者といえるのかも怪しい。
そう思うと、自然と涙が出てきた。
情けなくなる自分と、それでも諦めきれない自分にポロポロと涙があふれてしまった。
どんなに冷たくても、どんなに意地悪でも、諦められないのは…、どうやっても諦めきれないのは――
そこで、コトリーナの考えは途中で遮られた
ぎぃ…
そして、彼女の目の前にあった、扉が重い音を立てて開いたのだった…
3.
「やっぱり、ここにいたのかよ…」
「お、お、王子様っ!!」
目の前の扉の奥には、ナオキビッチの姿があった。
「な、なんでここが…」
「お前の迷いそうな所なんて、この半年で完璧に分かるようになったよ」
どこか、あきらめたように言う王子。
さっき、王子がいきなりきて引っ込んだ涙がまた出そうになった。
―こんなときなのだ、諦められないのは…
―いつも冷たいのに、…あたしが迷子になると、誰よりも先に見つけ出してくれる。
この場所は、王子の部屋からは端と端で、城は広く、相当の距離があった。にもかかわらず、彼はやってきたのだ。
「王子様…っ」
コトリーナは、思わず嬉しくて、抱きつこうとする…が
「だいたいっ」
王子は近寄って来たコトリーナの耳をつねりあげ
「あ、あいたたたたっっ…!!」
「な・ん・で、迷子になると分かってて、一人でウロウロするんだお前はっ」
「だ、だって…、あたし、もうこのお城で半年もいるのに迷子になるなんて…」
「それを、俺は2日前にも聞いたっ!」
そう言って、彼女の耳をようやく離す。
「ったく、ほら帰るぞ」
いまだ、耳をさすっているコトリーナに、手を差し出す王子。
その手と王子を交互にみてコトリーナは「うんっ」と嬉しそうに自分の手を重ねた。
4.
そして、その帰る途中
「今度また迷子になったら、俺はもうしらねーからな」
「うんっ、大丈夫!次は迷子になったりしないからっ」
「………」
なぜか、彼女の自信満々な分だけ、自分の32度目の捜索を予期せずにはいられず
そして、それをあまり嫌と思っていない自分に、思わず黙り込んでしまうのだった。
――どうやら、この二人の結婚式はそう遠くない話になりそうである――
了