一次小説集合作品

クロスオーバー






1.




久賀が風呂から上がり、リビングを覗くと、いまだ就寝せずソファに座りこんだみのりがいた。


「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」


「なんだ。べたな出だしだな」


「なにがよ、いや、まあね、ちょっと考え事してたのよ」


「考え事?やめとけ、日ごろ使わない脳を使うと目減りする」


「しないわよっ!」


「で、なにを考えてたんだ」


「うん、まあこのサイトの作品なんだけど」


「おい…、唐突にメタ発言か?」


「大抵王道を通ってるんだけど、何かが足りないのよねぇ」


「無視かよ、おい」


「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」


「………もういい、寝る」



そういって、いまだ唸っているみのりを呆れたように見て、リビングを出ようと扉に手をかけた久賀。そこで、「あっ」と声があがる。

だから振り返った。振り返ってしまったのだ。


「そーよ、わかったわかった」


「?」


久賀は気づかず、首をかしげて近づいてきたみのりを見下ろす。

同じく風呂上がりのみのりの姿にどこか落ち着かないものを感じていると、ニコリとみのりは笑った。


「そうよ、『女子高生異世界トリップ』ものよ!」


「その話はまだ続いていたのか…」


少しだけ笑顔のみのりにドキッとした自分に泣きたくなった。


「というわけで、作りました『異世界のとびらー』」


「いやいやいやいやいやっ、なんだそれ、おま、これただのおまえんちのリビングの扉だろうが!つか、ちょいちょい思ってたが、本編はみでるとキャラちがうだろ、お前」


「そして、ここに女子高生」


「え…」


人差し指をたてて言うみのりに。思わず突っ込みを忘れてみのりを見た。


「行くのか?」


「うん」


余りのことにあっけにとられて呆然とするが、みのりの快活な返事に、思わず彼女の腕をつかみ取る。


「なにしてるのよ」


「いや、別に」


不審がられて、腕を離すがその手はどこか中を彷徨っている。


「しかたないわよ、だって王道なんだもの」


「そこを、俺としてはとことん話し合いたいんだけどな」


「うん、だけど…」


そう言っておずおずと久賀に近寄るみのり、思わず彷徨っていた手も、何もかも動きが止まる。

そんな久賀に気づかず、みのりはそぅと久賀の顔に手を伸ばして、静かに乗せた。



カツラを。



「は?」


普段の慣れた重みが頭にのしかかった。

ヅラだ、いつものヅラをかぶっている。風呂上りなのに。


「はい、女子高生の出来上がり」


「はあっ!?」


「じゃあ、いってらっしゃーい」


トンと、かるくリビングの扉に押され。


「んな、バカなことあるかあっ!!」



そう絶叫しながら―――



なぜか、リビングの扉から奈落のような暗闇に落ちていく久賀であった。




2.



某世界某国某城にて―――。





「魔王様」


勢いよく執務室の扉を開け放った宰相。

半ばうつらうつらと書類に印を押していた魔王はハッなり、前の扉を見た。


「なんだ宰相。今日はあいつらまだ来ないだろ?」


眠い目をこすり、ぼんやりと言った魔王をよそに、妙に神妙に宰相は言った。


「先ほど、異世界人が城の中庭に落ちてきました」


その報告を神妙に聞いた魔王の反応といえば。


「え、また?」






そんなものだった。





3.





「こ、ここはどこだ…」


なんだかよくわからないが、どこかの庭の木にひっかかった久賀は、とりあえず木から体を外し、あちらこちらに引っかかった葉を払いのけてあたりを見渡した。

空が、ある。青い空だ。

いたって普通に見える風景だったが、この庭らしき横にそびえ立っているものが普通ではなかった。

それは、黒く殺伐とした、天井にはカラスが何匹も飛び交っていそうな…


「し、城?」


城だった。


「よーし、俺しっかりしろ。現実を見ろ。いや、この場合見るな。現実受け入れるな」


「おーい」


「よーしよしよし、だんだん見えなくなってきた、けど代わりに幻聴が聞こえ出したな、これはこれで問題だな」


「おい、誰が幻聴だ!」


ベシンと頭をどつかれ、久賀のカツラはずれる。

痛みでようやく幻聴でないと気づき、ついでに目の前に人がいることにも気づく。

青年だった。

ほとんど自分と変わらぬ年頃のように見える、褐色の肌の青年が不審そうにこちらを見ている。


「人んちに勝手に落ちてきて、幻聴呼ばわりで無視するとはどういう態度だ」


「いや、なんでそんな隠れながら言ってんだ?」


久賀が顔を上げて青年を見たときにはすでにその青年は金髪のメガネの男の背後に隠れていた。


「そんなこと決まってるだろ、斬りかかられたら痛いからだ!」


「ちょっとまて!人を殺人鬼みたいに言うな、人聞きの悪い!」


「だって、先達の異世界人はいきなり斬りかかってきたぞ」


「うわっ異世界言った、サラッと言ったな。というか、前回の奴はいったい何があったんだ」


陰鬱にあっさりと肯定された世界観を飲み込んで、力をぬいた久賀。そして思い出した。


「あれ、さっきお前『俺んち』って…」「お前の職業は『勇者』とかいうやつじゃないのか」



勇者?



ふたたび首をかしげた。勇者、すごく聞き覚えのあるフレーズである。なんていうか、テレビゲーム的な聞きなれた言葉である。


「勇者ぁ!?」


「なんだ、ちがうのか」


小刻みに首を振った。


「プレイならドラクエとFFくらいしかない」


「意味分からん」


首を傾げられた。


「勇者ってやつは、魔王を退治しにこっちに来たらしいが、じゃあお前は何のために来たんだ?」


「魔王?」


こんどは久賀が首をかしげた。



「いるのか、ここ」


「いるだろ、ここに」


そういって、青年は指をさした。己に。

久賀は見た。指の指した方向に。その左も見たし、右も見て、さらには奥と上も見てみた。


「なあ、どこにいるんだ」


「うう…、こんなばっかだ、もう泣いていいかな」


べそをかきそうな青年をみて、ようやく久賀は悟り、あとじさった。


「魔王!?」


「だから、言ってるだろ!」


「いや、魔王っていえば、ほら、アレな感じでふんぞり返って「世界征服してやるぞー」とか言ってさ」


「冒頭説明ありがとう、ついでにそんな奇跡は生まれてこのかた起こったことはないけどな。だが、先日勇者に、これが言えれば君も魔王という言葉を教えてもらったからな、ばっちりだぞ」


そう言って魔王は腰に手を当て、青にマントをたなびかせ、こちらに手を差し伸べた。


「もし、私の仲間になれば世界の半分をお前にやろう!」


「ああ、スーファミ版で見たなあ、そういうの」




ぼんやりと言った。







4.



呆然とその差し出した手を見ていたら、恥ずかしそうに引っ込めて、その手で顔を覆って、嘆いた魔王。


「だって、これ言えば魔王っぽいらしいから、でも世界やれないけど」


「どっちかというと竜の人っぽいけど、まあ俺もいらん、と言うか帰りたい」


ため息ついて、肩を落とした。

すると、魔王は眉をひそめて自分が叩き落とした久賀のカツラひろって首をひねる。


「帰りたいって、結局ほんとに何しにわざわざ異世界まで来たんだ?」


「まあ、知り合い曰く、女子高生が異世界に行くのが王道らしい、俺は知らないけど」


「ふーん、異世界にもいろんな職業はあるもんな、『女子高生』なのか、お前」


「絶対に違う!」


そこだけは否定しておいた。

魔王はさらに不審な顔をして久賀をみて、背後に控えていた金髪の青年を見た。


「なあ、宰相。こいつ元の世界に返せないのか?勇者と違って帰る気があるみたいだけど」


すると背後に控えていた宰相と呼ばれた男は、銀縁の眼鏡を押し上げ「そうですねぇ」とつぶやく。


「異界の魔王でしたら、もといた世界に返せるかもしれませんね」


「…やっぱ、そうなるか、で、たしかさ、あいつ今」


「ええ、なんと言うかタイミングいいのか悪いのか」


二人のやり取りに、ヤキモキして思わず二人の間に割って入る。


「なあ、つまり、他にも魔王がいて、そいつが俺を元の世界に帰せるのか?どこだ?なんだったら旅にもでるぞ、魔王の城から旅立ちってのもあれだが」


それはまるで勇者さながらの凛々しさで宣言した、パジャマ姿で。


「いや、旅立たんでいいから」


「ん?」


「言ってる間に来るから」


「は?」


青い空から一点、光が収束し、瞬く間に解放されたかのように、周囲が光に満たされる。


「んなっ!?」


余りのまぶしさに目をつむり、つむったまま声を聞いた。


「やっほー、カシムくーん。ただいまー♪」


なぜか声が空から聞こえて、久賀は思わず目を見開いた。



赤い、


赤い少女が空から降ってきた。


と、ついでに、ずしゃりと地面に打ち付けられた赤いマントの男もいた。

ちなみに少女のほうは地面には落ちずに魔王を床に敷いてにこにこと笑っていた。


「あー、楽しかった」


「そうか…、とりあえず感想は俺の上からどけてからにしてくれ。異界の魔王」


「異界の魔王!?」


久賀は魔王の言葉に、とっさに反応して周りを見渡す。


「どこだ!?」


「まあ、そうなるよなあ」


魔王は下敷きされているところから這い出て、びしっと赤い少女を指差した。


「異界の魔王だ」


「はーい、魔王ちゃんです!」


「ここには、まともな魔王はいないのかっ!」





叫んでうなだれた。






5.




「今日はねー、勇者さんとあっちの方行ってきたんだよ」


至極マイペースに魔王に話す少女。いや、魔王の紹介によれば異界の魔王である。

その異界の魔王の言葉にじつに機械的にうなずいて、白々しく相槌を打つ魔王。


「そーかそーか、あっちでその勇者さん死んどるように気絶してるぞ」


「あれぇ、疲れちゃったのかな。もう寝ちゃったんだ」


「…まあ、いいけど。それより異界の魔王、客だ」


「ほえ?」


魔王の言葉に少女は久賀を見た。

少女だった、久賀から見たそれは紛れもなくただの少女に見えた。


「これが、異界の…あー、魔王?」


自分で言ってもいまいち実感が持てなかった、だがそれは目の前の青年が魔王だと言うことだってそうなのだから、違うと否定できないでもいる。


「あれー、カシムくん、カシムくん。ここの人じゃない人がいるよー」

「おー、気づいたか。そうなんだ、異界の魔王。こいつ帰してやってくれないか。なんか王道とやらでこっちに来たらしいんだが、自分では帰れんらしい」


そこまで、言うと、異界の魔王がキラキラと目を輝かせてこっちを見た。


「わあ、この子異世界トリップの王道くんなんだーっ。あれ、でもこういう場合『女子高生』だよねぇ。男の子の場合だと、うーんと、『君は世界を救う救世主だ』とか言って魔王討伐に旅立つんだよねー」


「なにっ、やっぱお前、俺を狙ってたのかっ!」


「ちがう。混ぜっ返すな、いいから、混ぜっ返さなくていいから」


手を振って、少女を見下ろす。


「俺、元の世界に帰してくれるのか?」


「んーーー…」


難しい表情をし、異界の魔王はは青年の魔王の方を見た。


「カシムくんが帰してあげないの?」


カシムと呼ばれた青年魔王は不審そうに異界の魔王を見ていった。


「俺が?言っとくが俺はいま、スプーン曲げだって大苦戦中だ」

「それで魔王なのか?」


久賀は思わず突っ込んでしまった。

そんな青年魔王を見て、少女らしからぬため息をつく異界の魔王は、魔王がもて遊んでいたカツラを奪い取ると「しかたないなあ」とつぶやく。


「本当はこの人帰すくらいならカシムくんだってできるのに」


ぶつぶつ言いながら、異界の魔王は久賀に手渡してきた。



カツラを。



「え、なんでだ?」

「それはね、異界と異界をつなぐアイテムなの」

「はあ?」


理解できなかった。が、まるで意に介さない少女。


「よーし、それじゃあ帰すよー。こういうのは早い方が戻しやすいし。いくよー、絶対それ手から離しちゃだめだよぉ」

「え、え、ちょっ」

「えーいっ!ミラクルパワーっ!」

「なんだその、魔法少女!」

「この王道異世界トリップくんを…」「しかもそれは名前じゃない!」


カツラを中心に、またしても一点の光が収束していく中、突っ込みが抑えられず、少女に叫ぶ久賀。



「元の世界に帰してあげてねー」



「そんなのでいいのかーーーっ!」



叫びながら



久賀はその異界から姿を消したのだった。



とおくで、手を振る二人の魔王と宰相の姿を見ながら。





6.





某国某屋敷某研究室にて―――。





「おお!」


光の収束が終わり、白衣の女性はまぶしさが緩まるころ目を開けると、そこには


「おおっ、これは…」


白衣の女性は光のおさまった研究室のその床に、先ほどはなかったものを見つけた。


「なぜか分からないが空から男の子が降ってきた」



「こ、ここは、どこだ?」



それだけを呟いて久賀は床で力尽きた。








7.


夢を見た。それはまさに悪夢だった。

どんな夢かと言えば、驚くくらいリアリティの欠片もない、なんと異世界にトリップするというむちゃくちゃな話で、それでトリップした場所にはすごく普通の魔王が居て、魔法少女かっていう魔王もいて、だからなんだ、とか思っていたら、よくわからないまま―――。


「ふむ、それで?」

「!?」


聞き慣れない声に、久賀は勢いよく寝そべっていたそこから起き上がる。


「こ、ここは・・・?」


そう言って、周囲を見渡す。白い壁紙に、どこかでかいだことのあるような消毒液の香り。
酷く近しいものを見たことが在るはずなのだが、残念なことに未だ頭がうまく働いていない。


「病院?保健室・・・」

「惜しい・・・のかな?まあ、研究室だ。私設のだがね」


久賀は声のする方に振り向いて、思ったよりすぐ近くにいた白衣の女性がこちらをのぞき込むように腰をかがめてこちらを見てきているので驚いた。


「む、よかった。特に問題は無いようだ」

「なにが・・・」


ぼんやりと返事を返し、改めて女性を見る。
白衣の女性である。年のころは26・7歳と言ったところか、化粧気はなく、髪ものばしぱなしにしたのを無造作に後ろでくくっているだけである。


「そりゃあ、君。天井も開いていない部屋に人が降ってきたのだ。なにか在るかもしれないと考えるのが普通だろう」


屋根のある天井を指差し、首をかしげてきた。


「降ってきた・・・てことは俺」

「ふむ」と白衣の女性は慎重にうなずいた。

「どうやら君は、まだ、悪夢の中をさまよっているみたいだね」

「なんでだーっ!」


あのへっぽこ魔王め・・・っ、内心であらゆる罵倒を繰り返し、久賀は項垂れた。
と、そこへもう一つの新しい声が届く。


「博士、一体なにが起きたのですか?」


研究所、と言えば聞こえがいいが、傍目にみればただの理科室のようなこの部屋の奥の扉から男の声が聞こえた。久賀は女性の背にある奥の扉に目をやるが、


「来るなっ」


扉の向こうに突然声を荒げて博士と呼ばれた女性が男へ制止を呼びかける。


「な、なんだ?」


その声に驚いたが、博士の方も己の声音に恥じ入っていた。


「すまない。どうしても君に会わせるのをためらってしまった。というか、私たちがこうして話しているのも実のところどうかと悩んでいる所でね」


「?」


意味が分からない。


その表情がありありと出ていたのだろう。博士は意を決したように一度目を伏せると、勢いよくこちらを見て、言葉を発した。


「君の時代には未だ『バックトゥザ○ューザー』はあるのだろうか?」

「はあ?」




8.




「非常に信じられないとは思うんだけどね」


もったいぶった言い方で、少しイラついたように背後の男を睨みつける白衣の女性と、ただその光景を見下ろしている長身の男。男…なのだろう。長身で俳優も顔負けするのではないのだろうかと言う顔をしてはいるが、その表情はどこか人間と言うには作り物じみていた。

男は、先ほど白衣の女性の静止の声が聞こえていなかったわけではないのにもかかわらず、勢いよくドアをへし破って入って来たのである。


「信じられんというか、もう理解したくない」


脱力しながら久賀はぼやいた。


「その気持ちも分かるし、同情もしよう。だが事実は事実として受け入れてもらおう」


かぶりを振りながらこちらを諭すように言う女性の言葉に久賀は立ち上がる。


「納得できるかっ!どういうことだ!?こいつが機械なのは百歩譲って納得したとして、なんで過去!?ロボットいるのになんでここが俺の住んでいるところより過去になるんだ!?」


「むぅ、どこほど未来から君が来たのかは定かでないが、その未来にロボットがないのがひどく謎だ」

「やめろ、畳み掛けるようにロボットとか未来とかいうな。俺は認めてないから、俺に刷り込むな。だいたいどこにそんな根拠がある?」


すると、白衣の女性はスッと背後から取り出した。

カツラを。


「それは…」

「君が所持していたものだ。どうして君がこれを持っていたのか分からないが…」


そこで、女性は一つ沈黙を落とし、うんとうなずくと。


「実は君は女子中学生で、ラベンダー…」

「女子中学生でもないし、ラベンダーも嗅がん!」


きっぱりと怒声を上げた。
それに対し、白衣の女性は至極平然とした顔でうなずく。


「軽いジョークだ。君の緊張を少しでも和らげようとしたのだが。まあいい。それよりココだ」


彼女はそのカツラをくるりとひっくり返し、こちらにカツラの内側を見せた。
見慣れた、と言ってしまえば悲しいが、いつものカツラである。何の変哲もない。


「まさか、素材の成分で年代を割り出した。とかじゃないよな?」

「まさか。そういう暇はあいにくなかった。が、それも面白そうだね。だが、その前これを見てくれ」


そう言って彼女は内側にあった白いものをつまむ。白くて細長い2・3センチ四方の。


「製品タグだ。製造年月日に偽りがなければ、この日付は私たちの現在より大体17・18年ほど未来の日付だ」

「せ、製品タグ…」


思わずもう一度倒れたくなった久賀だった。





9.





「と言うわけで、マーシー。彼を拘束しなさい」

「待てっ!待て待て待て!!なんでそうなる!?」


彼女の命令の為か、金髪の男…もといロボットのマーシーが久賀に近寄る。
久賀の身長は小さくないはずなのだが、このマーシーと並べば拳一、二つは違う。おそらく2メートルはあるのではないだろうか。

そんな男が無言で近づいてくるのは、正直気持ちのいいものではなかった。
おまけに彼女の言っていること自体が物騒すぎである。


「しかも、なぜ笑顔で無言だ?」

「私が頼んだからだよ。これ以上君に余計な情報を与えても不味いだろう。パラドックスなんて大それたこと、私はごめんだからね。だから君にも余計なことをしゃべってもらっても困るんだ」

「それで、拘束…」

「まあ、他にもあるんだが、つまりね」


彼女の言葉に気を取られていたため、いつの間にか背後に忍び寄っていたマーシーに気づくが少しだけ遅れた。


「くっ」


気づいた時には遅かった。
久賀はマーシーに背後から羽交い絞めにされ、その腕はびくともしなかった。
彼女は、正面に立っていた。
その様子を満足そうに見て、口角を上げる。


「つまりね、君、もとの時代に戻りたくは、ないかな?」

「なに?」


人の身動きを封じて何を言われるのか、と思えば「元の時代に戻る」という言葉。

「戻りたいに決まってる。そんなこと当たり前だろ」

なにを馬鹿なことを、とでも言う風に久賀は答えた。その答えに満足そうにうんうんとうなずいた女性は、なにやら先ほどまでマーシーの部屋にいた場所にスタスタと歩いてゆく。

「そーか、そーか、それは面白い…いや、なによりだ」

遠ざかる声の中に不審な響きがあるが、なにより背後のロボットに身動きを封じられているせいで何をすることもできない。


「おい、元の場所に戻れるなら、何も拘束なんてしなくても、もう何も言わねーし、別に暴れたりしないからな」

「まあ、そうだね。そう言うだろうと思っていたけれど、保険の為にね」

そう言って、声が近づいてきた。…カツラと共に。

「また其れか!?」

「また?よくは分からないが、まあこのカツラに、私が以前作った『次元転送装置』を取り付けてみたのだが」

「どこにそんなものが…」

「これだ」


彼女はカツラの前髪赤いものを指して言った。


「って、それ唯のヘアピンだろ!」

「何を言う、『次元転送装置』だよ。まあ、端末なのだけどね」


身動きのできない久賀にそのカツラをかぶせながら言う。


「本体機で設定した年代のデータをこのマーシーに送り、マーシーから出力されたデータとエネルギーを端末に送り、君を元来た時代に送ろう、と言うわけだよ」


話を聞けば、ものすごく久賀にとって良い話だった。それはもう、よく言えば、できすぎなくらいで、悪く言えば都合がよすぎるくらいの。だからだろう、言いたくなった。


「ほう、それで、なんで俺はまだ拘束されたままなんだ?」

「問題がある」


そう言って、白衣の女性は一歩、二歩、と久賀から離れる。

「時代を超えるのには莫大なエネルギーが掛かる。そのエネルギーは基本的に人体に影響を及ぼすレベルなんだ」

「おいっ、ちょっとまて」

「そのため、人体実験は今日が初めてだというのもある」

「待て待て待て、ちょっとは俺の待てを聞けっ!」


10歩。女性はそばにあった机に身を隠すと、バチバチを光を放つマーシーを見ながら最後の言葉を言った。


「君の無事を祈る」

「だから、聞け―っ!」



その言葉が、



久賀がその時代に残した最後の言葉だった。



「行かれました」

「そうだな」


その部屋に入って初めて、マーシーと呼ばれた機械が口を発した。

そのマーシーの腕の中には先ほどまでいた青年の姿はいなくなっていた。


「まあ、生きているとは思うのだが、成功しているのかどうかをこの目で確認できないのは至極残念だね」

「大丈夫でしょう」


マーシーの言葉に博士は少し目を見開いて彼を見た。


「君が『大丈夫』だと?どこからそんな計算を出したのだね」

「それは…」


マーシーが口を開いた時だった。


「おーい、おーい博士、博士―っ」


豪快に扉を開けてやってきたのは、30歳ほどの、ゆるく履いたジーンズにベルトのバックルはなぜか「GO HOME」とガラス石で書かれた悪趣味極まりない姿の男。


「『探偵』、君か。まったくここに来る連中は本当に騒がしいたらないなあ」


探偵と呼ばれた男はそんな不満なぞ聞こえなかったように大きな声で彼女に近づく。


「聞いてくれ博士。生まれたんだ、生まれたんだよ」

「ほう、それはおめでとう」


探偵と呼ばれた男は嬉しそうに頭をかくと一枚の紙を取り出す。


「『みのり』と名付けた。いい名前だろ?」

「君のそのタイミングはなんだろうね。運なのかな、それとも他の何かの、たとえば運命とかだったりするのかもしれないな」

「?」


返答の予想が違ったのか、探偵はいぶかしんで博士を見るが。
彼女は、マーシーに一瞥をくれると、少しだけ微笑んで呟いた。


「確かに大丈夫そうだ。パラドックスなどと言うものはどうやらなかなか起こせないらしいな」

「ええ、ですから大丈夫です」


博士と機械は、探偵を置き去りにしてお互いにニヤリと笑って見せた。





10.





「うーん、どうしようかなあ」


あえて言うのなら平凡な青年だった。
中肉中背、年齢も若い様にも見えるし、年を取っているようにも見える、どうにも印象に残らない青年だった。

その青年がぼんやりと首を傾げていた、あくまで日常の延長線上のような声音で、


「いやー、弱ったなあ」


久賀はただただその言葉を聞き流しながら、項垂れていた。

久賀と、青年の、前も後ろもただただ暗闇しかないこの場で。

暗闇だった。いや、暗いと言う問題でもない、何もない。まさにその場所は無だった。


「よわったなー」

「こ、ここは」

平坦な声音で、困った顔一つせずに、「弱った」と繰り返す男。を横目に、久賀は叫んだ。


「ここは、どこだーっっ!?」


何もないその中心っぽいところで、久賀は心の底から叫んだのであった。





11.





「いや、異次元さ迷っている、妙な人がいるからさー。てっきり勇者だと思ったんだよね。なのにさ、君、ほんと何、誰?どうしているの?」

「俺が聞きたい!そもそもお前は何モンだ?」


異次元だかなんだか分からないところで、平然としてるこの男は一体何者なのか。


「僕?僕はね『ナビゲーター』だよ」

「な、ナビ?」

「あ、気にしなくてイーよ、まあ、ちょっと人捜しの最中なんだけどね、こういうところを行き来できる人間はそうはいないから、てっきり探し人その人だと思って、ちょっとこう、君が行こうとしてる道からちょちょいと引っ張って来ちゃったんだけど、人違いだったみたい、てへ」

「お前、ただの人違いですませる気か?てへじゃない、気持ち悪い!」


胸ぐらをつかんでみたつもりだったのだが、いつの間にかナビゲータと名乗る青年は数歩久賀から離れた位置に立っていた。


「な、なんだ?」

「勇者じゃないなら用は無いんだよ」


青年は、やはり変わらぬ口調で、一歩久賀に近づく。


「君はどうやら『バグ』だねえ」

「バグ?」


ナビゲーターは無造作に久賀の頭をつかむ。


「んなにす…」


振り払った久賀だが、彼がつかんだのは彼の頭に着いていた。


「これがバグの元かな」


カツラだった。


「僕はね、ナビゲーターなんだ」

「だからなんだ」


ナビゲーターは左手でつかんでいたカツラがいつの間にか姿を消していた。
それでも表情の変えないナビゲーターに久賀は眉をひそめて、少しだけ腰を落として警戒する。


「ナビゲータは『バグ』修正するのが仕事なんだ」


そう言って、一つ足を踏みならした。


トン。


「へ?お、うわああああっ」


地も天も無かったそこの床が抜けて久賀だけがそこから落下した。


「な、なんだああああっ!?」


「安心してねー。ちゃあんとバグは修正したげるから。君はこのことをすっぱりきっぱり忘れて、いつもの日常に戻れるはずだよ」


遠ざかるナビゲーター。その言葉を聞きながら、久賀は目を閉じて、そして見開いて叫んだ!!


「そんなこと言って、もうこれ何回目だーっ!信じられるかーっ!!」





12.





「信じられるかーっ!」


「きゃあっ」


きゃあ?

叫んだ勢いでそこから起き上がった久賀は、そばで聞こえた声に驚いて、そばにいた人物に気づいた。


「みのり?」

「き、急に起きてきてびっくりするじゃない!」


すぐそばにいたみのりの姿に目を見開き、あたりを見渡す久賀。


「ここは…」

「リビングで寝こけてるから、起こしてあげようとしてたのに。なに、いきなり叫びだして」


眉根をひそめて不審そうに見るみのりは、風呂上りなのか、すこし濡れた髪と、バスタオルを肩にかけてパジャマ姿でソファに横になっていた自分を覗きこんでいる。久賀はリビングのソファから立ち上がり、その肩をつかむ。


「ちょ、ちょっとっ!?」

「お前、本物のみのりだよな?いきなり俺に異世界行ってこいとか言って、女装を強制させたりしないよな」

「頭でも打ったの?病院行く?」

「誰がだ、いや、あれ、なんで俺…?」


突っ込んで、首をかしげた。


「なんで、そんなこと思ったんだ?」


みのりの肩においていた手を放して、口元に手をやり、考え込む。


「あんた…本当に病院いった方がいいんじゃない?」


ため息をついて、彼女はリビングから出ていく。その手には毛布があった。


「あ…」


それがソファで眠ってしまった自分の為に用意したものだと気づいて、ふと気まずくなり、思わず頭をかき回す。


「ん?」


かき回した髪の中で何かが手に引っかかった。


「いて…、なんだ?」


髪に引っかかってたそれをつまみだして、首をかしげた。
なんだか、とても覚えているような、そのまま忘れていたいような、つまみあげて久賀はしばらくそれとにらみ合い、しばらくそうして、リビングにそれを置いて行くと、自分も部屋に戻っていった。




リビングに残されたそれは―――



それは、赤いヘアピンだった。














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