<カウントダウン第七弾―ラスト―>

 

 

 

 

 

「おきて、入江くん…」

 

甘い、独特のイントネーションを持つ声が俺の耳に聞こえる。

 

 

それに誘われるように、俺はそこから目を覚ました――――

 

 

 

夢、落ちて…

 

 

1.

 

 

「直樹さん、会社に遅刻しますよ、起きてください」

 

「あ、あぁ…」

 

眠りから覚まされた俺は、その声の主に返事を返す。

 

もそり…、と身体を起こし、俺はベッドから起き上がる。

 

すると、俺を起こしに来たその人物と目が合う。

 

「おはようございます、直樹さん、朝食できてますよ」

 

そう言って、彼女は俺に「にこり」と微笑んだ。

 

「…………」

 

「?、あの…、どうしたんですか?」

 

俺が、まったく動かず、じっと彼女を見ていたからか、居心地悪そうに訪ねてきた。

 

そんな彼女に俺は首を振り

 

 

「なんでもないですよ…、おはようございます。沙穂子さん」

 

 

そう答えたのであった。

 

 

2.

 

 

「社長、この案件なんですが…」

「あとで見ます。そちらの方に、置いておいてください」

「あ、はい…」

 

社長室―。

 

俺はさっき入ってきた部下にそう言うと、彼はそのままその書類を置いて出て行った。

 

親父は、心臓病にかかって以来、すっかりと社長職を引退し、先日、俺が正式にこの会社の社長となった。

 

社員の連中は、会社始まって以来の最年少社長と、期待と、少しのいやみを含む声が聞こえた。

 

(くだらねー…)

 

「は…?何かおっしゃいましたか、社長」

俺の独り言を、聞きつけて、秘書が尋ねる

 

「…いや、なんでもない」

 

俺はそう言うと、先ほど部下の一人が持ってきた、書類に目を通すのであった。

 

 

3.

 

 

「どうだい、沙穂子とはうまく言ってるのかい?」

「ええ」

そう言うと、俺は、ソムリエが注いでくれたワインを飲む。

 

今日は、週に1回の大泉会長との食事会。

 

沙穂子さんと結婚してから、ずっと続いている、定例行事みたいなものだ。

 

俺は、いつものスーツで、沙穂子さんは紺のワンピースを着て、その日、大泉会長のお気に入りのフランス料理店に来ていた。

 

「お父様もたまにはうちに遊びに来て下さったらいいのに」

「わざわざ、新婚のお前達の邪魔をするのは悪いだろう」

 

「まぁ…」そう言って、クスクスと笑う沙穂子さん。

口にあてる手には、光るリングが薬指にはまっていた。

 

俺はと言えば…

その会話はほとんど参加せずに――

 

なぜ彼女の指に指輪がはめられているのか…。と、場違いの事を考えていた。

 

 

4.

 

 

「おいしかったですね、お料理」

「そうですね」

食事会の帰り道。俺と沙穂子さんは家に帰る道をあるいていく。

 

少し、ワインに酔ったと、沙穂子さんは俺の腕に絡みつくと、肩にもたれかかってきた。

その肩口から匂う、かすかな香水の香りに、俺はまたしても違和感を覚える。

 

こうして、歩くのはいつも沙穂子さんのはずなのに

俺はなぜか、隣にいる沙穂子さんを見るたび、まるで雲を掴むようにスカスカとした、手ごたえを感じてしまう。

 

「でも、本当に夢みたい」

「え?」

 

考え事をしていた俺に、突然、沙穂子さんの声が入った。

 

「直樹さんと結婚して…、こうして同じ家に一緒に帰れたりするのが、今でも信じられなくて、まるで夢見たい、と思ったんです」

そう、幸せそうに語る沙穂子さんに俺は…

 

「そうですか?」

 

「えっ?」

と、俺の答えがいつもと違うのに気付き、驚いた顔でこちらを見る、沙穂子さん

「おれは、いつも、考えていましたよ。俺の将来設計の中の…少なくともいくつかの内の1つには」

「直…樹さん?」

俺の言葉の意図が分からず、戸惑うように、名前を呼ぶ沙穂子さん。

「美人で、おしとやかで、それでいて聡明な女性と結婚して、親父の会社を継ぐ…。一番俺が現実として捉えていた将来でした」

「な…にを…?」

言ってるの…?と、言葉に出すよりも瞳を大きく見開き、そう言外に言っている。

そして、その下で震えている手を、俺は見る、そして――

 

「その指輪…」

と彼女のしている、指輪を指すと

「その指輪、どうしてしているんですか?」

そう尋ねる俺に

「なに言ってるんです、結婚指輪でしょう」

答える彼女。

俺はかぶりを振ると

「俺の知っている“彼女”は、結婚指輪を一度無くしてから、もう二度と付けないと言ったんですよ」

沙穂子さんにそう言いながら、俺はだんだんと今まで感じていた違和感が、形になっていくのが分かった。

 

 

 

「これは、現実に一番近い夢なんです…。だけど俺は、夢のような…、俺でさえ想像出来なかった現実を選んだ――」

 

 

 

そう沙穂子さんに俺は告げると…、俺は頭のどこかで呼んでいる甘い声に、呼び起こされたのだった―――

 

 

 

5.

 

 

「朝だよー、入江くん」

 

その声に、俺はまどろみの中からぼんやりと覚醒してゆく。

 

「入江くん、もうっ、起きてってば」

起きてはいたが、もう少し、その声を聞いていたい感覚にとらわれ、俺はしばし眠った振りをする、と…

「もうっ、こうなったら…」

 

んっ?

 

最後の言葉に、俺は嫌な悪寒がした、瞬間。

「えいっ」

 

バフッ

 

「…っ!!」

突然、俺の上に飛び乗ってきた琴子に、俺は声にならない声を出すと。

 

「お…まえっ!いきなり何するんだよ」

「あっ入江くん、おはようっ。ご飯できたから起こしにきたの」

 

そう言って、俺に馬乗りになったまま答える琴子。

 

「………」

今朝見た、夢とのギャップに、満面の笑みで俺を見下ろす琴子を、俺は、何かあきらめるように見ると――

 

「夢よりも…現実、か」

 

「えっ、なーに?」

 

わけが分からず尋ねる琴子に、俺は「なんでもない」とそう答える。

「ふーん」

と、琴子はそう呟き返す。そして

ゴロン…、と今度は俺の上で寝転がりだした。

「お前…、俺を起こしに来たんじゃなかったのかよ」

「いーの、今日は学校お休みだし。お義母さんたちは、さっき出かけちゃったし、たまにはゴロゴロするのもいいでしょ」

「たまに?…いつもの間違いだろ」

「ひどーいっ、そんなことないわよっ」

 

文句を言いながら、一向に俺の上から退こうとしない琴子。

 

そんな、琴子の腰に俺は手をまわす。

 

 

―現実のような夢よりも、夢のような現実…。

 

 

それを確かめるように、俺は琴子を引き寄せ、その感触を確かめると

 

 

俺は琴子に一言告げた

 

 

 

「…重い。」

 

 

 

 

 

あとがき:

 

ラスト…、が夢落ちとはどういうことなんでしょうかね(汗)

しかも、微妙に「続・笑顔のままで」が混じってるよ、おい…。

よっぽど、切羽詰ってるんだなぁ(^^;

…布団で、だらだらと休日を過ごすのって、ちょっとした幸せですよねー。(私だけか?)

 

ようやく7UPの最後になりました…。

長かったような短かったような…(笑)

森海魚も今日で一年目。まだまだ、未熟者のサイトですが、ココまでお読みくださった皆様。

こんな無謀企画に最後まで付き合ってくださり、ありがとうございました。

そして、今後ともよろしくお願いします(^^)/

 

 

 

 

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6/12/2003