<カウントダウン第四弾>
気付く想い、気付かない想い
in 松本裕子
1.
今日――。
入江くんの、お見合いがあった。
今回ばかりはさすがに、相原さんと入江くんのおばさまの作戦に参加したけど、結果はことごとく失敗。
……まあ、あの相原さんの立てた作戦に参加したあたしがバカだったんだけど。
作戦で失敗したあたしと、相原さんは見事に池の中にはまり、びしょぬれになってしまった。
そして――
あたしは濡れた髪を払いのけ、お見合い相手と二人寄り添って歩く、入江くんを見送った。
どうしようもない、喪失感とともに、彼はもう、届かないものなのだと気付いてしまった…
3.
パコーン。
気晴らしに、テニスの練習に来たあたしだけど、どうもやる気が出ない。
ラケットを振る力もどこか、腑抜けたものになってしまう。
パコー…ばこんっ。
気の抜けたボールは、前にいた、須藤先輩にあたってしまった。
「まだ、たるんどる奴がいたかーーっ!!」
「あ…、スミマセン」
ぼーっと、どこか人ゴトのように、謝るあたし。
すると、須藤先輩の横で怒られていた相原さんも、同じようで、まるでいつもの勢いがなかった。
「おいおい、二人ともどうしたんだ?なんか元気ないじゃないか」
…大きなお世話よ。
そう思うが、言葉に出す気力も出ない。その空気を察せず、なおも須藤先輩は続ける。
「どうだ、ここは先輩の私に相談してみてはどうかね、んっ?」
そう言う、須藤先輩をあたしは無視し、琴子さんと二人でその場を去っていった。
4.
「…そう、話すすんでるの。もう、どうしようもないってわけね」
入江くんのお見合いのその後を相原さんから聞かされ、あたしはどこかで分かってた事を再確認させられた。
「あきらめるの?松本姉」
意外そうに言う、相原さんに、苦笑して
「しかたないわよ、とても勝ち目ないわ。私にだって、プライドがあるもの」
そう言った。
でも、それでも――
…もし、入江くんに1パーセントでも、こっちに振り向く可能性があるのなら、プライドだって捨てられた。
だけど、それが無理な事はわかっているから…
第一、あの日、花見のあった日に、すでに、あたしは振られてるのだから。
入江くんは…、「琴子とキスした」そういって、あたしを拒んだのだ。
だからこそ、あたしは、あきらめるしかなかった。
だって、逆立ちしたってあの子にはなれそうにもなかったから(なりたいとも思わないけど)
あの時のことを、思い出したあたしは、ふと隣でしょぼくれてる相原さんを見た、そして…
「ほんというと…、どうせ入江くんとられるなら、まだあんたの方がよかったわね」
ずっと…、入江くんのお見合いが決まったときから思っていたことが、口の中からするっとでてきた。
「えぇっ!?」
驚く相原さん。あたしは小さくため息をつくと
「そりゃ、あの沙穂子とかいう女に比べれば、あんたなんかクソミソだけど、あんないきなり出てきた完璧な女に取られたんじゃ、頭にくるじゃない」
―そうよ、入江くんのあの「琴子とキスをした」って言葉の意味は「相原さん以外とキスをしない」てことだったんじゃなかったの?
この、欠点だらけの女が好きだといったから、あたしは、あきらめたってのに
なのに、お見合い相手と婚約するだなんて、あたしは何だったのよって、感じじゃない。
そんな内心の憤慨を隠し、あたしは相原さんに言う。
「…沙穂子って人には、戦わずして負けたって感じなの。その点、あんたの努力はあたしも認めざるをえないし…、それに、きっとあなたなら入江くんはあとで後悔するでしょうしね。『私を選べばよかった』ってね」
「………」
あたしの言葉に思わず黙り込む相原さん。そんな彼女にあたしは微笑みかけると
「ふふっ、二人とも、失恋なんてざまぁないわね。あんたも早く立ち直って、いい男見つければ」
なんて励まし、あたしは相原さんと別れるのだった。
そして、数日後…
あたしの耳に、入江くんの正式な婚約が決まったという噂が耳に入った。
5.
それから、しばらく経ってから、相原さんが食堂の男と付き合うようになった話を聞いた。
相原さんも、懸命に入江くんのことを忘れようとしてるのが分かった。
(あたしもいい男見つけなきゃね)
と、そう思っていた、そんなある日――
クラブのテニス練習に来てたあたしは、すっかり大学には来なくなっていた、入江くんにばったりと見つけてしまった。
当の入江くんは、あたしには気付いてはなく、須藤さんと話込んでいた。
「…お前、本当に大学やめるのか?」
「一応休学にはしてますが、この分だと…」
そう言って、入江くんは後ろからあたしが見ているのに気付かないまま、そろっ…とテニスコートを見回していた。
誰を捜しているのか…、一目でわかる。
「…今日はうるさいのがいませんね」
「おー、相原ね。あいつここんとこサボりやがって、食堂の男と出来てるって噂だけどな」
入江くんは、その言葉には何も答えず、ただ、テニスコートの方を見てる、あたしはそんな入江くんを見ていたくなかったのか、思わず
「ずいぶんとランクを下げたのね相原さん」
そう言って、わざとらしく二人の会話に入り込んでいた。
突然入ってきた声があたしのものだと気付くと、入江くんは苦笑し
「元気?」と尋ねてきた。
「おかげさまでね」と、少しいやみっぽく返事を返すあたし。
「入江くんに振られてもこの通りよ。うまく言ってるの?お見合いの彼女と」
「まーね」
しれっと、そう返す入江くん。
あたしは、少しムッとして
「あたしあの女嫌いよ、文句の言えない女ってつまんないわ」
そう言うと
「ふふ」
笑う入江くん。
なぜか、その笑いが乾いたものに聞こえて癇に障る。
「…相原さんとひっついてくれた方がよかったわ。あたしの方がいい女よっていえるもの」
「はははっ」
またもや、笑い返す入江くん。でも、やっぱりどこか乾いた笑いに見えるのは、あたしがそう、思っているから?
そう尋ねるのを、戸惑っていたあたしは、その後、入江くんと当り障りのない話をしばらくしたあと。
「じゃーね」
「ああ」
そう言って、別れた。
…そして、あたしの元から去っていく入江くん。
そんな彼の背中を見送るうちに、あたしは我慢できなくて、ついに叫んだ―――
「ねぇ、入江くんっ」
去ってゆく、入江くんの背中にあたしは語りかける。
「あなた、本当にそれでいいの?あなたがお見合いするのは、本当にその人が好きだからなの?」
振り向かない、入江くん。なおもあたしは続ける。
「それとも、会社のため?お父様の身体のため?それとも…」
それとも…
「相原さんのためじゃないの」
ピクリ…と、かすかに入江くんの肩がゆれるのに気付いた。
入江くんは、あたしには話してくれなかった――医学部に行くことも、会社を継ぐことも。
でも、相原琴子には、入江くんは話したんでしょう?
それがどうしてなのか、気付いていないの?それとも、気付きたくないだけなの?
「あたしの知ってる入江くんは、もっと、思うとおりのことをする人だわ」
そう。
自分の意の進まないことは何があったって跳ね除ける人が、会社のために結婚するなんて、絶対ありえないのよ。
すると…
ようやくこちらを振り返った入江くんは
「ありがとう、松本。…おれ、松本はずっといい友達だと思ってる」
そういって、わたしに微笑みかけた。
なんだかその笑顔が嬉しくて、あたしは
「あたりまえでしょ」
そう笑い返した。
6.
それから、2週間後。
一通の手紙があたしを震撼させた。
たった、一枚の招待状。
その中に明記された二人の名前に、あたしは思わず顔をほころばせる
入江くんは自分を貫いたのだ。
自分の気持ちに気付いて、それを通してしまったのだ。
あたしとしては、なんとも複雑な気持ちにさせるその手紙を、まずはじめに、笑えたことに感謝した。
もう、大丈夫。
あたしは、この二人を祝福してやれそうだわ。
そう思うと
あたしはその手紙を、妹にも見せに行くのだった。
7.
結婚式――
あたしは、花嫁の控え室に向かう。
そこには、カチンコチンにかたまった、相原さんが、座って待っていた。
相原さんは、あたしの顔を見ると
「ま、ま、松本姉〜。来てくれたの?」
「あんた、自分で招待状出しといて、よくそんなふざけた事いえるわね」
そう言って、にらみつけた。
そして、一つため息をつくと
「よくやったじゃない、おめでとう」
そう言うと。相原さんは
「ありがとう。」
そういって、緊張で顔の青くなった顔で幸せそうに微笑むのだった。
8.
それから…
あの二人とは、いまでも付き合いは続き、入江くんとは、たまに、仕事の相談に乗ってもらったりしている。
相原さんと入江くんは、結婚してからも、あまり結婚前とは変わらないので、あたしとしては、どこかで、ホッとしてたりもする。
だけど、もう相原さんから、入江くんを奪う気はさらさら起こらない。
そうね…あえていうなら―――
結婚してからその後
入江くんがほんの少し見せる幸せそうな顔が、ちょっと妬ましいくらいかしら。
あとがき:
も、もはや何書いてるのか分かりません(汗)
松本姉視点。のつもりです(いやまじで)
10巻の琴子・入江も好きですが、松本姉の考えとかって、あんまりでてきませよね。
松本姉からすれば、入江くんはお金持ちのお嬢様と結婚すると思ったら、いきなり琴子と結婚。しかもその結婚式に招待すんのかい!?てな感じでしょう(笑)
その辺の、心理描写を書いてみたかったんですが…。
自分の文才のなさに呆れ返り。…もっとうまい人に書いてもらって、じっくり、自分が読みたい気分でした(おいおい)
機会があれば、琴子・入江も書いてみたいなぁ…(無謀)。
それでは、次は第五弾で!!
6/09/2003